東方幻影人   作:藍薔薇

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第237話

「ラァッ!」

 

槍の如く鋭い前蹴りを防御しようとしたが、その前に伸び切った足先が腹に突き刺さる。息が詰まるほどの衝撃を受け、生まれてしまった一瞬の隙に深く踏み込まれ、左拳が私の横顔に叩き込まれる。衝撃の方向へ少しでも動いて逃がそうとしても逃がし切れない重い一撃。受けた先に待ち構えていたように下から伸びる右拳。それに対して私は何もすることが出来ず、まともに顎に右拳を喰らってしまい、体が宙で浮かぶ。

床に背中から落ち、肺の中身が一気に吐き出される。視界は僅かに揺れるし、喰らった部位はズキズキと痛む。口元を拭いながら立ち上がり、体の至る所から炎を噴き出し続けている妹紅を睨む。拭った手の甲は赤く染まっており、血の味がする唾を床に吐き出した。

 

「…ハ、二味どころじゃ済まないじゃないですか」

「そうか?こうするのも久し振りでな、私もどこまで出せるか思い出してるとこなんだよ」

 

あの三撃で十分理解出来る。先程よりも数段速く、重い。それの代償のように、彼女の体からブチブチと何かが千切れる音が聞こえてくる。しかし、それは聞こえてはいけない音。それは武闘家として入ってはいけない領域。だが、彼女はそれに平然と踏み込んでいる。

ただの人間ではないとは思っていた。拳が掠って皮膚を削り血が噴き出したと思えば、炎を噴き出してすぐに傷は塞がる。骨を砕いたという確かな感触があったと思えば、炎を噴き出してまるで再生するように元に戻る。妖怪の類ではないかと思ったが、そのような気配はない。魔術の類ではないかと思ったが、そのような気配もない。妖術の類ではないかと思ったが、炎自体はそうでも体が治ることとは関係ないようであった。

だから私はそういう特異体質なのだろう、と考えた。それで片付けてはいけないのかもしれないが、それを知るのはこの勝負が終わった後で十分。

 

「しかし、貴女は無茶しますね…。いくら傷の治りが常人より遥かに早いからって、やろうとは普通思いませんよ」

「このくらいしないと死にかねなかったからな。あの頃の妖怪はちょっとやそっとじゃ屠れなくてね」

「…貴女、何者ですか?」

「人間さ」

 

口振りから察するに、とても人間とは思えないほど長生きをしているようであるが…。そんな長く生きるためには、妖怪の血が流れている半人半妖であることや、後天的な妖怪化や獣人化、仙人や天人に昇華するなどの様々なことをする必要があるはずだと思っていたのだけれど、どうも彼女からはそのような気を感じない。まごうことなき人間である。だから不思議だ。

そこまで考えていたところで、人差し指でクイクイと急かされる。…そうですね。考えるのは後回しにしましょうか。

 

「ハァッ!」

 

一呼吸の内に肉薄し、速度を乗せ、腰の捻りを利かせ、拳の螺旋回転の力を加えた一撃を放つ。この一撃は裏拳で軌道を逸らされたが、すぐさまもう一方の拳を放つ。しかし、これも同様に軌道を逸らされた。お互いに目が合い、獰猛な笑みが見える。両腕が外へいき、空いた胴体に膝蹴りを叩き込む。

だが、入りが浅かった。私の膝が入る前に、自ら後ろに跳んでいたから。一旦離された距離を一気に詰め寄り、地に足が付く一瞬前に蹴り上げる。そして、僅かに浮いた体に踵を振り下ろした。

 

「…へっ、やっぱ効くなぁ」

「そうは見えませんが?」

 

その言葉は、頭蓋に叩き込もうとした踵をそうやって片手で掴み取ってから言う言葉ではない。一見拮抗しているように見えるが、脚で振り下ろしのほうが同じ人間ならば勝つはずである。今も彼女の右腕からは嫌な音が断続的に聞こえてるが、それでも彼女が今の私よりも強い力を持っていることがよく分かる。

そのまま投げ飛ばされ、着地する。一呼吸置き、次の攻撃に備える。私だって、今まで自分より強い力を持つ者と相対したことは幾度とある。それでも、私は勝利してきた。自分自身のために、そしてお嬢様のために。

次の攻撃を受ける構えを取っていたが、彼女の様子を見て改める。一目見ただけで威圧されそうなほどに力が込められているのが分かる。次の一撃は、彼女の全身全霊の一撃だ。きっと、いつまでもその状態を保てるわけではないのだろう。だからこそ、ここで決めてくる。そう思い、私は彼女との勝負で初めて見せる構えを取った。

 

「ん?…意外だな」

「そうですか?」

「ああ。お前が私みたいな自然体を取るなんてな」

 

直立しているわけではなく、完全に脱力し切った状態。両脚を肩幅に開き、両腕はダラリと降ろす。呼吸は深く吸い、長く吐くの繰り返し。それでも、私の目は彼女の全てを収めている。…確かに私の基本は構えからであったが、彼女の基本は自然体でしたね。

ゆっくりと彼女が近付いてくるのを、黙って見守る。集中し、彼女の一挙動一動作も見逃さんと見続ける。しかし、その体は一切力むことはしない。

三歩ほど離れた距離で止まり、お互いに動かなくなった。それでも私は力むことなく待ち構える。対する彼女は全身に力を込め続けている。まるで真逆。

 

「セィヤァッ!」

「ッ!」

 

私が息を吐き切った瞬間、彼女は跳び出した。その右拳に炎を滾らせ、私の心臓部に向けて突き出すのが見える。その拳に左手を添え、その衝撃を全て受け取り、左腕を渡り、胸を通り、右腕へと伝わり、右手へ送られる。

相手の攻撃の威力に私の攻撃の威力を加えて返す技。貴女の攻撃をまともに喰らえば、私はそのまま倒れてしまう。貴女を認めているからこそ、私はこの技を使って貴女を倒します!

 

「ハァアッ!」

 

右掌底に衝撃が全て流れた瞬間、脱力していた体を一気に爆発させる。急速に伸びる右腕。狙いは左肩。自分の体を流れたからこそ分かる。これほどの威力では、何処に当たっても一撃で意識なんて刈り取れてしまう、と。

 

「…フ」

 

そこで、彼女の頬が吊り上がっていくのが見えた。しかし、私は止まらない。もう、止められない。

常識外れな動きで左手が飛び出し、私の右掌底を受け止めた。しかし、私が触れた左手は酷く柔らかく、攻撃が当たったという感触は全くしない。まるで木の葉でも殴ったような感触。では、その衝撃は何処へ行ったのかと思ったときには、一瞬にして急加速し空中で急旋回した右脚を左肩に喰らっていた。

 

「ガア…ァッ!?」

 

モロに喰らった私は、そのまま壁まで吹き飛ばされて叩き付けられる。衝撃が全身を駆け巡り、もうまともに体が動かせない。意識だってあと少しで途絶えてしまいそうだ。

そんな私の元へ、彼女は駆け付けて来た。だが、その目は止めを刺すつもりではないらしい。もう私がどうこう出来る状態ではないことは察しているようだ。

 

「痛ってて…。筋が切れてなければ全部キッチリ返せたんだがな…」

「ハ、ハハ…。貴女も、出来たんですね…」

「まぁな。やっぱお前は凄いよ。お前ほどの奴は片手ほどもいなかった。…けどな、片手ほどは、いたんだよ」

 

そうだったんですか…。全身が響くように痛むし、何より悔しい。涙だって出てきそうだ。しかし、それ以上に高ぶる気持ちを感じていた。

 

「…また、闘って、くれますか…?」

「ああ、もちろんさ。今度は私だけじゃなくて、萃香ともやってみろよ。あいつは一筋縄じゃいかないからな」

「そう、ですか…。フフ…、楽しみ、に、して、ま――」

 

すから、と言いたかったが、言葉に出来ない。口が動かせない。薄れていた意識が今にも掻き消えようとしている。それでも、最後に残された力を振り絞り、這いずるように右腕を伸ばす。そして、握り拳を僅かに上げ、親指を伸ばした。

 

「…はは、流石にこれは初めてだな」

 

その言葉を最後に、私の意識は途絶えた。

 


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