東方幻影人   作:藍薔薇

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第247話

フランが紅魔館を出ていってからもう一週間になる。つまり、幻香が起こした異変が終結し、その結果として幻香が封印されてからもう一週間経ったということになる。フランがここを出ていたことは少し寂しいと思うし、幻香が封印されたのも悲しいと思う。フランには魔法陣を中心とした魔術を教えていた途中であったし、幻香の発想と協力で私の魔術の向上を少しばかり期待していたから。けれど、いつまでも引き摺るわけにもいかず、私はいつものように魔術研究を進めていく。

 

「うー…、フランは大丈夫かしら…。ちゃんとした食事を摂れてるかしら…」

「くどいわよ、レミィ。いつまでそうしてるつもり?そんな調子だといつか乾涸びるわよ」

「いや、このジメジメした環境なら黴が生えるわ」

「そう思うならさっさと止めなさい」

 

そして、レミィはフランが出て行ってからずっとこんな感じだ。フランのためを思って縁を自ら切ったというのに、この様である。ハッキリ言って鬱陶しい。何もしていないくせにそんな疲れ切ったような顔をしても、私としては対応に困る。

まあ、レミィとフランはどうしようもないほど噛み合わないことは、私から見ても明白であった。過保護であったことは分かるが、些か度が過ぎていたし、何よりズレていた。レミィとフランの間に誰かがいればもしかしたら、と思ったこともあったが、それでも駄目だった。

 

「幻香が封印されて、フランが暴れてなければいいのだけど…」

「フランは幻香を失っても、自暴自棄になっていないわよ。代わりに妹紅と萃香がいたからかしら」

「萃香…。はぁ…、あの泥臭い鬼と、かぁ…」

「考えが古いことが認めるけれど、貴女よりよっぽど頼りになると思うわよ」

「…パチェ、貴女どっちの味方よ」

「少なくとも、今の貴女の味方をする気にはなれないわね」

 

そんなグデッと机に突っ伏している貴女を擁護する気にはなれない。

魔術書を読み進めながらゆっくりと飲んでいた紅茶がなくなり、新しく淹れようにもポットの中身は既に空だったことを思い出す。少し考えてから、横に置いてあったベルを鳴らした。

 

「あ、パチュリー様。お呼びですか?」

「ええ。新しい紅茶とバケツ一杯の水を持ってきてちょうだい」

「…バケツ、ですか?」

「ちょっと待ってパチェ止めなさい」

「今の貴女にはちょうどいいと思うわ。頭を冷やしなさい」

 

バケツの注文は取り消し、妖精メイドは紅茶を淹れに飛んでいった。

 

「貴女が自分の幸せを捨ててフランの幸せを選んだことは聞いた。…なら、そんな未練がましくしないで誇ればいいじゃない」

「…いや、それとこれは別。そのことに関してはもういい。私の今の問題は、フランが外でまともに生活出来ているかどうかよ」

「それも問題ないわよ。妹紅と萃香がいるし、慧音だってたまに様子を見に行ってる。あの妖精や妖怪達とも仲良くしてるそうよ。この前は魔理沙とちょっと会話した、って書いてたわね」

 

幻香を中心とした人脈は、幻香がいなくなっても切れることなく繋がっている。私もその輪の中に当然のように入っており、三日前には萃香が勝手にここに来てチェスの駒を弄って遊んでいた。最近、将棋を覚えたと言っていたが、どう見ても素人であった。ちなみに、その帰りには美鈴と組み手をしたそうだ。負傷から復帰してすぐに勘を取り戻す手伝いをしてくれた、と美鈴は嬉しそうに語っていたのを覚えている。ついでにどれだけ凄い格闘家であるかも語られたが、正直よく分からなかった。

 

「…ちょっと待ちなさい。書いてた、ってどういうことよ?」

「そのままの意味よ。手紙を送って、その返事が来ただけ」

 

このために黒魔術に手を出すことに決めたのは記憶に新しい。呪術は自分の体の一部を捧げるが、黒魔術は小規模ならば魔力だけで事足りる。大規模ならば同様に自分の体の一部を捧げる場合もあるのだが…。呪術に近い黒魔術の利点は、特定の対象へ呪いもしくは魔術を与えることが出来る点だ。ただし、その場合はその対象の痕跡が必要である。例えば髪の毛や皮膚などの体の一部、極めれば足跡や座った跡などでもいい。今回はフランに頼んで髪の毛を切ってもらった。

一枚の紙に飛翔魔術と外敵からの保護のための魔術結界を加え、フランの髪の毛を使った黒魔術を合わせることで何処にいるか分からないフランへ飛んでいくようにした。必要かどうかは知らないが、一応迷い家にいた場合も考えて護符にあった術式をそのまま映した。その紙に伝えたいことを書き、折り鶴にしてから魔力を与えて飛ばす。返事は裏に書いてもらい、帰りは私の髪の毛を使った黒魔術の魔法陣にフランの妖力を注いで戻ってくる。

ただ、呪術と違って特定の対象を選ばないものはほとんどない。幻香が喰らったという妖力無効化の杭のようなものは黒魔術にはないということだ。何故なら、そんなものは普通の魔術でいいのだから。対象が目の前にいるのに、その特定の対象に向けてわざわざ黒魔術を行使する意味はないのだから。

 

「お嬢様、パチュリー様。紅茶をお持ちしました」

「ありがとう、咲夜。調子はどう?」

「もう大丈夫そうです」

「そう。…こういう言い方はよくないと思うけれど、よかったわね。彼女の歌があそこで終わって」

 

妖精メイドに代わってポットを持って来て現れた咲夜は、ミスティアの狂い歌によって精神が狂わされた。あの歌は聴けば狂うという凶悪な歌。ミスティアが素で歌えば、それは全てその狂い歌となる。どれだけ早く歌おうと、どれだけ遅く歌おうと、どれだけ高く歌おうと、どれだけ低く歌おうと、聴こえてさえいれば狂い出す。あの時の咲夜は、まるで下戸が一升瓶の強い酒を一気呑みしたような状態だった。そこで歌い終えていたからよかった。あのまま聴かされ続ければ、それこそ廃人となってしまっていただろう。

咲夜の戦闘方法の場合、基本的に自分自身以外の時間を遅くする。ミスティアが五分歌うだけでも、咲夜は十分、二十分と時間を遅くすればするほど長く狂い歌を聴くこととなる。だから、相性が相当悪かったのだろう。

 

「お嬢様はいも…フランさんが心配なのですか?」

「…ええ、そうよ。貴女も悪いとでも言うのかしら?」

「いえ、そのようなつもりでは…」

 

レミィは、咲夜にフランのことを妹様と呼ぶことを止めるように命令した。今度ここに来ることがあれば、それはただの客人としてだ、とも。

…ただ、そう命令した後で咲夜を部屋の外へ出し、一人きりとなってすぐに声を抑えることなく泣き続けていたことを私は知っている。フランを、妹を失ったことはレミィにとって耐えがたいものであることを、私は知っている。どうしようもなく噛み合わなくても、レミィはフランと姉妹でいたかったことを、私は知っている。フランに何かがあれば嫌われるのも後ろから斬られることも覚悟で救いに行くつもりでいることも、私は知っている。

縁を切っても、それでもレミィはその切った縁を見続けてる。…やっぱり過保護なのよねぇ。簡単には変われない、か。

 

「それよりもパチェ。その手紙、私にも読ませなさいよ」

「嫌よ。フランはそんなこと求めてないもの」

「がぁーっ!私とフラン、どっちの肩を持つのよっ!」

「今の貴女の肩を持つつもりはないわ」

 

そんな弱々しくて女々しい肩を持つ気にはなれない。

そんなやり取りを咲夜は苦笑いを浮かべて聞きながら、紅茶らしきものを注いでいく。私とレミィの二人分。漂う香りはこれだけ離れていても鼻に突き刺さるほどに甘ったるく、その色は不気味なほどに紅い。…確かに紅茶ではあるけれど、私が求めていたものとは遠く離れている気がする。というか、そもそも茶という分類をしていいのかが疑わしい。

私と同じ感想を抱いたらしいレミィも顔をしかめ、これを注いだ咲夜を見上げる。

 

「…何よ、コレ」

「今日は新しい味に挑戦してみようかと思いまして」

「…咲夜。実はまだ狂っている、なんてことはないの?」

「味見はしましたが、とてもよかったですよ?お疲れのようでしたから甘いものを、と」

 

そのお疲れのようである吸血鬼は、それを聞いてゲッソリとしたように見えた。

 


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