東方幻影人   作:藍薔薇

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第260話

緊張していない、と言ったら嘘になる。心を読まれるからではなく、わたしがその例外になれるかどうか。そこが問題だ。それが出来ないと、わたしは別の手段を考えなくてはならない。それは至極面倒だ。

 

「そう警戒しないでください。私達にとって貴女が有害か無害か。それを確かめるだけですから」

「その二択だと、わたしは間違いなく有害ですよ。何せ、わたしは地上の妖怪。地底の妖怪達にとっては招かれざる客ですからね」

 

あの橋の上の妖怪はわたしを歓迎しなかった。旧都の妖怪達はわたしを歓迎した。ただし、この二つの歓迎は大きく意味が異なるけど。

 

「それをこれから決めるんですよ」

「ふぅん、そうですか」

 

まあ、わたしがどうこうしたところで、彼女の出す結果に大きな変化はないだろう。無理矢理捻じ曲げることは出来ても、その最初の結果は変わらない。

 

「貴女は、地上と地底の不可侵を知っていたようですね。では、そうだと知っていたのにもかかわらず、どうしてここに来たのですか?」

「何百年と地上と接触がなかったから。その条件は多少の不利不都合で切り捨てるには惜しいものですから」

 

萃香はここに住んでいた。しかし、鬼の存在そのものを人間達は覚えていなかった。圧倒的脅威だったはずの存在を忘れ去ったのだ。いないから。会わないから。遭わないから。だから忘れた。そしてもちろん、地底の存在なんて知る由もない。

 

「地上に置いてきた知り合いもいるでしょう?」

「納得してほしいとは言いませんよ。けど、わたしは彼女達に嫌われても憎まれても罵られても恨まれても、そうすることにした。…選んだんですよ」

 

たとえわたしのことを忘れ去ったとしても、わたしは彼女達を恨むつもりはない。選択した結果だ。甘んじて受け止めよう。そのくらいのことを、わたしはしているのだから。

 

「そもそも、どうしてあのような賭けを?」

「これ以上人間共に何かされるのが面倒だったから」

「本当にそれだけですか?」

「知ってて訊く、普通?」

「ええ、読んでいます。だから訊いているんです」

 

心を読んでいるのなら、言葉にしようと大して差はないと思うんだけどなぁ…。むしろ、言葉にするとズレていくから、言葉にしないほうがより正確と言える。けど、せっかく訊かれたんだ。しっかりと答えましょうか。

 

「はぁ…。これでもね、わたしは人間共を好き好んで殺したくはなかった。けど、殺さずに得られるだろう結果と、殺して得られるだろう結果。これら二つを天秤に掛けると、どうしても後者のほうに大きく傾く。…そうだと思ったから、そうだと知っていたから、そうだと分かっていたから、だからこそ今度は殺さずに済む手段を軸に考えた」

「平和のため」

「はは、それはちょっとした彼女への悪戯心ですよ。『禍』として見ている彼女に、ね」

「どうだと思いますか?効いていると思っていますか?」

「さぁ?…けどまあ、わざわざ手紙まで遺したんだ。効いてくれなきゃつまらない」

 

まあ、それ以外にも八雲紫の道具となる可能性があったから、あれ以上殺すのは不都合になりかねない、という打算的な理由もあった。人里には慧音がいるから、という理由もあった。

…もしかしたら、心の何処かでは『禍』なんて名を払拭したかったのかもしれない。人里を混沌へ沈めた災厄の権化。そんな存在が、歪んでいても平和を与える。そうすることで、わたしは少しだけ救われようとしていたのかもしれない。その罪を着せたのは、その人間共なのに。

 

「貴女は今までで何人殺しましたか?」

「十人。…いや、十一人かな」

 

最初に殺した爺さんの死に様、次に殺した九人の死に様。今でも覚えてる。けど、あともう一人、わたしが殺したような存在がいる。しかし、その死に様をわたしは見ることが出来なかった。

 

「その一人は、自らも望んでいたでしょう」

「それでもだ。わたしがこの選択をしなければ、彼女が生まれることも消えることもなかった」

 

博麗霊夢の精神の複製。自らの甘さを取り除くために、自ら死を選んだ少女。わたしは創った。彼女は出来た。わたしは求めた。彼女は応えた。わたしは出した。彼女は行った。わたしは逃げた。彼女は逝った。

 

「ふふ…。そんなつもり、全くなかったくせに」

「全くもってその通り」

 

まあ、そのときに計画を引っ繰り返すつもりはなかったけどね。

 

「…ふぅ。このくらいでいいでしょう。貴女の思想は大体把握しました」

「あれだけですか?」

「貴女は口に出すまでに、無数の思考を重ねている。ですから、貴女はあれだけの会話でも十分なんですよ」

「ふぅん。そういうものなんですか」

「そういうものなんです」

 

まあ、いいや。これで旧都へ移住出来るならそれでいいし。…まあ、出来ないなら別の手段を考えないと。

 

「…それで、貴女の旧都への移住ですが」

「どうでしょう?」

「認められません」

 

瞬間、右手が動く。だが、それが振るわれる前に理性をもって止める。駄目だ、抑えろ。まだだ。それをするなら、もっと後でいい。

 

「…恐ろしいことを考えますね」

「一応、理由を訊きましょうか。わたしがどうするかは、その後だ」

「理由ですか。…貴女は、地上の妖怪ですから」

 

おい、地上の妖怪は確定で有害か。ふざけるなよ。それじゃあ人間共と大して変わらない。…まだだ、今目の前にいる彼女を打倒するだけで済むわけじゃない。もう少し考えろ。

 

「先走らないでください。話はまだ途中です」

「…あっそう。で、その続きは?」

「先程言った通り、旧都への移住は認めません。ですから、ここ地霊殿に住みなさい」

「…は?」

 

ちょっと待ってください。いきなり何を仰るんですか貴女は?

 

「旧都への移住となると、色々と面倒ですから。それに、貴女は地上の妖怪。旧都で住むことに苦労するでしょう。ですから、地霊殿の空いている部屋を一つ与えます」

 

しかし、そんなわたしの心を読んでも無視し、話を続けていく。

 

「…そうですね、貴女はどの階がいいですか?」

「え?…あー、何処でも別に構いませんが」

「ふふ、では三階の空いている部屋にしましょう。場所は後程伝えます」

「後程、って…。今じゃ駄目なんですか?」

「…やっぱり」

 

わたしのその言葉に、さとりさんは何故か悲しい表情を浮かべた。…え、何?最後の最後で何かやらかした?

いつ戦闘が始まってもいいように、警戒を強める。彼女の些細な動きから、どう出るか予測していく。

 

「そ、そんな警戒しないでください。ただ、少し質問をしていいですか?」

「え?…あぁ、いいですよ」

 

警戒しないで、と言われてもなぁ…。長く息を吐き、少しずつ気持ちを落ち着かせていく。

 

「では。貴女は、古明地こいしを知っていますか?」

「え?古明地こいし、ですか?」

 

えっと、確かさとりさんの妹のはずだ。こいしの姉、と言っていたから。苗字は言っていなかったけれど、姉妹で別姓であり、かつ同姓の存在が別にいる、なんていう可能性は滅多にないだろう。

 

「そう、私の妹です。…そして、貴女とこいしの関係はありますか?」

「関係…?」

 

そういえば、さとりさんはわたしとこいしさんが友達だ、と言っていた。それに、わたしとこいしさんと遊ぶ予定だ、とも。けど、わたしは地底に来るのはこれが初めてのはずだ。だから、関係があるとすれば、わたしが振り返れない記憶にあるかもしれないとしか言えない。

そんなことを考えていると、諦めた表情になったさとりさんが、わたしに頭を下げた。

 

「先に謝っておきます。先程までの時間は、この質問を投げかけるための時間稼ぎが主な理由です。貴女を地霊殿に住まわせることは、よっぽどのことがない限り決まっていました」

 

決まっていた、か。けれど、そんなことよりも重要なことがある。

 

「…それより、貴女の妹についての質問の意味。それを知りたいです」

「貴女が、こいしといつ友達になったのか。それを知りたかった。…ですが、やっぱりそうだったんですね。地上と地底の不可侵があるとはいえ、それでも貴女がここに来るのがこんなにも遅くなるはずです」

 

こいしと友達…。そう言われても、いまいちピンとこない。けれど、彼女が嘘を言っているようには見えない。では、やはりわたしの振り返れない記憶の中に、こいしさんがいたのだろう。

 

「貴女はこいしを思い出せない。そして、こいしは新たに覚えてもらえない。…そう変わっていた後の友達なのですね」

 


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