東方幻影人   作:藍薔薇

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第257話

撃破、捕縛、交渉、逃避、降伏。わたしが火車を名乗る猫妖怪の彼女に対して出来ることは、大きく分ければこの五つだ。どれを選んでも利点と欠点は付いて回る。とりあえず、降伏の欠点は余りにも大き過ぎるので却下。さて、残された四つから選ばないとなぁ…。

 

「喰らえっ!」

 

放たれた二つの火球を横っ跳びで躱し、そのまま横に伸びる廊下へ駆け出す。そこにいる彼女に背を向けて。とりあえず、少しばかり考える時間が欲しい。というわけで、まずは逃避。ずっと逃げ続けていると増援を呼ばれる可能性と多少の印象悪化があるのでそこまで長くするつもりはないが。

 

「あっ!逃がすかっ!」

 

当然、追って来ますよね。わたしに火球を放ちながら追ってくる彼女は相当速い。このまま走っていたら、いつか追い付かれてしまう。後ろから近付く火球の熱を感じて回避しつつ、最速の直進弾用の『幻』を後方に向けて六十個展開する。

 

「ふにゃっ!危なっ!」

「よし、模倣『ブレイジングスター』」

「へ?…うにゃあぁああぁああ!?」

 

追撃で左腕を後ろに伸ばし、妖力を放出する。こういう直進の通路では、後方にいる敵への攻撃と加速の両立が出来るこのスペルカードは使いやすい。妖力を推進力として数秒間だけ使用し、床に足を強く押し付けて減速しつつ直角に曲がる。目の前の階段を大きく跳躍し、そのまま踊り場の壁を蹴って一つ上の階へ上る。

さらに上の階へ上るかどうか少し考え、廊下へ出る。そして、少し走った先にある曲がり角を曲がったところで壁を背に立ち止まる。

 

「…ふぅ。少し待機、と」

 

わたしが階段を上がったことは彼女も分かっているだろう。だが、この階段で上がることが出来るのは、今わたしがいる二階と三階の二つ。彼女が三階へ行くようなら、かなりの時間を得られることになる。…まあ、それはそれで後々苦労する可能性があるからどっちもどっちか。

さて、わたしが彼女を撃破か捕縛をしたとなると、それを知った主人のさとり様なる人がどう思うか。…あまりいい印象はないよなぁ。彼女はそのさとり様を慕っているのだし、さとり様が彼女のことを悪く思っているとは考えにくい。

 

「ふしゃーっ!何処行ったーっ!」

 

予想通り、彼女は二階の階段のところで立ち止まっているようだ。三階へ行くようなら、彼女が発する音に耳を澄ますとして、もう少し考える時間はありそうだ。

次は交渉。話を聞いてくれるか?…もう少し落ち着いてくれないと、何を言っても聞き耳すら持ってくれそうにない。とは言っても、どうすれば落ち着くか、って言われると困る。確実に落ち着かせる手段は、わたし自身が無力化していると思わせること。しかし、それは諸刃の剣。本当に無力化すればその後何をされるか分かったものじゃないし、表面上だけそれらしく見せたら明かしたときにその落ち着きは逆上によって一瞬で燃え尽きる。

 

「…直接さとり様を探すか」

 

結論。逃げながらさとり様を見つける。どうせ彼女を倒しても口を割るとは思えないし、これが一番簡単そうだ。さて、空間把握を出来れば一発なんだけど、今のわたしの妖力量では枯渇してしまうだろう。犬、熊、獅子、蛇、鳥、兎、猫がいた部屋を除いた大量にある部屋を虱潰しに探す。…うん、自分でそう結論付けといて嫌気が差す。

そこまで考えたところで、隣の廊下から足音が近付いてくる。わたしの居場所をどうにか割ったか、それとも運任せか知らないけれど、彼女がここに来る。

 

「あ!見つけ――」

「オラァッ!」

「ぐヘッ!?」

 

自ら曲がり角から飛び出してそのまま直角に体を曲げ、両膝を折り畳んで丸くなったまま目の前に現れた彼女の懐へ跳び込み、両足裏が入ったところで一気に両脚を伸ばす。勢い良く吹き飛んだ彼女は、廊下を数度跳ねながら転がっていった。どう足掻いて印象は悪化するんだ。既に『幻』と推進力の妖力で攻撃してるし、少し増えたところで大して変わらないでしょ。

彼女が起き上がる前に近くにある扉を一つ一つ開けていく。多種多様な動物がいたり、本棚にギッチリと本が敷き詰められていたり、高価そうな寝具が置かれていたりと、様々な部屋があるが、彼女が慕うさとり様らしい人はいない。慕われる者には独特な雰囲気がある。いわゆる、カリスマってやつだ。わたしが見た動物達からはそのようなものは感じないから、今まで見た動物の中にさとり様はないだろう。

これで二階の半分は回ったつもりだけど、それらしい人はいなかった。それよりも気掛かりなのは、彼女が後ろにいないこと。足音は目の前の曲がり角から聞こえてくる。つまり、わたしを追わずに別の経路で迫って来ているということ。やっぱり地の利はあちらにあるか。まだ地霊殿の全てを回ったわけではないからしょうがないけど。

数歩下がり、曲がり角から距離を取る。そして、予想通り彼女が曲がり角から飛び出してきた。その両手に炎を携え、幽霊みたいなのを使役し、わたしに飛びかかる。

 

「やっぱここにいたね!ほぅら燃えちゃいな!」

「そんな弱くちゃあ篝火だ。生憎わたしは虫じゃない」

 

火球は後方へ跳びつつ躱し、まだ見ていない部屋の場所へ進む経路を今まで歩いた廊下や階段、窓から見た地霊殿の形状から大まかな地図を頭の中で作る。まだいくらか曖昧なところはあるが、この建物は大体左右対称。曖昧な部分もある程度埋め合わせ出来る。

 

「ふーっ!あーもう!ちょこまかとぉ!」

「攻撃を躱すのは必要だったんでね。そういう意味では、貴女は単純過ぎる」

「なぁ!?あたいが単純だってぇ!?」

 

火球はわたしに向けて投げ付けてくる。だから、少し動けば避けられる。ある程度の熱は受けるけれど、皮膚が焼けるほどではない。回避する先を潰してから攻撃するということがあっても、わたしからすれば露骨過ぎる。そうだと分かっていればどうにでも出来る。何せ、両手から投げ付けてくる火球の数はそこまで多くないのだから。

ある程度離れたところで背を向け、一気に駆け出す。それを見た彼女もわたしを追いかけるために駆け出したようだが、いつまでも同じと思ってたら困る。

 

「前方注意だ。そこで止まることを推奨するよ」

「誰がっ!」

「警告はした」

 

わたしの後ろに廊下を埋め尽くすほど大きな壁を切り抜き、複製する。後ろでぶつかる音が聞こえてきたけど、今は放っておく。さっき頭に作った地図を参考に、まだ回っていない二階を回ることにする。これが終われば三階へ上り、その後は一階に下りる。あとでこんがらがらないように、先に二階を潰すことにする。

彼女の発する音に注意しつつ廊下を駆け回り、おそらく二階の全ての部屋を回り切った。しかし、さとり様らしい人はいなかった。妖力がもったいないから二階を回っている途中で壁の複製は回収したし、もう三階へ行こう。

 

「げ」

 

三階へと伸びる階段へ向かい、階段を上ろうとしたが、その上の踊り場に彼女が立っていた。…どうしていくつもある階段からここに来ることが分かったんですかねぇ?

 

「ここから先は行かせないよ!」

「そっか。…この先にさとり様がいるんだね」

 

そう鎌を掛けると、彼女の眉間に皺が寄る。…うん、その反応が何よりの答えだ。

 

「もういい!もったいないけど、行け!怨霊達!」

「は?怨霊…?」

 

そう言い放つと、わたしの周りがあの幽霊みたいなので覆われる。この幽霊みたいなの、怨霊が何をしてくるかと思えば、そのままわたしに向けて飛んでくる。まずい、さっきスペルカード戦のことを考えていたこともあって、不可能弾幕が来る可能性が頭から外れてた…!幽霊は触れてもヒヤリと冷えるくらいだけど、こんな風に攻撃してくる、ってことは怨霊はおそらく違う。なら、触れるのは危険だ。

咄嗟に右側に妖力を炸裂させるが、まるで効いた感じがしない。あの時は追い払えたっていうのに、彼女に命じられるままにわたしの攻撃も意に介せずに突っ込んでくる。

 

「ちっ!ああもうっ!」

 

それなら、せめて数を減らす。わたしを覆う怨霊達に触れる数を減らすために、頭から真っ直ぐ突っ切った。

わたしの体に潜り込んできた怨霊は、多分三つ。あの数全てと比べればマシかもしれなけれど、一体何が起こる…?

 

「ッ!?」

 

グジュリ、グチャリ、と体が変質していく。右手の薬指が黒く染まり異形の爪が伸びる。左頬から茶色の毛が伸びる。左側の背中から何かが飛び出す。変質はそれでは止まらず、少しずつ確実に広がっていく。頭の中がうるさい。声が響く。意識が潰されていく感覚。

このままだと、わたしが怨霊達に押しやられる。…最悪、消えてしまう。

 


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