東方幻影人   作:藍薔薇

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第256話

両手両足が思い通りに動くことを軽く確認してから、奥にある大きな建物へと向かう。少しばかり血を失い過ぎた気もするけれど、まだ倒れるほどじゃない。まだ動ける。なら大丈夫。

周りに注意しながら歩いていくが、ただ視線を感じるだけで特に何もしてこない。ここら一体にいるのは鬼だけじゃないのに、一体何故だろう?そんな疑問を持っていると、ふと異形の翼を持った妖怪と目が合った。その妖怪も、わたしのことをじっと見るだけで何も仕掛けて来ない。ただただ興味深そうに眺めてくるだけ。やっぱり地上から来た妖怪とは珍しい存在なのかなぁ?…まあ、わたし自身もかなり特異なほうみたいだから、そういう奇異な目で見られることは慣れてる。

 

「うわ、また…」

 

妖怪は何もしてこないが、その代わりに幽霊みたいなのがわたしの周りを鬱陶しいほどにうろつく。一つや二つではなく、もっとたくさんの数が近寄って来るから少しばかり邪魔だ。さっきも近寄られはしたけれど、数多くなってきてないか?…ああ、そっか。あの大きな建物が近付いてるからか。

 

「ふぃー…。やっと着いたー…」

 

そのまま特に何もなく歩き続け、ようやくあの大きな建物の庭へと到着した。後ろを振り向くが、最早視線も感じない。ここに近付くとどんどん妖怪の数が減っていき、その代わりにどんどん幽霊みたいなのの数が増えていく。これだけいると、いくら脅かして追い払っても意味がほとんどない。たかが数秒のために妖力を消耗するのは少しばかり不毛なことだと思うし。

庭はそれなりに整っているし、生えている草には刈り取られた跡が僅かに残っている。つまり、手入れをする者が存在するということだろう。そして、誰もいない建物の庭を手入れするような物好きはあまりいないだろうから、この建物の中には誰かいるだろうと推測出来る。あとは、この中に偉い人がいることを願うだけだ。

 

「…で、勝手に入っていいのかねぇ」

 

入り口の扉は当然のように閉じている。二枚扉の間を眺め、鍵が掛かっていないことを確認する。

 

「失礼します」

 

扉を数度叩き、返事も待たずに扉を開ける。まあ、開けてみて近くに誰もいなかったから返事なんて来るはずなかったんだけど。そのことを少し残念に思いつつ、扉をゆっくりと音を立てずに閉める。

とりあえず、周りを見渡してみる。…うん、豪華な内装だ。金糸で刺繍された赤いカーペット、青みがかった白い石を加工したであろう柱、何で光っているのかよく分からないシャンデリア、色とりどりの飾り窓、その他諸々。紅魔館は紅一色だったけれど、ここはそうではないらしい。あと、当然のように幽霊みたいなのも浮いている。

 

「んー…、人は…、いる。…いや、これは違うか?」

 

耳を澄ませば、遠くのほうにいくつか音が聞こえてくる。しかし、音の響く間隔からして四足だったり、そもそも足音じゃなかったりする。四足の妖怪という可能性もあるし、蛇のような外見の妖怪という可能性だってあるし、その妖怪がここの主の可能性だってあるけど、どうなんだろう?

 

「よし、とりあえず行くか」

 

何処に誰がいるか分からないし、ここで空間把握をしたら妖力が足りなくなりそうだ。それなら、音のしたところへ行ってみる。当てがあるのはそこくらいだからね。

足音がした場所を求めて階段を登り、そのまま廊下を歩いていく。数える気が失せるほどに扉があり、扉一つで部屋一つでないとしても、相当な数の部屋があることになる。最悪の場合はしらみ潰しで全ての部屋を回ることになるだろうと考え、そしてそれが徒労に終わってしまう可能性を考えて、少しばかり嫌気が差す。そうならないためにも、とりあえず誰かに会いたいなぁ。

 

「…犬?」

 

足音がした場所に到着して扉を開けると、その先には大型の犬が四匹がいた。わたしを見た瞬間、四匹全員が後ろ脚に力を込めていつでも跳び出す姿勢を取ったので、すぐに扉を閉める。…さて、別の場所へ行こう。

 

「…熊?」

 

次の扉を開けると、その先には熊がいた。大きな熊が二匹と小さな熊が三匹で、もしかしたら親子なのかもしれない。そんなことを考えていたら、大きな熊がわたし目掛けて駆け出してきたため、すぐに扉を閉めた。ドォンビシミシ、と体当たりをして扉と壁が軋む音がしたが、壊れてはいないようで少しばかりホッとする。…さて、次の場所へ行こう。

 

「…獅子?」

 

次の扉を開けると、その先には獅子がいた。一匹の雄の獅子が横になっていて、わたしを見ても一歩たりとも動こうとしない。ただ、僅かに血の香りがしたので、長居はせずに扉を閉めることにした。…さて、次の場所へ行こう。

 

「…蛇?」

 

次の扉を開けると、その先には大蛇がいた。部屋の隅で頭だけ見せているが、その蛇の頭の大きさがその蛇の巨大さを十分に分からせてくれる。チロリと出した舌とキラリと光る牙を見て、すぐに扉を閉める。…さて、次の場所へ行こう。

 

「…鳥?」

 

次の扉を開けると、その先には大鳥がいた。天井からつるされた棒の足場に足を乗せている鳥が五羽、床に立っている鳥が二羽。ジロジロと見られたが、わたしに向かって飛んでくるつもりはないらしい。しかし、ここにいても何も収穫がないと思い、扉を閉めた。…さて、次の場所へ行こう。

 

「…兎?」

 

次の扉を開けると、その先には兎がいた。跳ね回る兎の数は、数える気が失せるほど多い。それでも数えてみれば、何と百十三匹。流石にこれは多過ぎやしないか、と思ったけれど、兎の繁殖能力の高さを思い出し、少し納得する。わたしのことを興味深そうに見上げる個体もいたが、勝手に部屋の外に出すべきではないだろうと考え、扉を閉める。…さて、次の場所へ行こう。

 

「…猫?」

 

次の扉を開けると、そこには猫がいた。すばしっこくて数え難かったけれど、十四匹いるみたい。好き勝手気ままに部屋を駆け回り、わたしのことなんか気に留めてもくれない。ふと、橙ちゃんの家にも猫がいたことを思い出し、少しばかり寂しくなってくる。これ以上見ていると地上のことばかり考えてしまいそうで、扉を閉めた。

 

「ここは動物しかいないのか…?」

 

他にも音が聞こえてきた場所はあったけれど、ここまで来るとその全てが外れな気がしてくる。運が悪いだけだと思いたいけれど、さっき浮かんだ徒労に終わる可能性がチラつく。…うーん、この手段だと駄目かもしれないし、ちょっと別の手段考えようかなぁ。

 

「ん?」

 

少し足を止め、考え始めて数分。少し破壊行為をして呼び寄せるという二十七番目の手段を考えていたところで、遠くから扉を開ける音が聞こえてきた。そして、二足の足音。場所はこの建物の出入口。

 

「よし行こう」

 

さっきまで考えていた手段はひとまず保留。すぐさま廊下を走り抜けて階段を駆け下りてここの出入り口へと向かう。…ふふ、これは期待出来そうだなぁ。

出入り口へ向かう途中で、目的であろう妖怪と鉢合わせた。その妖怪は、真っ赤の髪を両側で三つ編みにして黒いリボンで結んでいる。頭には黒い猫耳が生えているから化け猫だろうか?瞳は赤色だけど、吸血鬼と比べると少し薄い感じがする。

 

「…誰なんだい、貴女」

「化け猫さんか。これはちょうどいい」

「あたいは火車だよ。ただの化け猫と一緒にされちゃぁ困るね」

「ふぅん、そう」

 

化け猫だと思ったけれど、どうやら火車という違う妖怪だったらしい。けど、その猫耳から察するに、元は猫だったんだろうなぁ、と思う。

 

「そういう貴女は化け猫なのかい?あたいに化けてもさとり様にはすぐバレるっていうのに」

「いや、わたしはドッペルゲンガー、っていうらしいですよ。それでですね、わたしはそのさとり様っていう人に会いに来たんです」

「駄目だね。あたいに化けて、勝手に地霊殿に侵入して、血塗れで来るような不届き者に合わせられるようなお方じゃない」

「そう言われてもなぁ…。話をして、少し交渉するだけだから。危害を加える予定はない」

「これっぽっちも信用出来ないね」

 

そう言うと、彼女は両手に炎を纏い、さっきからいた幽霊みたいなのを従えてわたしを鋭く睨む。…ふむ、火車って言うだけあって炎を使えるんだね。わたしも一応使えるけど、自分も焼けるんだよなぁ…。

 

「どういうつもりか知らないけれど、あたいは貴女をここから追い出すから」

「あっそう。ここまで来て諦めるつもりはない。少しばかり無理をしてでも通らせてもらうとするよ」

「安心していいよ。死体と魂はあたいがキッチリ地獄まで運んであげる」

「ここが既に旧地獄。貴女に運ばれる必要はこれっぽっちもありゃしないね」

 


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