東方幻影人   作:藍薔薇

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第25話

「そういえばアンタ、名前は?」

「え、えーっと…、け、慧香(けいか)です」

 

とりあえず偽名を言う。ここで幻香と言ったら、そこから「同じ名前の妖怪を知ってる」みたいな話題が出てくるだろう。そうしたら、わたしの見た目の話に派生する可能性がある。咄嗟に思いつかなかったから、慧音とわたしの名前混ぜただけになってしまったが、多分問題ないだろう。

 

「ふーん、慧香か。よろしくな!」

「はい、よろしくお願いします」

「で、慧香は何処に行きたかったの?」

「えと、八目鰻が美味しいと聞いたので、食べてみたいなと」

 

まあ、慧音が例に言っていただけだが、鰻は食べたことがない。一体どんな味がするのか興味がある。まあ、美味しいとは言われていないけど。

 

「鰻は美味いぞ!霊夢、慧香、早く行こうぜ!」

「魔理沙!ちょっと待ちなさい!」

 

そう言って霧雨さんは駈け出してしまった。わたしと一緒にいる話は何処へ行ってしまったのでしょうか?

 

「慧香!早くしないと置いてくぞー!」

「はあ、しょうがないわね…。走るわよ、慧香」

「そうですね霊夢さん…。魔理沙さん、待ってくださいよー!」

 

 

 

 

 

 

「ハァ…、ハァ…」

「おいおい、こんなんで息乱すなよ。普段から運動してるか?」

「いいえ、あんまりしてないですね…」

 

走ること数分、少し息が乱れてしまったようだ。スペルカード戦してる時はこんな程度じゃ疲れないんだけどなあ…。

目の前には「八目鰻」と書かれた屋台がある。そこには慧音が言ったとおり、夜雀の妖怪がいた。彼女はくすんだ茶色の服を着ている。その服は、曲線のラインがあり、その曲線に沿って紫色のリボンが多数あしらわれている。そして、同じくすんだ茶色をした羽根飾りの帽子。異形の翼と爪と羽の耳を持つ特徴のある容姿をしている。

とりあえず、席に座らせてもらおうかな。疲れたし。

 

「お邪魔しますね」

「あ、いらっしゃーい!三名様かな?」

「おう、そうだぜ!」

「へえ、妖怪が屋台をねぇ…。ま、危害を加えてないならいいか」

 

そう言いながら、二人がわたしを挟むように座る。品書を受け取り、見てみると一本五厘、二本買ったら一本オマケ!と書かれている。うん、話に聞いた通りだ。お酒は一銭五厘と書かれていた。まあ、飲むつもりはない。

注文をしようと品書から夜雀さんに目を向けると、何やら首を傾げてわたし達を見回している。

 

「およ?お客さん達、何処かで聞いたような、見たような…?」

「ん?私のことか?そこまで有名だったかなー」

「アンタ、一応紅霧異変解決の新聞に載ってたのよ?…私もだけど」

「あっ、そう言われるとそうですね!博麗霊夢さんに霧雨魔理沙さんじゃないですか!」

 

へー、新聞になってたんだ、あの紅い霧のこと。ただの異常気象だと思って調べに言ったら、その首謀者の本拠地だった…。うん、笑えない。

まあ、その紅霧異変の話で盛り上がるかもしれないけれど、わたしのことが話に出てこないといいなあ…。

 

「大将さん、わたし鰻三本食べたいです」

「えっ!?大将さんだなんてそんな…。わ、私のことはミスティアとでも呼んでください」

「ミスティア!私も鰻三本!あと酒一つな!」

「私も魔理沙と同じのを」

 

一銭銅貨を手渡して八目鰻の串焼きを受け取る。さて、残り一銭六厘か…。左右の二人もお金を払って八目鰻の串焼きとお酒――かなり小さめの徳利とそれに合った大きさのお猪口――を受け取っている。

 

「さて、乾杯するか!」

「そうね、乾杯」

 

そう言って、わたしの目の前でお酒を入れたお猪口を軽く当てる。ちょっ、お酒がわたしの鰻にかかったんですけど。ちょっとだけだけど。

 

「なあ、慧香は飲まねえのか?」

「わたしまだ成人してないので」

「ははっ、私だってしてないぜ?お前も飲め飲め!」

「嫌ですよ、お母さんに怒られます」

 

まあ、お母さんなんていないけどね。代わりに慧音に怒られると思う。

 

「ま、無理強いはよくないわね。私達だけでも楽しみましょうか」

「そうか残念。ま、飲まないならそれでいいけどな!」

 

そう言って、二人はお酒を一気飲み。実に美味しそうに飲んでいるけれど、私は飲まないと決めたのだ。気にせず鰻食べようかな。

 

「あっ、美味しい…」

「でしょう?ふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃないですか」

 

うん、普段食べてる魚とは全く違う味だ。とっても美味しい。こういう美味しいものを食べれるのは嬉しいなあ…。

 

「そういえば、ミスティアさんはなんで八目鰻の屋台を始めたんですか?」

「ふふん、よくぞ聞いてくれました!それはねえ、焼き鳥屋さんを撲滅させるためなんだよ!」

 

……すいません、その焼き鳥屋さんでたくさん食べてきちゃいました。

 

「こんなに美味しい八目鰻がこんなに安価で食べれると知ったら焼き鳥なんか食べないよね!それで焼き鳥屋さんを商売上がったりにするんだー!」

「そ、そうですか…。が、頑張ってください…」

 

知り合いが焼き鳥屋さんやってるからやめてください、とは言えないよなあ。人間は妖怪相手に喧嘩を売ることは少ないのだ。人間らしく人間らしく。

 

「ふーん、鰻がこんなに安く食べれるなんてねえ」

「普通、どのくらいなんですか?」

「まあ個の串焼きだと一本一銭五厘くらいかしら」

「ん?そんなするのか?普段鰻なんか食わないから知らなかったぜ」

 

まあ、何らかの方法で安くしているんだろう。簡単に大量に捕れる方法を知っているか、安物の似た物の偽物を売っているのか…。まあ、博麗の巫女は鰻くらい食べたことあるだろうし、その違いくらい分かるだろう。

 

「紅霧異変のときはなかなか大変だったぜ。何せ視界が悪い!」

「そうだったわねえ…。紅魔館に行く途中で闇の妖怪と氷の妖精に邪魔されたし」

「ルーミアちゃんとチルノちゃんが?ルーミアちゃんは遊び大好きだし、チルノちゃんは喧嘩っ早いところがあるからなあ…」

 

チルノちゃんは知ってるけど、ルーミアっていう妖怪は知らない。きっと、仲がいいのだろう。もしかしたら、大ちゃん、チルノちゃん、ルーミアちゃん、ミスティアさんの四人組で遊んでいるのかもしれない。ちょっと聞いてみようかな。

 

「へー、そのチルノちゃんとルーミアちゃんと普段遊んでるんですか?」

「うーん、私はこの屋台があるから遊べる日は少ないけれど、遊べるときは遊んでるよ。大ちゃんとリグルちゃんとも遊んでるなー」

 

リグルちゃんという新しい子が出てきてしまった。今度会えたらいいなー。

会ったらどんなことをして遊ぼうか考えていたら、突然ミスティアさんが目を見開いてわたしを指差した。

 

「あっ、そうだ思い出した!」

「ん?何をだ?ミスティア」

「チルノちゃんと大ちゃんが言ってたの!新しいお友達が出来たって!お友達って貴女でしょう?」

「へえ、あの氷の妖精とお友達だったのね、慧香」

「え?そうなんですよアハハー」

 

何故だろう、猛烈に嫌な予感がする。

 

「けど、慧香なんて名前じゃなかったし…。けど、前教えてくれた特徴はそのまんま…。うーん…」

「へえ、似てる人なんていくらでもいるからな。たまたまじゃないか?」

「そうね、狐のお面で隠してて分かるってことは、体型と髪の毛なんかが特徴なんでしょう?このくらいなら探せば結構いるわよ?」

「いいえ、チルノちゃんが言ってたんです!『このくらいの大きさで――』」

 

そう言いながら、大体わたしの身長と同じくらいの高さに右手を上げる。

 

「『――自分そっくりだったら、まどかっていうアタイの友達だ』って!」

 

ハイ終わったー。バレましたー。左右の目線が尋常じゃないほど痛い。

 

「私の桃色の髪の毛なんてほとんど見かけないし、多分そうだと思ったんだけど…」

「おい霊夢、私には金髪に見えるぞ」

「私には黒に見えるわ。たしか、紅魔館でこんな奴いたわね」

「アハ、アハハハ…」

 

もう笑うしかない。まさかこんなことでバレちゃうとは…。まあ、いいか。諦めよう。

 

「ちょっとそのお面外しなさいよ」

「い、嫌ですよ。わたしは人間として参加してるんです。顔見せると碌なことにならないし」

「へえ、慧香…いや、幻香って呼んだ方がいいか?」

「もういいですよそれで…。ハァ…、せっかく楽しんでたのに…」

 

思わずため息をついてしまう。その隙に、狐のお面は剥ぎ取られてしまった。わたしの顔が公衆の面前に晒される。瞬間、わたし達のいざこざを見ていた人間の大人達の雰囲気が急変する。明確な殺意を感じて、霧雨さんは少し驚いているが、今はどうでもいい。

そんな中、一人の目を瞑った年寄りが前に出てきた。

 

「ちょいとすまないか、博麗の巫女よ」

「何?」

「そいつをこっちに渡してくれんか?黙って渡してくれればそなたらには何もせんよ」

 

わたしのことを向きながらそう言い放った。まずいことになった…。普段はここまで殺気立たない。嫌そうな目で見てくるくらいだ。なのに、今日に限ってどうしてこうなったんだ…。

 

「ふーん、理由は?」

「先日、コイツを見た隣の家の男が腕を怪我した!ウチの母がコイツを見てちょっとしたら死んだ!全部全部、コイツという禍がもたらしたものじゃ!コイツを見ると、魂を削られ、生気が削がれる…。だから、コイツを断罪する。そう昨日決めたんじゃ」

「ねえ幻香、アンタってそういう妖怪?」

「いいえ、自分は最低でもそうだとは思ってないんですけれど…。見ただけで死んじゃったら、あなた達も死んでると思いません?慧音も、妹紅さんも、パチュリーも、チルノちゃんも、大ちゃんも、サニーちゃんも、ルナちゃんも、スターちゃんも、フランさんも、レミリアさんも、咲夜さんも、美鈴さんも、ミスティアさんも。けれど死んでない。これでいいですか?」

「……まあ、知らないやつばっかだけど、咲夜もレミリアも死んでないわね。特に人間である咲夜が」

「美鈴とパチュリーも死んでなかったぜ?この前大図書館に行ったときに会った」

 

しかし、周りの雰囲気は悪くなるばかり。どうしたものか…。

すると突然、子供が飛び出してきた。そして、私の腹部に向かって何かを突きだす。

 

「――がっ!」

「お前のせいで、ウチの曾婆ちゃんが死んだんだ!お前のせいでっ!お前のっ!」

 

熱い。痛い。なのに冷たいようにも感じる。不思議な感覚だ。何時の間にか地面に倒れていたようで、地面の冷たい感触が伝わってくる。痛みを感じる場所を見てみると、どうやら包丁が刺さっているようだ。服が血に塗れていき、地面に流れ、そして吸われていく。

 

「よくやったっ!お主は今日から英雄じゃ!」

「へ、へへっ!どうだ化け物!参ったか!」

 

そう言いながら、わたしの顔を蹴っている子供がいるようだ。感覚はほとんどしないが、視界がとにかく揺れる。お腹がとても痛い。が、無理して立ち上がる。

 

「ぬっ!まだ起き上がるか!皆の者、コイツを殺せえ!」

 

周りにいた人間たちが一斉に声を張り上げる。逃げなきゃ駄目かな…。けれど、このままだと、後ろにいる三人が…。

そんなことを考えていたら、博麗の巫女と霧雨さんが前に出た。いきなりどうしたんだろう…?

 

「ちょっと、勝手に何してんのよ、アンタら」

「そうだぜ!一緒に食ってた奴をいきなり刺されちゃあ黙ってられないなあ!」

 

嬉しいことを言ってくれる。紅霧異変のときに戦い合った仲なのに。けれど、二人は関係ない。わたしの問題だ。

 

「…二人とも黙っててください。コフッ、これは、わたしの、問題、ですから…」

 

口から血が少し出てきた。さっきまで痛かった腹部は、何故か熱を感じるのみで痛くなくなった。不思議な感じだ。今なら大抵のことが出来る気がする。

目的、目の前にいる人間たちの無力化。その際、怪我はさせないほうがいい。条件、わたしが意識を失う前に完了させること。

 

「本当に、どうしてこうなったんだろうなあ…」

 

わたしの呟きは、集団で向かってくる大人達の音に掻き消された。

 


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