「魔砲『ファイナルスパーク』ッ!こいつで終いだぁッ!」
最後の一枚までスペルカードを使い尽くし、最後の一撃を解き放つ。文字通り終幕の閃光。
大妖精の指示によって、妖精達は途中からあからさまに時間稼ぎをし始めた。攻撃のための弾幕ではなく、防御を優先する。不用意に近付こうともせず、ほとんど回避に集中する。もちろん最後のスペルカードは宣言しない。その結果、非常にやり辛いスペルカード戦となり、とことん時間のかかる勝負となってしまった。
ミニ八卦炉を持つ手の感覚は、既にほとんどない。流れたであろう汗は瞬時に凍り、顔にいくつか貼り付いている。唇は見るまでもなく、紫色に違いない。この極寒の中、よくもまぁ倒れなかったと自分で自分を褒めてやりたい気分だ。
「いっ…たぁー…い、なぁ…。…あーぁ、負けちゃったわねぇ」
「そうですね、スターちゃん。けど、私達はちゃんとやり切りましたよ?」
「…そうだね。負けちゃったけど、キッチリ役目は果たせた」
「ならよし!悔しいのはまた今度!」
「次は負けないからな、魔理沙!逃げるんじゃないよ!」
「…へっ、言ってろ」
正直、まともに返事をする余裕はない。しかし、役目か。それは幻香に頼まれていたこと、のはずだ。私の相手をすることで、スペルカード戦を長引かせることで、何がしたい?どうせ私達は最終的に幻香の元へ辿り着く。誰かが負けて欠けたことになったとしても、それでも幻香が複数人を相手に出来るほどとは思えない。時間稼ぎは寿命が少し延びるくらいしか意味がない。…じゃあ、その寿命が必要だったってことか?
扉を開けると、一気に風が舞い込んでくる。しかし、さっきまでの極寒ではない暖かな、…否、熱いとすら感じてしまう風。本来なら、急に動いたらいけないような状態なのだろう。しかし、そんなことを言っていられる状況じゃない。すぐさま箒に跨り、まずは床をブチ抜き大穴を開けられ落とされることとなった出入り口まで一気に加速した。
「あー、魔理沙だー」
「…お前も私の邪魔をするのか?」
「しないよー?好きなところに行けばいいんじゃないかー?」
大穴に腰かけていた闇の妖怪であるルーミアは、出て行けと言わんばかりに後ろの扉を指差しながら言った。そんなことをされても出て行くつもりはさらさらないし、まだ異変は解決していない。何故なら、窓から覗く外は未だに紅霧で満たされているのだから。
ルーミアの指差す向きとは真逆へと突き進む。私達を下に落とした。寿命を延ばすことだとするならば、幻香はその逆の上にいるはずなのだから。上へ、上へ、と登り続ける。
「ここからは通行禁止!」
「進むならぁ、あっち。…だよぉ?」
「そうです!だから曲がって今すぐ即刻さっさと!」
「うるせぇ!邪魔だ退けえっ!」
廊下に立ち塞がる妖精メイド達の間を縫うように突き進み、しかし、そのまま進み続けても何もない。妖精メイドの一人すら見当たらない。…まさか、外れでも引いたか?そう判断したときには、急停止からの反転即発進。元来た道をそのまま戻っていく。
「だから言ったじゃん!」
「ほらぁ、こっちこっち。…ねぇ?」
「さあ!こっちに進んで急いで素早く迅速に!」
「チィ!…分かったよ!」
今度は言われた廊下へと曲がっていく。…しかし、寿命を延ばすことが目的なら、妖精メイドは私にどうして正解を伝えた?まさか、私がそんな言うことを聞くなんてことはないだろう、と踏んでのことだとか?なんか舐められてる気分だ。癪に障る。
「…こっち」
「グーッと直進!」
「か、階段を」
道なりに進んでいけば、進むべき道を指示する妖精メイドが最低でも一人はいる。その言うことに従っていると、その扉はあった。そこは、レミリアが普段使っていたはずの部屋。しかし、その扉には明らかに似合わない異質な魔法陣が何者かの血液によって描かれていた。触れると発動することを警戒し、足元に転がっていた壁の欠片に魔力をほんの僅かに込めながら投げ付ける。カツン、と当たっただけで反応はない。欠片に纏わせた魔力にも変化なし。
「…よし」
そーっと扉に手を触れ、改めて反応がないことを確かめてから扉を開け放つ。
「…魔理、沙…?」
「霊夢…?おい、霊夢ッ!」
そこら中がボロボロになった部屋。壁には大穴が開いており、外が丸見えになっている。その真ん中に、見るに堪えない姿となった霊夢が横たわっていた。その姿が目に入ったときには、考える前に体が霊夢の元へ駆け出していた。
首が曲がらないように上半身を抱き起こすと、急に咳き込んだ霊夢の口から赤い飛沫が飛び散る。顔は赤黒く、醜く腫れあがっている。肌が見えるところには、怪我がないところを見つけるほうが困難なほど。きっと、服で隠れているところも傷は絶えないだろう。
「しみるだろうけど我慢しろよ!」
「ぇ…ッ!」
スカートの中から傷に効く薬を手に取り、霊夢に思い切りぶっかける。すぐに治るわけではないが、やるとやらないでは段違い、のはずだ。
「あとこれも飲め!」
「ちょ、ゥぐ!?」
追加で痛みを感じることを抑える薬を口に突っ込む。一時的だが触覚に関しても鈍くなるが、それは仕方ない。今はそんなことよりも鎮痛のほうが大事だ。
そこまでしたところで少し落ち着き、改めて周りを見渡す。まず目に入ったのは、結界の中に閉じ込められている人間。見たことがある気がする、と思ったら稗田阿求だった。…何故ここにいるんだ?
それからは、特に気になるものはなかった。…そして、いるはずの者がいないことにようやく気付く。
「…なあ、霊夢。…幻香は?」
「…それよ」
そう言われ、震える指の先にあるものを見る。それは、まるで紙屑のようだった。言われなければ気にも留めることもないような、紙をただ丸めたようなもの。あれが、幻香、なのか…?
「まさ、か…」
「そのまさか、よ。…私は、アイツを、封印したわ」
「封印…。そうか、封印か…。封印、か…」
言われた言葉が頭からスルリと零れ落ちては再び拾い上げるを繰り返しているようだった。その言葉の意味が理解出来ていない。しかし、何度も呟いていれば、嫌でもその意味が分かる。分かってしまう。
霊夢は、鏡宮幻香を封印した。その昔、やりたくない、と言っていた封印を。
「魔理沙。…まだ、立てなさそうだから、ちょっと肩貸して」
「あ、あぁ」
言われるがままに肩を貸し、支えながら立ち上がらせる。そのとき、目元に光るものが見えたが、それは気のせいだ。悲痛に歪む表情だって、見間違いだ。…そういうことにする。
震える脚の進む先へ連れていき、阿求が閉じ込められている結界の前で崩れるように座る。そして、すぐに力の限りを尽くし、それでも震える指で結界に何かを施していく。たまに見ることのある、結界を問答無用で破る際にする行為。最後に指先を結界に当てると、部屋がこんなになるような勝負をして、それでも傷一つ付いていないことから強固であろうと思っていた結界が、呆気なく粉砕される。
「…霊夢さん。ありがとう、ございます」
「まだ、油断はしないで。帰るまでは、安心出来ないから」
「は、はい」
そう言って阿求は霊夢の隣に座り込んだ。そして私は、ふとさっきまで阿求がいた場所に目を遣ると、一枚の封筒が落ちていることに気が付いた。見るからに怪しい模様が描かれた封筒で、手に取って眺めてみると、詳しくは分からないが魔法陣であることは分かった。とりあえず開封しようにも出来ず、破ることも出来ないことから、封印に近いものと判断する。
「なあ、阿求。これは何か知ってるか?」
「え…。それは、あの『禍』が私を閉じ込める前に書いていた手紙です。ですが、気を付けてください。その手紙は『禍』の血によって書かれたもの。…もし開けると言うのなら、くれぐれも警戒を怠らないでください」
「そう。…とりあえず、開くわよ」
私から封筒を奪うように掻っ攫った霊夢が、さっきと同じことをする。すると、何かが壊れるような外れるような音が聞こえ、躊躇うことなくその封を開いた。
「ぁ…、あ。ああ…っ!そんな、馬鹿なことが…っ」
「…ふざけんじゃないわよ。…何よこれはッ!」
中に入っていた一枚の紙を取り出した二人がその紙を見た瞬間、一人は震える声を漏らし、もう一人は怒りを滲ませた。
二人の間から覗き込んでみると、その言葉はとても短いものだった。しかし、その言葉はその短さを吹き飛ばすような衝撃を私に与えていった。…何だよ、これ。何なんだよ、これはッ!
まるで、幻香はこうなることを望んでいたみたいじゃあないか…ッ!
――ようこそ、平和な幻想郷。