東方幻影人   作:藍薔薇

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第252話

「お、やっと到着かな?」

 

あの後もかなり長い時間下り続け、ようやく底が見えた。底には横穴があり、その先に地底、旧地獄が広がっているのだろう。僅かに光が零れているのを見ると、本当に誰かいるんだろうと思わせてくれる。…流石に自然発光物質があるだけということはないだろうしね。

横穴を抜けると、そこには荒れた大地が広がっていた。ただ、その少し先に小さな橋があって、その奥は割と整った家々が立ち並んでいる。不思議と明るく、闇を見るために発動していた『紅』が不要であることがよく分かる。さらに奥のほうに、やけに綺麗で大きな建物があるけれど、あそこにはきっとここを統治する誰かが住んでいるのだろう。基本的に位の高い人は、自分自身の位を周りに示すようにご立派な場所に住むことが多いから。例えば、レミリアさんの紅魔館。

ただ、そこら中に幽霊のようなものが浮かんでいる。家々の間から跳び出したり、通路を平然と浮かんでいたりするが、特に上のほうと遠くにある大きな屋敷に多い。まるで冥界のようだけど、何故かあの幽霊とは少し違うように感じる。何ていうか、未練がましいというか…。

 

「…誰なんだろ」

 

そして、橋の上には一人の少女が怪しく光る緑の瞳でわたしをジロジロと見ていた。今から橋を渡らずに大回りをしたり、割と高くまで広がっている天井ギリギリを飛んでいくにも、彼女が何をしてくるか分かったものじゃない。少女のいる橋へ進むか、迂回して少女を避けるか。

 

「進むか」

 

どっちも大して変わらないし。まっすぐ歩いて行けるならそれで別に構わない。それに、あの不気味な幽霊みたいなのが何か分からない以上、下手に近付かないほうがいい。もし攻撃されるならば、ある程度避ければいい。それが過剰なら、…うん、しょうがない、かな?

普通に歩いて行き、橋に足を掛ける。その瞬間、わたしの何かが酷く歪むのを感じた。そして、目の前にいる少女に目を遣る。湧き上がる一つの感情。その感情に流されるように、言葉を零す。

 

「あぁ、羨ましいなぁ」

「えぇ、嫉ましいわね」

 

そんなことを言う目の前の少女は、きっと妖怪だろう。どんな妖怪かは知らないけれど、こんなところに人間がいるとは思えない。わたしは、そんな妖怪の顔をボンヤリと眺める。

 

「その色鮮やかに輝く緑色の瞳が羨ましい」

「全て分かってると言わんばかりの眼が妬ましい」

「その小振りな鼻が羨ましい」

「不自然も違和感もないその鼻が妬ましい」

「その日にあまり当たっていないだろう白い肌が羨ましい」

「傷一つない綺麗な肌が妬ましい」

「その薄い赤に染まった唇が羨ましい」

「乾いても割れてもいない唇が妬ましい」

「その綺麗な金色の髪が羨ましい」

「長さが不揃いな髪形が妬ましい」

「自分の姿があるなんて、なんて羨ましい」

「…貴女、何を言ってるの?」

 

そう最後に締め括ると、目の前の妖怪は困惑した表情を浮かべた。そっか。分かるはずないよね。初めて会ったんだし、分かれというほうが無理がある。だから、わたしも最近知った情報を掻い摘んで説明することにする。

 

「わたしには自分の姿がない。無垢な白、らしいですよ。だから誰から見ても同じ姿で見られる貴女達が心底羨ましい」

「あるじゃない。緑の瞳、白い肌、金の…髪…」

 

わたしの姿を指差しながら言うが、その指はわたしの髪の毛を指したところで止まった。どうやら、ようやく気付いたらしい。

 

「そう。わたしは貴女。どこの誰が名付けたか覚えちゃいませんが、鏡の名を持つに相応しい、そんな妖怪ですよ」

 

ああ、あなたの精神を丸ごと複製すれば、わたしは貴女の姿を貰うことが出来るんですよね。けど、それじゃわたしじゃないんですよね。それに、それでは貴方が二人になっちゃいますし、貴女を知る人からすれば困惑する原因となってしまうでしょう。同時刻に別の場所で同一人物が現れる、って昔には不思議に思われたらしいですし。同一人物が二人いるから、不思議に思われるんですよね。そりゃそうだ。双子ですら多少なりとも違うっていうのに、全く同じ人物がいるっていうのは不気味ですよね。あ、そうだ。それなら一人になればいいんだ。どちらかが排除されれば、貴女は一人になって、誰も困惑しない。それじゃあ、わたしは貴女となって――、

 

「違う」

「は?」

 

ズルズルと沼に沈み込んでいくような思考を無理矢理切り替える。そうじゃないだろ、わたし。いくら羨ましいからって、彼女の場所に立ちたいわけじゃないでしょうに。それに、彼女になったとしてもわたしがそこにいるわけじゃない。それでは本末転倒もいいところ。

ああ、危なかった。妙なこと考えちゃったなぁ…。頭の中だけとはいえ、彼女を殺すことを割と躊躇いなく考えてしまった。

そんなことより、わたしは先へ進みたい。さっき地底を眺めていたときに、この先へ進む明確な理由だって出来たのだから。

 

「さてと、この先に行ってもいいですか?ま、悪いって言われても行くつもりですが」

「…妬ましいわね」

「はぁ?散々自分の姿妬んどいて、今度はわたしぃ?」

「嫉妬は負の循環。自ら抜け出す屈強な精神が、嫉ましい」

「屈強?…ああ、それよりあれって嫉妬だったんですか」

 

わたしとしては、羨望って感じだったんだけどなぁ。少し踏み外せば、もしくは踏み出せば羨望も嫉妬か。そして、それを拗らせれば自分を壊し、周りも壊す。…いやはや、恐ろしいね。

 

「軽い嫉妬ならよくしてる。人を見るたびに羨ましいし、わたしより強い人はいくらでもいるからね。わたしには、山を崩すような怪力はないし、目で追えない速度もないし、皆を引き付ける資質もないし、余りある人脈もないし、伝え聞かされる名声もない。唯一自慢出来そうなのは能力くらいかな?」

 

樹を持ち上げる程度の力と、能力任せの加速と、一つの異変に協力してくれる友達。あと、伝え聞かされる名声の代わりに、忌み嫌われる悪声ならあるけどね。『禍』の名は、きっと世代を丸ごと入れ替えなければ薄れることはないだろう。

 

「それに、あんな嫉妬よりも狂ったものを知ってるから。この程度で折れたら、彼女に笑われる」

 

彼女。『紅』の大本。フランドール・スカーレットの破壊衝動。人間を見るたびに、皮膚を破り、筋肉を裂き、骨を砕き、内臓を解体(ばら)し、心臓を潰し、頭を穿ち、脳が爆ぜる。そんな人間という原型がなくなっていく様が一瞬にして浮かび、消える。ものを見るたびにありとあらゆる手段で壊れていく様を見せつけられる。目に映る全ての『目』が激しく自己主張する。そんなものと比べれば、あんな嫉妬なんてかわいいものだ。

そんなわたしの言葉を聞いた彼女は、さらに困惑した様子で橋の手すりに背を預けた。

 

「…何よ、それ」

「知らなくていい。知らないほうがいい。わたしも一度折れかけたんだし」

 

折れようと思ったところで、皆に無理矢理引き伸ばされた。せめて彼女と一緒に死んであげよう、と考えたところを、勝手に救ってくれた。今思い出しても、感謝してもし切れない。

おっと、昔のことを思い出してる場合じゃないよね。そろそろ先へ進まないと。

 

「それで、ここ通りますね」

「…勝手にしなさい。私にどうにか出来る奴じゃないみたいだし。…ようこそ、旧都へ。歓迎はしないわ」

 

そう言う彼女の瞳が鳴りを潜めるように落ち着いた、気がした。

 

「ありがとうございます。貴重な経験でしたよ」

「…そう余裕があるところが、酷く嫉ましいのよ」

 

そんな言葉を背中で聞きつつ、わたしは橋を渡り切った。

 


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