東方幻影人   作:藍薔薇

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第249話

私とチルノちゃんは、お互いに向かい合う。そう、スペルカード戦だ。ただ、これは本気ではなく、私がちょっと『お願い』して相手になってもらっている。

まどかさんが異変を起こしてから、もう半月が経ちました。人里では第二次紅霧異変と呼ばれている、とルナちゃんが言っていました。新聞でもそう書かれている、と。少し読ませてもらいましたが、何だか当たり障りのないことをつらつらと書いているように思えました。確かに真実である。けど、何て言うかこの新聞特有の嘘混じりな過剰表現が削がれているような、そんな感じ。

 

「ちょっと遅くなっちゃいましたね。この後少し用事があるから、急ぎ足でやりましょ?」

「そっか。じゃあまずは、氷符『アイシクルフォール』ッ!」

「それなら、火符『サラマンダーフレア』」

 

私に向かって落下してくる氷柱を、両手に宿した炎を振るって溶かしていく。最後に両手の炎を投げてみましたが、軽く避けられてしまいました。

まどかさんが封印されてから、もう半月が経ちました。この前、空を飛んでいた霊夢さんを偶然一目見ましたが、その表情に少しばかり影が差しているように思えました。フランさんと遊んでいた時にやって来た魔理沙さんは、少しばかりわだかまりを覚えている様子でした。異変を解決出来たことはよかった。しかし、解決したことを少し後悔している。そんな小さな矛盾を孕んでいるように見えました。

 

「大ちゃんとスペルカード戦やるのって久し振りだなぁ。…スペルカード増やしたの?」

「うん、流石に最初の一枚と、まどかさんが考えてくれたもう一枚だけじゃ足りないから。今日はその試し撃ち。土符『ノームクラッド』」

「むっ!氷塊『グレートクラッシャー』ッ!」

「キャッ!」

 

私が放った土塊とチルノちゃんの氷塊がお互いを壊し合い、飛び散る。振り回していた氷塊が急に軽くなって体勢を崩したけれど、被弾したわけではない。

『禍』だから封印されて当然と言う人もいるでしょう。確かに悪いことはしましたし、本人も自覚を持ってやりました。けれど、私達に滅多に見せることがないだけで、ずっと苦しんでいた。最初に悪事を働いたから全て悪いと決まるわけではないのに、最初に悪意を受けたから仕返しが許されるわけではないのに、どうして人里の人間達は自分達が被害者としか思っていない人ばかりなのでしょう?

 

「これならどうだ!雹符『ヘイルストーム』!」

「そのくらいなら平気ですよ。風符『シルフウィンド』」

「おっ?おおおーっ!押し返されるっ!」

 

チルノちゃんが降らせている雹を、私は風の刃を持ってはね除ける。そして、はね除けた雹と降ってくる雹がぶつかり合い、砕けて相殺されていく。

けれど、私はそのことを責めるつもりはありません。その人には、その人なりの考え方がある。違いはあって当然で、そこにこそ個が存在する。条理から外れていようと、自分とは相容れないとしても、それはしょうがないことだから。

 

「次は、水符『ウンディーネアクア』」

「よーしっ!凍符『パーフェクトフリーズ』!」

「…うん、やっぱり凍らされちゃいますよね…」

 

私が放った水飛沫は、チルノちゃんに届く前に凍らされてしまった。このスペルカードはチルノちゃんで試すのは失敗だったかも…。

そして、私達はいつも通りの日常へと戻っていく。まどかさんが欠けた日常へ。…ええ、寂しいですよ。妹紅さんから封印されたと聞いたときは耳を疑いました。けれど、変わらないことなんてない。永遠なんてないし、始まりがあれば終わりがある。それが自然で、認めなくてはならない摂理。

 

「これが最後。精舞『ルーネイトエルフ』」

「あ、消え――痛っ!」

「チルノちゃん、一発目だよ」

「あれ、後ろ――っとォ!」

 

宣言と共に座標移動し一撃。再び座標移動しまた一撃。その繰り返し。まどかさんが言っていたことをやってみてはいますが、これはとても疲れますね…。

だけど、それでも、そんなことが分かっていても、理解していても、私はまだ信じられない。実は封印されていなくてヒョッコリと現れるんじゃないか、って今でも考えたりします。今も何処かで、私達のことを見ているんじゃないか、って。

 

「なら、私の最強スペルカード!樹氷『フロストーーって、あれ?」

「…えっと、その、あの時と比べて…ちょっと小振りだね」

「あれ、おっかしいなぁ…?」

 

あの時の巨木を彷彿とさせるほどではなく、三回りほど縮んでしまっている。きっと、あの時のチルノちゃんは特別だったのでしょう。だから、今では残念ながら出来ないのだと思う。

だから、私はせめて笑顔でいようと思います。いつまでも悲しんでいないで、笑っていたい。私があんな顔をしていると他の子に心配をかけちゃうし、何より私も辛いのだから。それに、まどかさんだって、私達が悲しんでいる姿を見たいとは思わないでしょうから。

 

「ふーっ、一回当たっちゃったからアタイの負けかぁ。あーっ、悔しいーっ!」

「違うよ。チルノちゃんは最後のスペルカードを結局使っていないんだから、最後まで使い切った私の負け」

「ウガ―ッ!大ちゃんは分かってない!アタイが負けって思えば負けなの!勝っても悔しければ勝ちって感じじゃないんだから!」

「あ、そうなの…?じゃあ、勝ちはもらっちゃうよ?」

「いいよ、大ちゃん。けど、次は負けないからな!」

「うん、分かった。…あ、そろそろ行かないと」

「何処に?」

「昨日の夜、ルーミアちゃんに呼ばれたの。一人で来て、って」

「秘密のお話?…くーっ、ズルいなぁ!」

「あはは…、どうなんだろ」

 

けど、あの時のルーミアちゃんは普通と違っていたが印象に残っている。あの時のルーミアちゃんは、たとえ冗談を言っても冗談では済まされないような、そんな雰囲気だった。

そんなルーミアちゃんが、私に何の用があったのだろう…?

 

 

 

 

 

 

呼ばれたのは、長らく誰も足を踏み入れていないような場所。草は伸び放題でとても進み辛い。周りを見渡しても誰も見当たらない。本当にいるのだろうか、と不安になりながら進んでいくと、得体の知れない肉を口にするルーミアちゃんの姿が見えてホッとする。

 

「お、来たのかー」

「うん、来たよ。それで、私に何の用なの?」

「…最初は、黙っていようと思ってた」

 

声色が普段のものとは明確に異なる真剣なものへ変貌する。その変化に、私も少し息を飲む。

 

「けど、秘密にするっていうのは難しいね。三日もすれば、誰かに言いたくて言いたくてしょうがなくなった」

「それが、私…?」

「うん。大ちゃんになら言っても大丈夫かな、って」

「どうして?」

「私達と同じで弱くて、それでいて言っちゃいけないことだ、って理解出来ると思ったから」

 

秘密にするという行為には、蠱惑的な魅力がある。自分しか知らないと思うと特別感がある。他の誰も知らないと思うと優越感がある。けど、その秘密にしているものの重大さを知ると、途端に重く圧し掛かる。…きっと、ルーミアちゃんはそれに耐えられないと思ったのだろう。

秘密を知る者が一人から二人へと増えることで、その重さは分散する。知る者が多ければ多いほど細かく分かれていき、全員が知る頃には重さなんて感じない。それが常識となるから。知っていて当然となるから。

 

「だって、知られたら幻香の異変の意味が全部なくなっちゃうと思うから」

「ッ!?」

 

その言葉は、私に強く圧し掛かる。その言葉だけで、こんなにも重い。ルーミアちゃんは、これよりももっと重いものに耐えていた。十日以上もの間、ずっとずっと背負い続けていたんだ。

 

「…聞かせて、ルーミアちゃん。私も、一緒に背負うから」

「…ありがと」

 

そう言って、ルーミアちゃんは僅かに微笑んだ。けど、いざそれを口にするのは勇気がいることで、なかなか口にすることが出来ないでいる。私は、黙って待っていた。急かすことなく、かといって気を抜くこともなく、ただ待ち続けた。

どのくらい経っただろう。短いとは思えなかったけれど、長いとも思わないくらい。ようやく、ルーミアちゃんがその重い口を開いた。

 

「私が見たのは、見ちゃったのは、秘密にしていたのは、幻香が紅魔館の外へ落ちる姿」

「…それって、いつの話?」

「私が巡回してて、偶然見ちゃった。…それで、幻香は上を見上げながらこう言ってすぐに消えた。『やっぱ無理か』って言って消えた。私、すぐに外に出たかった。けど、出れなかった。透明な壁に阻まれて外に出れなかった!」

「ルーミアちゃん落ち着いて!」

 

頭を押さえてうずくまってしまったルーミアちゃんの背中に手を伸ばす。震える体をゆっくりと抑えるように、ゆっくりと治まるように、優しく包み込む。次第に震えは収まり、そのままルーミアちゃんは続きを語り始めた。

 

「…ごめん、大ちゃん。それで、私はもう巡回する意味がなくなった。どれだけ攻めて来ても幻香はいないんだから。…それで、幻香が封印されたって聞いて驚いた。だって、幻香は私の目の前で消えたんだよ?…ねえ、大ちゃん。落ちてきた幻香と、封印された幻香。どっちが本物だと思う?」

「分かんない。…けど、ルーミアちゃんが見たの、私は信じるよ」

 

そう言うと、ありがと、と小さく囁く声が聞こえた。

 

「ルーミアちゃん。改めて訊くけど、どうして私なの?皆に言ってあげれば、きっと喜ぶと思うのに…」

「フランや妹紅に言ったら、きっと探し出しちゃう。チルノやサニーに言ったら、きっと言い触らしちゃう。ミスティアやパチュリーに言ったら、いつ他の人に知られるか分からない。だから、探そうと思わないくらい弱くて、この秘密を口にしないでいられて、知られたくない人と会うことが少ない、そんな大ちゃんがよかった」

「…そっか。分かった。これは、私達二人だけの秘密」

 

ルーミアちゃんが言っていることが真実なら、まどかさんは封印されていないということになる。じゃあ、まどかさんの代わりに封印されたのは誰?まどかさんは私達にすら秘密にして何処へ行ってしまったのだろうか?まどかさんはいつか帰ってくるのだろうか?

けど、どれだけ考えてもどうしようもなくて、いくら考えても答え合わせなんて出来ない。それに、これは誰にも明かしてはいけないこと。いつまでも口を閉ざし続けなければならないこと。けど、私はこの秘密を知ることが出来て、今だけはとても嬉しかった。

…待ってますね、まどかさん。

 


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