東方幻影人   作:藍薔薇

248 / 474
第248話

「おはよ、フラン。朝食、一緒に食べる?」

「そうする。…あと、おはよう」

 

朝になって起きれば、目の前には橙がいた。周りを見渡せば、比較的新しい家の中。ここは、迷い家のお姉さんの家。…だった家。

こうして外で暮らしてみて分かったことは、私一人で生きていけそうにもない、ってこと。食べるものだって簡単には手に入らないし、私の調理技術は壊滅的。住む場所だって私が建てたわけじゃないし、自ら建てるかと言われると洞穴暮らしになりそう。この服だって貰い物で、裁縫なんて知りやしない。何もかも一人だけで生きていける、なんて思っていたわけじゃない。けど、ここまでだとは思っていなかった。

 

「そうそう、さっきサニーちゃん達が遊びに来たよ。だから、五人でね」

「分かった。着替えてから行くから、ちょっと待ってて」

 

お姉さんが『禍』として封印されてからもう一週間経ったと考えると、時間が経つのは残酷なほど早いと思わされる。そんなことを考えながら着替える。ここに来たときはその時着ていた一着しか持っていなかったが、橙が余っている服をくれると言ってくれた。少し小さい気がするけれど、この前来てくれた慧音も新しい服を持って来てくれると言ってくれた。

衣装棚を閉じる前に、私がここに来る時に来ていた服を見遣る。元から赤かった服が、負傷と返り血でさらに深く染まっている。洗っても落ちなかったし、落ちなくてもいい。ところどころ傷付いているし、左袖は腕と一緒に弾け飛んで存在しない。縫い合わせてもいいのだろうけれど、何故だかそうする気になれない。丁寧に折り畳まれたリボンがボロボロな服の上に乗っているのを見て、私は衣装棚を閉じた。

外に出る前に日傘を差し、その陰から空を見上げる。雲一つない綺麗な青空。直接太陽を見ることは出来ないけれど、やっぱり眩しい。お姉さんに合わせて昼に生きることを決めたけれど、後悔はない。たとえお姉さんが封印されているとしても、私はこのまま太陽が支配する昼の世界に生きていく。

 

「あ、来た来た!おーい、フラーン!」

「…ちょっと、耳元で大声出さないで」

「ルナが淹れたのだけど、コーヒー飲む?」

 

橙の家に入ると、言っていた通りサニー、ルナ、スターの三人がいた。そして、その机の上にはご飯に味噌汁、目玉焼きと朝食が並べられている。

 

「飲むよ。…まだ慣れないけど」

「あはは、にっがいもんねぇ」

「…頭スッキリするのに」

 

苦みが頭を突き抜けて眠気とか怠さとかがブチ抜かれていくような感じはあったけれど、毎日飲むかと問われればどうなんだろう?ちなみに、橙は一舐めしただけで諦めていた。

 

「それじゃ、いただきます」

 

コーヒーの慣れない苦みに少し顔をしかめつつ、朝食を食べていく。味噌汁と言えば、橙に鰹節を入れるように言われてすぐに怒られたのを思い出した。言われた通り入れたのに、どうしてだろう?

朝食を食べ終えると、三人の妖精がここに来た理由を語ってくれた。ここ、妖怪の山に生えている山菜を採りに来たのだという。採れた分は今日の夕食にするつもりらしい。それでは昼食はと思えば、それは私が狩ってほしいとのこと。特に断る理由もないし、承諾する。

 

「それじゃ、いざ山菜!」

「いってらっしゃーい!」

 

見送ってくれた橙に手を振り返し、山を下っていく。しかし、山菜と言っても私にはどのようなものか分からない。植物を手当たり次第摘み取るわけでもないらしく、足元に目を遣ってキョロキョロしている。

 

「あったー!」

 

サニーが急発進し、細長い草を掴んで引っこ抜く。土から出てきた白い球根を見ていると、かなりの嫌悪感を覚えてしまう。もしかしたら、にんにくの近縁種かもしれない。玉葱とか葱とかでも軽く覚えたけど、これはそれより一段階強い感じ。玉葱と葱は食べれないわけではなかったから平気…かなぁ?

 

「…ねえ、フランさん」

「なぁに、ルナ?」

 

少し距離を取ると、後ろにいたルナに話しかけられた。その声色が少しばかり真剣であったから、私もちゃんと聞くことにした。

 

「幻香さんが封印されて、本当に平気なんですか?…何て言うか、あんなに破裂しそうだったのに」

「…そうだね。今でも霊夢はいらつくしむかつくし憎らしいよ。けど、私は目的が出来たから」

「目的、ですか?」

「そ。お姉さんの封印が解けたとき、きっと何もかもが変わっていると思う。けど、その時に変わらずあるものが一つでもあると、安心すると思うんだ。私は、その一つになるつもり」

「そうだな。幻香の封印について、あんたにちょっと聞きたいことがあるんだよ」

「…萃香?」

 

ルナとの会話に割って入ってきた萃香は、樹の上に腰かけて瓢箪を煽っていた。そして、私の前に跳び下りてすぐに肩を掴まれる。

 

「悪いが、ちょっとフランを借りてもいいか?長くなるかもしれないが、昼までには帰すからさ」

「…えっと、大丈夫、かな。…サニー、スター、フランさんが萃香さんとちょっと出かけるってー」

「え、昼食までに帰ってくる?」

「来るみたいよ。そうぞ、私達はここらへんで山菜を採って待ってるから」

「そうか?すまんな」

「じゃ、ちょっと行ってくるね」

 

 

 

 

 

 

連れていかれたのは、妖怪の山から少し離れた深い森の中。魔法の森とは違うようで、あの独特の雰囲気を感じない。樹の根元に腰かけていた妹紅が私達に気付くと、軽く手を振った。

 

「よ、朝早くに呼んで迷惑じゃなかったか?」

「全然。けど、昼までに帰りたいかな」

「そうか。…萃香、頼んだ」

「おう。任せとけ」

 

すると、何故かここにいてはいけないような、ここから離れなくてはならないような、そんな本能的なものを感じ始める。

 

「ここら一体に向けられるべき意識を薄くした。そういう場所は、目も向けたくないし、留まりたくもなくなる空間になるんだよ。いわゆる、人払いだな」

「ま、そういうことだ。あんまり人に聞かれちゃまずいようなことだしな」

「そういうのはよく分からないけど、お姉さんの封印についてでしょ?」

 

確かに、『禍』の封印について語ろうなんて、人里の人間達に聞かれたらどう思われるか分かったものではない。ここは人里から遠めといっても、絶対にいないとは限らない。そういった警戒をするのは悪いことではないのだろう。

 

「ああ。…その前に、幻香の目的は人里の人間達との関わりを断つことだと思うか?」

「うん、そう思う。ていうか、そのくらいしかないでしょ」

「だよなぁ…。異変が終わる頃には勝手に終わってるみたいなこと言っていたが、どうなんだかな」

 

萃香がそう言って首を傾げていると、妹紅が妙な事を訊いてきた。

 

「この前、慧音に幻香の異変のことを話したら面白いことを言ってた。例えば、林檎が目の前に一つあったとする。そこに、それを欲する二人の人が現れた。半分ずつ分け合うのはなしとして、片方が一つの林檎を得るにはどうすればいい?」

「え?…交渉する、とか?」

「相手を殺す」

「そうだな。金や物で買収する、さっさと手に取って逃げ出す、その場で食っちまう、諦めて別の場所に行ったら見つけた林檎を得る…。過程はまるで違うし、その結果は全く異なるものとなるだろうよ。…だが、一つの林檎を得たことに変わりはない」

「…それが、なんなの?」

「幻香の目的が人間との関わりを断つことなら、封印だってその手段の一つに成り得る、ってことを言ってた。…それを聞かされて私は愕然としたね」

 

確かに、そんな無茶苦茶な、と思う。けど、どうだろう?正直、お姉さんならやりかねない、と思ってしまう自分がいる。そして、そう思ってしまった自分が悲しくなる。

 

「そんなことを言っておいてこんな事を訊くが、…幻香は本当に封印されたと思うか?」

 

封印が一つの手段だというのなら、他の手段だってあってもおかしくない、ということだろう。しかし、そう言われても分からない。封印されていないのなら喜ぶべきことだけど、これまでの一週間、一度としてお姉さんの姿はない。

 

「…されてる、んじゃないかな?」

「そうか。…じゃあ、訊き直そう。フラン。お前は、幻香から何かを受け取ったか?」

「受け取った」

「だろうな。そうじゃなきゃ、あんなすぐに立ち直るはずがない」

「むぅ。…確かにそうだと思うけど」

 

私は、お姉さんが封印されて紅魔館を出て行った日の夜。月を見上げていた時に、首筋に痛みを感じた。気のせいではないと思い、首を直接触れて確かめるためにリボンを取ると、そのリボンに変化が現れた。

そのリボンは、お姉さんに貰ったリボンの複製。これが消えたとき空の果てでも地の果てでも探し出すと約束したリボン。しかし、そのリボンはその約束とは違う役目を果たした。

 

「『マタネ』。…だから、お姉さんは絶対に帰ってくる、って信じてる」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。