東方幻影人   作:藍薔薇

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第236話

視界が不明瞭で、二歩先も見えないほどに暗い。何かが光ると普段の何倍も眩しく見えて目に突き刺さる。以前にリグルという虫妖怪とスペルカード戦をやった時は、こんなことは起こらなかった。つまり、この目の異常を引き起こしているのは、おそらくもう一人のほう。さっきから歌詞のない歌を歌い続けている、八目鰻を売る屋台を出しているミスティアという夜雀の妖怪だったはず。

目の前に突然現れる弾幕を避け、私も弾幕を放つ。自分でも余りにもあんまりな弾幕だと思う。ナイフを弾幕の代わりに投げているのは、そっちのほうがそれらしく見えるというのもあるが、私がそもそも弾幕を放つのが苦手であるから。それなりの弾速は出せていると思うけれど、曲がるとか追尾とか分かれるとか爆ぜるとかそんな小細工がどうにも出来ない。だったらいつも通りナイフを投げていたほうが遥かにマシである。

しかし、今はそれが非常に難解。何故なら、幻香に手持ちのナイフのほとんどを捨てられたから。紅魔館の中を探索する余裕があれば、補充する手立てはいくらでもあったのだけど、そんなことをする前にこうして連れ出されてしまった今、私の手持ちのナイフは僅か三本。僅かにズレた時間を多重層にすることで一時的に本数を増やすことは可能ではあるけれど、時間停止と比べれば多少はマシだが、それでも重い。それに、私が扱うスペルカードの大半はナイフを使うのが前提。普通の弾幕に置き換えてもいいのだろうけれど、名前と中身が食い違うものがいくつか散見してしまう。

右側から飛来してきた妖力弾をナイフで切り裂き、空いた空間に動く。私を除く部屋の時間を遅くしているのだが、それでもこの視界の狭さは厄介である。弾幕が近くに来ないと視えないことよりも、相手の存在が何処にいるか見えないことが。幸い、歌声が聞こえるところにミスティアがいるのは分かるのだけど、もう一人のリグルの居場所が分からない。少し前のスペルカードで照らされた場所にいたのだろうけれど、今ではどこにいるのかは放たれる弾幕から大まかに推測するしかない。

 

「さぁて、次はこれだ!灯符『ファイヤフライフェノメノン』!」

 

時間を遅くしているせいで鈍足となり聞き取りづらい宣言と共に、少し左側から僅かに緑の混じった光が私の目に突き刺さる。居場所はよく分かるのだけど、とてもではないが直視出来ない。そして放たれた弾幕は以前よりも明らかに密度が濃い。チカチカと残る残像が弾幕と重なって仕方ない。それでも小さく細かい弾幕の隙間をすり抜け、時に切り裂いて無理矢理隙間を作って避ける。

ある程度時間が経ってから、普段使っている時計をチラリと見て時間を確認する。この時計は私の能力の対象外にしている。リグルがスペルカードを宣言したときに見てから二十七秒経過している。よって、私の体感時間ではあと約六秒。

本来スペルカードは大体三十秒まで。しかし、時間が遅くなっている分、一枚に対するスペルカードが長くなる。今は大体二分の一程度だから、約一分間。時間を遅くすれば避けやすくなるが、その分一回のスペルカード戦が長く感じる。

そして六秒が経過し、程なくして私に飛んでくる弾幕の種類が大きく変化したことから、二枚目のスペルカードが終了したことを把握する。

 

「奇術『エターナルミーク』」

 

そして、私が持つスペルカードの中では非常に珍しいナイフを一切使わないスペルカードを宣言した。普通に言ったら早口に聞こえてしまうから、少しゆっくり目に。さっきから放っていた不慣れな弾幕を全範囲にばら撒く。出来るだけ多く、出来るだけ広く、出来るだけ濃く、とにかく弾幕をばら撒く。

しかし、相手の使うスペルカードは私にとって長くなるのに、私の使うスペルカードは相手にとって短くなる。実際の時間で三十秒であると、時間停止中では私のことを度外視すれば無制限に弾幕を張れてしまうため、私の体感時間で三十秒までであるから。つまり、今の私が三十秒いっぱいいっぱい使っても、相手にとっては半分の十五秒間のスペルカード。

近くに見える弾幕は私が放つ弾幕で全て打ち消され、回避する必要がない。ゆえに、今はこのスペルカードを使い切ることに集中出来る。

 

「ミスティア、危な――痛ッ!」

 

被弾する音が一回響き、少し安堵する。以前のリグルならこのスペルカードを使わなくても勝てたと思うのだけど、今のリグルはこれでようやく一回被弾。そう考えると、この先が少し不安にもなる。ナイフがないことを言い訳にはしたくなかったけれど、ナイフがなければこの程度なのかしら、と少し落胆もする。

 

「…あら?」

 

そしてスペルカードを時間いっぱい使ったときに、視界がさらに狭くなったことに気が付いた。腕を伸ばせば指先が見えなくなる程に狭い。さっきまでよりもさらに近くでないと弾幕を見ることが出来なくなり、さらに避けづらくなる。避けた先に妖力弾があった、なんてこともあり、さっきまでと変わらない弾幕でも難易度が大きく跳ね上がる。

 

「もう視野はかなり狭いんじゃないかな?蠢符『ナイトバグトルネード』!」

 

そう言い当てられつつ宣言された三枚目のスペルカード。一枚目、二枚目の経験から目を細めて警戒したが、今度は一切光がない。目に突き刺さらない分、何処にいるのか分からない。僅かに曲がって飛んでくる弾幕に、正確な居場所が掴めない。

目の前になってようやく表れる弾幕。先程よりもまた一段と濃くなっている。それでも、時間の流れをさらに遅く三分の一にして対処する。その分スペルカードの時間が長引いてしまうが、被弾してしまうより遥かにいいだろう。ゆっくりと進む妖力弾の軌道を見極め、右腕を引き左腕を曲げて右脚を前に出し左脚をそのままに、その場から出来るだけ動かないように避けていく。大きく動いて避けるよりも、こうしたほうが安全であるから。

時計を確認し、二十六秒経過していることを確認する。残り約十二秒。そのまま左腕を後ろに伸ばして――

 

「…え?」

 

バチリ、と被弾する音が左手から響く。僅かに痛む左手。そして、私の左腕がダラリとぶら下がっていることに違和感を覚えた。思っていた動きとまるで違う。私は確かに、左腕を後ろへ伸ばしたはずなのに。思考と身体の不一致。そこまで考えたところで左脚が崩れた。

 

「あ。…ミスティア、ちょっと早くない?」

 

そんなゆっくりとした言葉が聞こえ、その言葉の内容を改めて考えて理解した。私が今こうして倒れているのは、…あれ?倒れている?それって誰が?それは私。私って誰のこと?私は十六夜咲夜。十六夜咲夜って?紅魔館の、あれ?紅魔館とは?お嬢様の、お嬢様の、お嬢様の、お嬢お嬢お嬢おじょおじょおじょおおおおおお…。

支離滅裂な思考が流れ、自分がどんな状況でいるのかすら分からない。立っているのか歩いているのか走っているのか飛んでいるのか跳ねているのか座っているのか倒れているのか。そんなことすら分からない。目の前は黒に染まり、こちらに近付いて来た足音も歌声の中に紛れて消えていく。何かを喋っているような気がするが、それも何と言っているのか分からないし、そもそも聞こえない。体に何かが当たったような気がするのだけど、それすらも何か分からない。分からない。分からない。分からない。私の頭の中には一つの歌が響き続けている。ずっと聞いていたいような、心地よい音色。繰り返し繰り返し流れ続ける。ずっとずっと響き続ける。

もう歌しか聞こえない。

 


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