うーん、どの屋台に入ろうかなあ…。今度は人間がやっているところに入りたいなあ、なんとなく。まだ満腹というわけではないから、軽く食べられるものがいいかな。それか、何か利用価値があるものが欲しい。
そんなことを考えながら歩くこと数分。『りんご飴』と書かれた屋台を見つけた。飴なら知っている。あの、丸くて甘いやつ。それと林檎が合わさったもの…。うん、美味しそう。
ちょうど近くにいる人間は全員黒髪で、似たような色の肌色をしている。あそこなら問題ないだろう。
「いらっしゃい!ウチの自慢のりんご飴を買ってくかい、狐のお嬢ちゃん!」
「幾らですか、おじさん?」
「おう!今年は林檎が豊作だったからなあ!一本一銭だっ!」
ふむ、私が知っている林檎の半分くらいの大きさだ。凄く早めに収穫したのか、それともそういう種類なのか。その小さな林檎を包むように赤い飴が薄く付いている。うーん、買ってもいいかな。美味しそうだし。だけど、気になることは聞いておこう。
「この林檎って、どういう林檎なんですか?」
「ん?狐のお嬢ちゃん、気になるかい?じゃあ教えてあげよう!これはなあ、姫りんごっていう品種でな!普通の林檎より一回りも二回りも小さいやつなんだ!味は食べてからのお楽しみってやつだな!さあ、買ってくかい!?」
「そうですか。じゃあおじさん、一本くださいな」
「おうっ!ありがとよっ!」
一銭銅貨を手渡し、代わりにりんご飴を受け取る。そしてそのままりんご飴を片手に屋台を出る。後ろから「また来いよー!」と聞こえてきた。なかなか情熱的な人だなあ。とりあえず、軽く振り向いて手を振っておいた。残りは二銭六厘、少なくなってきちゃった。
…ふぅ、よかった。わたしのことは分からなかったみたいだ。いやー、顔が見えないっていうのは結構いいことだなー。大人の人間はわたしの声は知らず、体型も覚えず、全く同じ顔という部分しか気にしていない。まあ、そこさえ覚えておけば判別がつくからということだろう。
人間に危害を加えるつもりは全くないんだけれどなー、なんで人間はわたしを毛嫌いするんだろう?勝手に災いだーなんだーって。まあ、いいや。どうでも。魔法の森のわたしの家にまで侵攻してこなければ、わたしとわたしの友達に被害が来なければ。
まあ、今は祭りを楽しもう。こんな暗いこと考えててもつまらないから。
◆
人間の間を縫って歩きながら、お面を軽く浮かしてりんご飴を食べる。んー、飴はとっても甘い。好みの味だ。中の林檎は皮の近くは香ばしく軟らかい。きっと、熱いドロッとした砂糖水に入れたからだろう。その後で冷まして売っているのだと思う。あと、姫りんごは普通の林檎よりも酸味が強かった。これはこれで好きだなー。飴の甘さとよく合っている。
りんご飴を食べ終わって、残った割り箸を何処に捨てようか考えていたら、突然肩を掴まれた。誰だろう、いきなり?
「お面のお嬢ちゃーん、俺らと一緒に遊ばなァーい?」
「兄貴と一緒に楽しい思い出作ろうぜぇ!」
振り向いたら、成人していないと思う全く知らない男性二人組がいた。とりあえず二人を軽く比べる。黒髪に日に当たって少し濃くなった肌の色をしている。二人とも髪色肌色にほぼ差はない。身長はわたしより高く、体型はそれなりに細い。これも二人とも似たような見た目だ。さて、わたしにいきなり何を言っているのだろうか…。
多分、この二人はわたしに何かをしたいのだろう。ただ一緒に歩きたいだけなのかもしれないが、その先にある何かをしたいと考えていると思う。暴行とか、強盗とか、脅迫とか、性行為とか。
うん、この人たちと付き合う必要はないかな。
「すみませんね、これから友達のところに行くんです」
「ンー?ならさァー、その友達も一緒に遊ぼうぜェ?」
「そうだな!数は多いほうがいい!」
思わず苦笑い。まあ、見えていないだろうけれど。ここであきらめてくれたら楽だったのに…。
さて、何とかしてここから逃げたいのだけれど、妖怪らしさは出してはいけない。わざわざ顔を隠して人間らしく夏祭りに参加したのに、そんなことをしたら意味がないと思う。まあ、顔を見せるのは最後の手段だ。そうすれば、勝手に逃げてくれる……と思う。その瞬間、わたしはこの夏祭りに参加出来なくなるけれど。
さて、周りを見渡す。何か使えそうなものは…。
「――か楽しいだろう?霊夢?」
「そうねえ、アンタに言われてわざわざ降りてき――」
いた。紅魔館に襲撃してきた二人組。あまり関わりたくないんだけど、まあ仕方ないかな。あの二人ならこんな男性二人くらい軽く仕留めてくれるだろう。なにせ、片方はパチュリーに勝ってたし、もう片方はフランさんに勝ったそうではないか。
「あっ!見つけました!それでは!」
「オイオイ待ってくれよォー」
「そうだそうだ!」
博麗の巫女――確かパチュリーが霊夢と言っていた覚えがある――と霧雨さんのもとへ全力で走る。予想はしていたが、あの男性二人は追ってきている。あちらの方が少し足が早かったが、追いつかれずに済んだ。
うーんと、ここはこんな性格をすればいいかな?まずは霊夢さんの服を思い切り掴む。お面から見える眼に涙を軽く浮かばせて、と。
「助けてくださいっ!霊夢さん!魔理沙さん!」
「うおっ!なんだいきなり!」
「私達に何か用なの?」
「あの二人が突然言い寄ってきてっ!怖くて怖くて…っ!」
次に、声を震わせながら追ってきている男性二人を指差す。さらに、博麗の巫女と霧雨さんの後ろに隠れます。
追いついてきた男性達は二人を見て僅かだが狼狽えていた。
「ゲッ…博麗の巫女…」
「もう片方は魔法使いだぜ?どうするよ兄貴ぃ」
よし、何とかなりそう。この男性達はこの二人を知っているようだし。このままどっか行ってくれれば最良、博麗の巫女と魔理沙さんがやっつけてくれるのが次点。
そんなことを考えていたら、博麗の巫女が前に出た。
「よく分からないけれど、彼女怖がってるじゃない。さっさと何処か行ってくれるかしら?」
「しっ、失礼しましたー!」
「すみませぇーん!」
こちらからは見えないけれど、博麗の巫女からはなんかヤバい雰囲気が出ている。きっと顔も怖いことになっているだろう。とてもじゃないけど普段なら近づきたくないです。
「ふう、興醒めね…。で、アンタ大丈夫?」
「あっ、ありがとうございます…」
「どうする霊夢?家まで送ってやるか?」
「いえ、大丈夫ですよ魔理沙さん。わたし、まだ行きたいところがあるんです」
「また言い寄られたらどうするの?都合よく助けてくれる人なんて少ないわよ?」
「それは…」
し、しまった。こんな展開になるとは。しかも、霧雨さんは金髪だ。それが言葉に出てきたら、一瞬でばれる。しかも、二人とは紅魔館で会っているから知らないじゃ済まされない。どどど、どうしよう……。
「しょうがないわね…。一緒に回ってあげましょうか?」
「おっ!霊夢もたまには良いこと言うじゃねえか!」
「たまにはとは何よ、ぶっ飛ばすわよ」
不味い方向に話が進んでいる…。何とかして別れる方法を――、
「まどろっこしいわね、ほら行くわよ」
突然腕を掴まれて引きずるように歩いていく。ちょっと待って!危ない危ない!
「待ってください!自分で歩けますから!分かりました一緒に回りましょう!」
「最初からそう言えばいいのよ」
「おう!大丈夫だ、ちゃんと守ってやるからよ」
こうなったら仕方がない。わたしとばれないように気を付けて行かないと…。行動、会話、雰囲気。これらを限りなく人間らしくしてみせようではないか。