東方幻影人   作:藍薔薇

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第245話

『禍』が封印され、異変は終結した。その後、どうにか動けるところまで回復した霊夢さんによって、私は人里へと無事帰還することが出来た。…紅魔館を出る際にちょっとした波乱はあったが、今思い返すことではないだろう。私を人里へ届けた霊夢さんは、改めて強固な封印を施す、と言ってすぐに博麗神社へと戻っていった。それが三日前の話。

今の人里は非常に騒がしい。何故なら、昼も夜も何処も彼処も宴会が続いているからだ。『禍』が封印されたと知れ渡り、心の何処かで不安を感じさせていた存在がいなくなったのだから、そうなるのはしょうがないと思っている。

 

「それで、慧音さん。まだ怪我も治り切っていないにもかかわらず、貴女はどうしてここに来たのですか?」

「それは君の護衛の者から頼まれたからだ。無理を言っているのは分かっている、と言われたが、頼まれたなら断るつもりはない。ちょうどよく寺子屋は休講だったしな。ま、言う通り左腕はまだ治り切っていないが、それでも彼等よりは動けるさ」

「…そうですか」

 

左腕は包帯を巻かれ、額にも同じように包帯が巻かれている。ゆったりとした服の中身も、きっと包帯が巻かれているのだろう。私を攫っていった、つまり伊吹萃香との交戦による手傷。

古い書庫から引っ張り出した相当年代物である小さな日記を閉じ、私は今回の異変についてまとめる。周りの話をまとめることが多いのだが、今回は間近で見せられることとなった。だから、わざわざそれを知る者を呼び寄せる必要もない。

人里では、第二次紅霧異変と呼ばれている。何故なら、人里にとっては紅霧異変が再び起こっただけだから。そこで終わったから。そのまま放置されれば、さらなる異変が積み重なっていたとは知らないから。もしもその先が起こったとすれば、何と呼ばれることとなっただろうか?そのときは『禍』の名を取り、災禍異変とでも呼ばれることとなったかもしれない。

 

「それともう一つだ」

「もう一つ、ですか。それは何でしょう?」

「私がその異変のときに任された役目について、だ」

「…っ。そ、うですか」

 

何気ない風に、流れるように続いたその言葉は、私を僅かに動揺させるには十分だった。

確かに、上白沢慧音は『禍』との交友関係があった。私は、そのことについては、監視と聞かされていた。人里で何かやらかそうとしたとき、真っ先に止められる場所にいる、と。あまよくば、その関係から『禍』の牙を削ぐつもりなのだろう、と。…実際は、その牙は削がれることなく研がれていたわけだが。

 

「本当はな、何も言わずに日常へと戻るつもりだった。…けどな、言わずにいるっていうのは、案外辛いものなのだよ。それが『禍』、幻香のことならなおさら、な」

「幻香?」

「鏡宮幻香。それが『禍』の名前だ。…一度くらいは聞いていただろう?」

「ええ、聞きましたが…」

 

思い返してみれば、確かにたまに出てきていた。幻香とは『禍』の名前だったのか。あの時はそんなことを考えている余裕なんてなかったから、気にも留めていなかった。

 

「それで、その幻香に任された役目、というのは?」

「人里の抑止力となること」

「抑止力、ですか…?」

「ああ。多少強引な手段だったがな」

 

そう言って続く内容は、確かにかなり強引な手段であった。そして、非常に有効な手段であった。人里の守護者である上白沢慧音が破られ、その上から挑もうとする人はほとんどいないだろう。少なくとも、私なら絶対にしない。

そう言えば、『禍』が異変を起こした理由をして言ったものに似通ったところがある。人間の代表として存在する博麗の巫女、博麗霊夢。彼女に勝利することで私達人間達からの攻撃を打ち切る、と言っていた。…あの風見幽香が図らずともやったことと同じである。まあ、この理由も戯言に過ぎなかったのだが。

 

「ま、こんな感じだ。…どうだ?私が異変に加担していたと知って」

「…正直、驚かされました。私としては、貴女が加担していたことよりも、あの『禍』が人里のことをそう考えていたことに」

「そうか?私からすれば、大して驚くようなことではないが」

「それは貴女が半分とはいえ妖怪だからでしょう」

「はは、違いない」

 

そう言って笑うが、僅かに無理のあるものだった。仮にも友好関係があった者が封印されたと知り、何とも思っていないということはないはずだ。そういうことだろう。

そんな彼女が当然のように、『禍』視点の人里を言った。許せない、と。だが、やらないで済むならそれがよかった、と。殺すことは罪である。だが、殺される理由を作ることも、罪と成り得る。分かってはいたが、考えもしなかった。

それは、認識のずれ。彼女を『禍』と見るか、鏡宮幻香として見るか。それによって、彼女の存在は大きく違って見えてくる。だが、私にはどうしても『禍』としか見ることが出来ない。何故なら、人里にとって妖怪とは敵だから。敵のことを、そんな風には考えられない。

 

「それで、だ。それを知らされた阿求殿は、私をどうする?」

「…私は、貴女は人里に必要な存在だと思っています。ですから、このことは記載するべきではないのでしょうね」

「それはどうかと思うが?」

「これまでだって秘匿にするべきと考え記載を控えた内容は多々ありますから」

 

そこまで言って、コホ、と小さく咳が出てしまう。あの状況にいて何もなく無事に、というわけにもいかず、昨晩までは熱を出していて病み上がりなのだ。もう大丈夫だろう、と考えていたのだが、まだ少し早かったかもしれない。

 

「すまない、少し長く話し過ぎたな。…話はこれで最後にしよう。話す前に読んでいたその本が少し気になってな。どんなことが書かれているんだ?」

「日記ですよ。五代目、稗田阿悟の非常に個人的で、次の代に当てた日記です」

「次の代…。転生の際に、その代の記憶をほとんど失うからか」

「ええ。ですから、あまり見せられるものではないんです」

「そうか。少し残念だ」

 

この本の中身は、死に際に次の代へ当てたもの。自分の代では調べ切ることが出来なかったから、次の代で調べてほしいと願うもの。…ただし、その願いの一つは予想外の形で叶っていた。

仕事をしていたはずの男性が同時刻に別の場所で人を絞殺していた、というもの。目の前で崖から跳び下りて死んだはずの子供が普通に家で遊んでいた、というもの。因縁の妖怪に返り討ちにされ亡くなったはずの老人が部屋で首を吊っていた、というもの。全く違う場所で全く違う人と会話をしていた人がいる、というもの。遠方に離れた友に長い時間をかけて会いに来たという青年がそのとき既に重病によって亡くなっていた、というもの。とある女性が夫と共に心中したにもかかわらずその女性は自分の部屋で夫が死んだと泣き続けていた、というもの。…他にも様々なことが書かれていたが、どれもこれも同時刻に同一人物が存在していた、ということだ。この一つの願いの答えが、非公式の幻想郷縁起として書かれ挟まれていた。

名前は、幻影人。またの名を、ドッペルゲンガー。願いを奪い取り、その願いを基にその願い主を模倣し、そして願いを代わりに叶える。自我はなく、目的もなく、ただただ願いを奪い代わりに叶え続けている。そんな存在。

願いを持っているか否かで大きく二つの姿がある。持っていればその願い主と全く同じ存在に成り変わり、持ってなければほぼ白い存在となる。ただし、その白は無垢の白。何でもないその見た目は、見る者によって勝手にその姿が変わって見えるらしい。その姿は、鏡のように自分と全く同じ姿である。その理由は、見た目そのものが存在しないため、それを見た者が勝手に自分にとって最も身に覚えのある姿、つまり自分の姿として補完してしまうかららしい。

他にも様々なことを事細かく書かれていたが、詳細は省かせてもらう。これを読んだであろう、阿悟は最後にこう遺していた。

 

『次の代の者へ、これは秘匿にしておくように。何故なら、私はこんなことを書いていないからだ。こんなものは覚えがないからだ。書いていないのならば、これは偽物であるからだ。だが、この内容は私が欲していたことは日記を読めば確かである。しかし、私はそのことすらも覚えていない。記憶に穴があるのが分かる。私は記憶を喰われたのだ』

 

まあ、これはどうでもいい。つまり、鏡宮幻香とはこのドッペルゲンガーにあまりにも酷似しているのだ。ただ、自我がない、という点が異なり、その手に何かを創り出し消し飛ばす能力について書かれていないくらいで、それ以外はほぼ同じ。

 

「『禍』…。この平和が、貴女の掌の上ですか…」

 

外の音を聞けば、騒がしい音が未だに聞こえてくる。その平和が、あの『禍』によってもたらされたとも知らずに。自らの全てを捧げて平和を与え、愚かな人間達を鼻で嗤っているのだろう。

 


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