東方幻影人   作:藍薔薇

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第241話

一瞬だけ張った結界で私に向かって飛来してきた一枚の壁を防ぎ、そのまま落ちていくそれに向かって幻香が駆け出し、床に落ちる前に伸ばした手で触れ、一瞬で跡形もなく消し飛ばす。妖力の塊だというそれを回収したことで、その場に残され舞い散る札を何かが爆発でもしたかのように吹き飛ばす。その余波がこちらまで伝わり、服をはためかせ皮膚を震わせ髪が舞う。片腕で顔を軽く守りながら見下ろすと、見上げた幻香と一瞬目が合う。最初に見えた嘘っぱちな仮面が取り払われ、内側に秘められていた強烈な意思がその瞳に宿っている。視線に威力があるのなら私は刺し貫かれている、と思わせるほどに強い。

ほぼ垂直に跳ね上がった幻香が、一瞬でその距離を詰めてくる。まさか時間を、と思っていたけれど、こう何度も見せられると何となくだが見えた気がする。原理は分からないが、一瞬で加速しているのが。しかし、それに対応出来るかどうかはまた別の話。

私の前に浮かぶ幻香の右手にはいつの間にか見たことのないものがあった。指の形に収まる凹凸がある球体の先に、私に先端を向けた鋭い円錐状のものがくっ付いている。そして、底面と側面の境目に小さな筒状の物が規則正しく並んでいる。

 

「守れよ、博麗の巫女」

 

バンッ!と破裂するような音が響き、円錐が急速回転し始める。ギイィィィイン、と金属同士が擦れ合う音が響き、球体と円錐の底面との間から火花が散る。

 

「ッ!夢符『二重結界』!」

 

言われた通り防御に回ったのは癪だが、そうも言っていられない。あんな狂気に満ちた凶器をそのまま受けようとはとてもではないが思えない。回転する先端が結界に触れた瞬間、硬いものが削れる音が響き続ける。そして、拮抗したまま数秒経つと外側の結界に罅が走っていくのが分かる。そのまま突き出される凶器は外側の結界を破り、内側の結界に届く。再び結界が削れていき、そのまま突き破る一歩手前で何とかその回転を止めた。

 

「そぉらぁッ!」

 

凶器を止めれば幻香が止まるわけではなく、凶器を引き抜くと同時に体を大きく捻り、握り潰すように消し去る。そしてすぐさま放たれる拳に、限界寸前だった結界が粉砕された。その結果に思わず目を見開く。私の結界を破ったこともそうだが、それ以上にあんなものを創り出したことに。

幻香がその身に纏っているのは、明確なまでの殺意。幻香は、私を殺しに来ている。

 

「喰らいなァッ!」

 

幻香の体から湧き出るフヨフヨとした何か。数を数える気にもなれないそれから、一斉に弾幕が放たれる。その全てが一発喰らえば深く抉られ、下手すれば風穴が開くような鋭い針状妖力弾。

 

「霊符『夢想封印・散』!」

 

私の体の内側から湧き上がる霊力を外へ放出し、妖を滅する弾幕を放つ。針状弾幕を消し飛ばし、そのまま幻香へと襲う。もちろん本気で滅するつもりはなく、いくらか加減はされているが、それでもただでは済まないはず。

 

「ほれ。…ッ、うげ」

 

それに対し、幻香の取った行動は常軌を逸していた。自分に向かって飛んでくる弾幕に、平然と右腕を差し出した。弾け飛ぶ血飛沫、視るに堪えない様相となり果てた右腕。鉄臭さが鼻につき、思わず顔をしかめてしまう。それなのに、幻香の表情は大して変わっていない。

そして、そのまま何ともない表情で左手に薄紫色の細剣を創り出し、右肩から斬り落とした。ブチリと斬り取られ、床に落ちる右腕だったもの。僅かに血が飛び散ったが、無理矢理傷が閉じられていく。

 

「まぁた右腕なくなっちゃった。…あ、そうだ。ちょうどいいし、いいこと教えてあげますよ」

 

さっきまで噴き出していた殺気が一瞬で霧散し、まるでこれから世間話でも始めるような緩い雰囲気を醸し出す。その圧倒的落差に、あの殺意さえも仮面であるかもしれないと思ってしまう。

そんな私を置いていったまま、幻香はそこにない右腕を私に向けるように右肩を見せる。

 

「『不死鳥伝説』って知ってます?」

「不死、鳥…」

「そう。あの有名な不死鳥だ。火山の噴火と共に誕生し、極彩色の炎を翼に纏い天を舞う。その血を飲めばあらゆる病を治し、その血を塗ればあらゆる傷を塞ぎ、その肉を食べれば不死を得る。当然、不死鳥自身もあらゆる傷は即座に塞がってしまうし、死なんて以ての外。ある程度時が過ぎると自らを燃やし尽くし、その灰の中から新たな肉体を得て再び誕生する。…文献によって色々で差異もちょっとはあったけど、まとめれば大体こんな感じだったかな」

「…それが、何だって言うのよ」

 

急に語り出した内容は、この状況に余りにも関係ないもの。しかし、それを語る幻香は頬が三日月のように吊り上がり、ドロリと絡みつくような視線を感じる。…何か、嫌な予感がする。

ゴゥッ!と幻香の背中から何かが噴き出した。圧倒的な熱波を受け、思わず目を細める。それは、炎だった。その炎は、異常だった。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫…。あらゆる色を内包し、代わる代わる揺らめいていく。そして、その形は誰が見ても翼としか言いようがなかった。

 

「ちょっと再現してみた。今度八雲紫に会ったら、土産話にでもしてくださいよ?」

 

そう言った幻香は、私に人差し指を突き出した。当然、右手の。

理解が追い付かない。不死鳥伝説?それを再現?ドッペルゲンガー。願いを奪い、その人に成り変わり、代わりに願いを叶える。成り変わり。変化。…つまり、幻香は伝説として遺されている不死鳥に成ったとでも言うつもり…?

しかし、ずっとそうであり続けられるわけではないらしく、極彩色の炎の翼が止まる。その翼と再生した右腕に意識が向いていて、今更ながら幻香の服が燃え尽きていることに気付く。

 

「…やっぱ便利だけど、服が燃えちゃうのがなぁ。ま、ちょっと貴女の服貰いますね」

 

そう言って、幻香が私と同じ巫女服を身に纏う。一瞬だが、鏡を錯覚させる。顔だけじゃなく、服装まで同じだとそう思わせる。

服が燃えても何故か残っていた紐を手に取り、幻香は笑う。そして、そのままさっきまで収まっていた殺意が再び溢れ出す。

 

「アハ…。じゃ、続けましょう?博麗の巫女と『禍』の決闘を」

 

その言葉が終わると共に大量の札と陰陽玉を放つ。瞬間、私と幻香の間に炎が爆ぜた。札が一瞬で燃え尽きてしまうが、その程度でこの陰陽玉は止まらない。しかし、ビッと鋭く空気を切り裂くような音が炎の向こうから聞こえ、陰陽玉があらぬ方向へ飛んでいくのが視界の端に見れた。そして、さっき幻香が手に取っていた紐も。

その紐が突然私に迫る。炎で未だに向こうが見えないが、幻香が操作しているのは確か。すぐにお祓い棒を軌道に当てる。

 

「なッ!」

 

しかし、その紐は器用にお祓い棒を軸にして僅かに曲がり、私の首に巻き付く。気道が締まり、極僅かしか空気が通らない。締まる紐から抜け出そうと咄嗟に手に取り、きつく締まる紐の端をどうにか掴んでも簡単には解けない。今更のように炎が消え去ると、その向こうで幻香は嗤っていた。

 

「ほぉらよッとぉ!」

 

そのまま背負い投げるように紐を担ぎ、その先に巻き付いた私ごと振り回す。振り回され外側へと向かう遠心力により深く首が締まり、極僅かだった気道すら塞ぐ。…このままでは床に叩き付けられる。

そうなる前に、紐が巻き付いていた向きとは逆回転に体ごと回る。そして、どうにか床に叩き付けられる前に紐が解け、解放された体が勢いのまま幻香から離れるように跳ぶ。どうにか両脚を床に付け、片手も床に当てて止まる。

 

「…ま、この程度じゃ駄目か。…はぁ」

 

そう言って紐を振り回して遊んでいるように見える幻香がため息を吐く。その顔には一筋の汗が流れ、僅かに疲労の色が見えた。まさかこの程度で疲れるとは思えない。ならば、何かやったということ。真っ先に思い付くのは、先程の不死鳥伝説の再現。あれは、多少なりとも気力を使うものなのかもしれない。

そこまで考え、私と同じ場所まで降りた幻香を見遣る。そのときちょうど足元にあった右腕だったものを蹴飛ばして壁際に転がしたが、そんなことはどうでもよかった。私は、幻香が異変を起こした理由を知った。そして、そのために何だってする意思も感じた。それは、結果のために私を殺すことさえも厭わない漆黒の意思。

 

「…貴女は、もう止まるつもりはないの?」

「ないね。それに、もうわたしにも止められない。止めることが出来た時期は、もう遠い過去のことだからね。それに、止めても無駄だよ。わたしは何度だってやり直す。何度だって繰り返す。…だからさ、博麗の巫女。止めたきゃわたしを殺せよ。やれるもんなら、ね」

 

気付いたら零れていた問いに、幻香は律儀に拾いそう答えた。不死鳥伝説の再現が出来るなら殺せないじゃないか、とまず言い訳を考えてしまう。そして、殺したくない、と。

…あぁ、私はやっぱり甘い。ここまで来ているというのに、壊れかけの幻香に未だに同情している。一線を越えられない。非情になり切れない。誰かを殺すだなんて、出来やしない。

どうにかして、アイツの凶行を止めることは出来ないだろうか…?

 


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