東方幻影人   作:藍薔薇

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第255話

わたしは、この勝負で深く思考することを切り捨てた。思考の深みに嵌って『紅』が解けることを阻止するために、少し考えればもっと良い手段が浮かぶだろうと思っても、そんなことは気にしないで最初に思い付いたことをそのままやることにした。その結果死んでしまったならば、わたしはその程度だったのだろうと認め、彼女達のことを思って死んでいこう。

迫る拳を躱し、拳圧による衝撃波に耐えつつ肘に肘打ちを叩き込む。関節部への攻撃は普通ならかなり効くはずなのに、まるで効いてない。金属を叩いたような気分になってくる。それでもまったくの零ではないと信じ、打ち出した肘を下に逸らして彼女の肘から外し、一気に引き絞る。

 

「ハァッ!」

「ほ、っと」

 

打ち出した拳は膝で受け止められる。簡単に防御されてしまったことは悔しいが、これは彼女が片脚立ちになったということ。すぐさまその一本脚を蹴飛ばす。が、ほんの僅かに動いた程度で、案の定倒れる気配もない。

 

「おらよっ!」

 

彼女が上げていた脚が振り下ろされると、地面を大きく揺れる。無理な体勢をしていたわたしは、その振動でさらに体勢が崩れてしまった。…あ、これまずい。

そのまま振り下ろされる右拳。わたしは左手を前に突き出し、左手から左肩までを真っ直ぐと伸ばして拳に向かい、そのまま潰すように仕向けて衝撃を軽減させた。原形も留めてない左腕のことは放っておき、転がって距離を取ってから立ち上がる。

 

「…流石に左腕一本は高いんじゃないか?」

「安いですよ。死と左腕一本を比べればね」

 

右手に付着した肉片や血を払いながらわたしに言った。確かにそうだ。きっと相当痛いんだろう。血が溢れ出る左腕らしきものを千切り取りながらそう思う。『紅』で腕丸々一本治すのにかかった時間は約十秒。それまではかなり不利な勝負にならざるを得ない。けど、まだ死んじゃいないし、負けてもいない。なら、まだ戦える。

 

「アハ…。さ、続けましょう?」

 

前方へ跳びかかり、前方一回転踵落とし。これは右腕に阻まれたが、そのまま彼女の腕を踏みしめて軽く跳んで背後を取る。

 

「ふッ!」

「っ、らぁっ!」

 

振り向くまでの僅かな時間に三発拳を叩き込み、振り向きざまに放たれた横薙ぎの蹴りをしゃがんで躱す。…よし、肘まで治った。膝を伸ばしながら顎に向けて掌底を叩き込もうとするが、その手は右手に阻まれてしまった。

 

「ふんッ!」

「ん?」

 

グチャバキ、と肉が潰れ骨が粉砕される嫌な音が右手から響く。彼女の右手は固く握り締められ、その手からは血が溢れ出る。…あぁ、わたしの右手を握り潰したのか。思い切り右腕を振り下ろし、右手を彼女の手の中に遺して引き千切る。そして、まだ治り切っていない左腕を叩き込んだ。

僅かに脚が動いたのに気付き、すぐさま跳び退る。あのままいたら、わたしの左腕は打ち上がってくる膝によって圧し折られていただろうから。

 

「ふぅ。…勝てるのかな、これ」

「なあ、幻香。今の内に訊いておきたいことがあるんだよ」

「何でしょう?」

 

両腕が治ったことに安堵しつつ、彼女の言葉を待つ。

 

「何故、ここに来た?」

「負けたから」

「それじゃ分からんよ」

「人間共が来ないから」

「それだけか?」

「…どうなんでしょうね、本当に」

 

わたしは、ここに来る理由があったような、そんな気がする。けど、どうしてだろう。そのことを思い出せない。振り返ることの出来ない過去にあったのかもしれないけれど、どうなんだろうね。

 

「ただ、人間共が来ないからここに来たのは本当だよ。『禍』なんて呼ばれて捕縛討伐封印対象。そんな人間共にウンザリしたから、わたしはここに来た」

「…そうかい。あんたもそうやってここに落ちてきたのかい」

「ええ、落ちました」

 

その言葉で会話を打ち切り、左足を地面に打ちつけて軸足にして旋回し、右脚で回し蹴りを放つ動作をする。大地を細い糸のように複製して肉薄し、右脚を振り抜く途中で靴の過剰妖力を噴出。急加速した右脚は、防御した右腕を僅かに揺らす。

 

「ほらっ!」

 

右腕を振るい、わたしの右脚を弾き飛ばす。その衝撃に対抗せず、そのまま受け止める。軸足はそのままにさっきとは逆に回転し、生かし切れずに受けてしまって変に曲がってしまった右脚を彼女の左腕に向けて放つ。

 

「ぅおっ!…危ないな、おい」

「…ちぇ、駄目か」

 

しかし、左腕を上に持ち上げられてしまい、この攻撃は空振ってしまった。チャプチャプと盃の中身が跳ねる音が聞こえてくるが、零れる様子はない。

軸足に力を込めて跳び出し、彼女の懐へ跳び込む。右足で着地なんて出来ない。だから、その前に両腕で乱打を叩き込む。右手に阻まれても気にすることなくとにかく腕を振るい続ける。

 

「しゃらくせぇっ!」

「ぐ…ッ!」

 

受け続けていた彼女が左脚を出し、横薙ぎに振るう。もろに受けるわけにもいかず、咄嗟に右腕で防御するが、そんなのはお構いなしに壁まで吹き飛ばされる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…。けど、まだ終わっちゃいない、か」

「お、まだ立ち上がるか」

 

圧し折れていた右脚を地に着け、圧し折れている右腕を振るう。ダラリとぶら下がっている右腕は、気付けば治っている。

 

「けど、無茶するなあんた。さっきもそうだが、自分の身を壊して戦うのか?」

「そうでもしなきゃ勝てないんだ。自分自身を賭けるだけで勝てるなら、それは安い買い物ですよ」

「…あんた、いつか死ぬぞ?」

「もう死んだよ」

 

最短で肉薄し、最速の貫手を鳩尾に突き刺す。それを受け切った彼女の拳を片手で受け、グシャリと潰れて千切れるのを感じながらその腕を横薙ぎに振るい、脇腹に叩き付ける。打ち上がる膝を振り下ろす肘を当て、わたしの肘が砕けつつ受け止める。そのまま体を沈み込ませ、片脚で跳び上がり胸に膝蹴りを叩き込む。そして、折り畳まれた脚を引き伸ばして追撃の足を顎に向けて蹴り上げた。

 

「はっ、…捕まえた」

 

その右足首をガッシリと掴まれてしまい、真上に投げ飛ばされる。一体どこまで、と思えば壁に叩き付けられた。

 

「…て、天井…?」

 

真上の壁。それは天井。うわ、片腕だけでここまで投げ飛ばしたのぉ…?ガラリ、とひび割れて零れ落ちる欠片と共に落下し、前方回転を重ねて回転を加速させていく。

 

「オラアァッ!」

「お、ッ!」

 

何重回転もの加速と全体重を右脚に乗せた踵落としを叩き込む。片腕で受け止めるが、その衝撃は体を伝い、地面に足が深くめり込む。盃も大きく震えるが、器用なことに跳ねる雫を落とさないように盃で拾っていた。

これ以上は見込めないところで跳び退り、距離を大きく取る。あれ以上の威力の攻撃となると、ちょっとやそっとじゃ出せないんだけど…。

 

「いい威力だ。…なぁ、地上はあんたみたいなのがゴロゴロいるのかい?」

「え?…どうでしょうね。わたしは多分真ん中くらいじゃないですか?」

「そっか」

 

突然問われた質問の意味が分からずに困惑していると、何故か星熊勇儀は背を向けてわたしから遠ざかっていく。

 

「え、ちょっ、何処行くんですか!?」

「十分楽しめたからな。久し振りに、退屈しない時間だったよ」

「は、はぁ?」

「あんたは私の退屈に勝ったんだ。だから、今日は見逃してやる」

 

足を止めて答えてくれたことも、わたしに理解出来ない。しかし、そんなわたしを置いて話は進んでいく。

 

「おいお前ら!今日はこいつにもう手を出すなよ。出したら、…分かってるな?」

 

その言葉を最後に、わたし達の周りにいた鬼達はその場から立ち去っていく。え、ちょっと、そんなんでいいの?私に勝ったら、って、そういうことだったの…?

 

「萃香は上で楽しんでるんだな。…けど、私はあんたがいなくて退屈だったよ…」

 

立ち去っていく彼女から、そんな囁きが聞こえてきた。

 


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