東方幻影人   作:藍薔薇

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第262話

まだどの部屋か教えてもらっていないけれど、地霊殿にわたしがいてもいい場所を得ることが出来た。当初の目的であった旧都ではないけれど、別に気にするような変化ではない。これは上手くいった、と言ってもいいだろう。

そう、上手くいった。…いき過ぎた。だから、どこか裏があるのではないか、と考えてしまう。僅かに引っ掛かることはある。規則に例外を加えることを好かないと言っていたのに、最初から例外にすることを決めていたという小さな矛盾。いくら妹の友達らしいからって、簡単に決め過ぎじゃないか?

まあ、それについて言及するのはこいしさんと遊ぶ約束を果たしてからにしよう。

 

「ここ、かな?」

 

さとりさんが言っていたであろうこいしさんの部屋の前に立ち、独りごちる。やはり扉に差異はない。名札や絵札で部屋の種類が分かるようにもなっていない。開けたら別の部屋でした、なんてことがないように数度扉を叩く。

 

「んー、誰ー?」

「鏡宮幻香です」

 

そう言った途端、ガチャリと扉が開く。開いた扉の前に立ち少女の顔を見た瞬間、記憶の穴が一斉に埋まっていく。…ああ、本当にどうしてこいしのことを思い出せないのか不思議なくらいだ。

 

「待ってたよー!」

「話が少し長くなっちゃってね」

「そっか。ささ、どうぞどうぞー!」

 

招かれるまま部屋に入れさせてもらい、床に腰を下ろす。部屋を見渡せば、机、椅子、ベッド、本棚、衣装棚等々、生活に必要そうなものは一通りあるようだ。招いたこいしは、箪笥の引き出しを開けてゴソゴソと何かを探しているようである。

 

「それで、お姉ちゃんは許してくれたのー?」

「ええ。旧都に住むことは許してくれませんでしたが、代わりにここの一部屋を貸してくれるそうです」

「本当!?これからは幻香と一緒なんだ!嬉しいなぁ!」

 

そう言いながら、引き出しの中身を引っ張り出しながら中身を漁り続ける。雑多なものが床に散らばっていくが、目的のものはまだ出て来ないらしい。

 

「お、あったあった!」

「へぇ、色々ありますねぇ…」

 

こいしがそう言って振り返り、握り込まれた手を開いて床に何かをコロコロと転がす。それは、多種多様の賽子。一般的な六面賽はもちろん、四面賽、八面賽、十面賽、十二面賽、二十面賽まである。あと、特に特徴のない器やたくさんの棒等々。

 

「これで何をするんです?」

「そうだねぇ…。今日は丁半にしよっか。負けたほうが知らないことを一つ話す感じで。幻香を待ってる間にあったこともたくさんあるからね!」

「ふふ、わたしもたくさんありますよ。けど、わたし丁半知らないんですよね」

「じゃあ、遊び方からだね」

 

器に六面賽を二つ入れ、賽子を入れたまま素早く器を蓋代わりに引っ繰り返す。その後、出目の合計が偶数だと思うなら丁、奇数だと思うなら半に棒を賭ける。賭け方は色々あるみたいだけど、今回は棒を縦に置けば丁、横に置けば半とする。そして、器を開けて賽子の出目を確認。勝敗を決する。非常に簡単だ。

 

「賭ける棒は一本ずつ?」

「うん。今回の天井は一本で」

「天井?」

「賭けの上限。それがないなら青天井だって。空なんてここにはないのにね。あっはは!おっかしぃー!」

 

確かに、地底で顔を上げても見えるのは分厚い大地の蓋。青空どころか、夕空も夜空も見えることはない。

 

「さ、やろっか。ふっふっふ、わたしに勝てるかな?」

「それはやってみないと分からない」

 

こいしが賽子を器に投げ入れ、カラコロと音を立てながら蓋をする。ふむ、二つの賽子を使って出る出目は六の二乗で三十六通り。奇数も偶数も十八通りだから、確率は二分の一。どっちに賭けたほうが当たりやすい、というのはなさそうだ。

こいしが使ったのは目が彫られている賽子だ。つまり、空間把握を使えば賽子の出目が分かる。けれど、ここで負けてはいけないという勝負でもないし、勝敗を操作する必要もない。それなら、そんなことをするのは無粋というものだろう。なので、渡された棒が横向きに置かれていたから、そのまま向きを変えずに置く。

 

「半で」

「じゃあ、わたしは丁ね。それじゃあ開けるよー?」

 

こいしは棒を縦に置き、器を開ける。出目は六と四。結果は丁。わたしの負けだ。

 

「それじゃ、地上で起こった一つの異変について語りますか」

「異変?何それ楽しみ!」

「では語りましょう。一人の吸血鬼が起こした、紅い霧の異変を――」

 

 

 

 

 

 

「――と、最後は人間代表の博麗の巫女が吸血鬼に勝利して紅い霧は晴れましたとさ」

「そんなことがあったんだね。それにしても、幻香はよく死ななかったねぇ」

「あー、そっか。ここにはスペルカードルールがないんだよね」

 

別名、命名決闘法案。死なない決闘。知らなくて当然だ。わたしが妖怪の山を下りて、人間の里へ足を伸ばして、魔法の森に住むことになってから制定されたからね。

 

「そのスペルカードルール、って何?」

「それは次もわたしに勝ってからにしましょうか」

「むぅ。よーし!そう言うなら次も勝っちゃうからね!」

「わたしはこいしの事を聞きたいですけどねぇ。…さて、続けましょう」

 

賽子が音を立てながら蓋をされる。人差し指と中指で棒を挟み、ユラユラと揺らしながらどっちにしようか迷う。ふぅむ、確率ではどっちに賭けても勝率は変わらないと分かっていても、迷うものは迷う。

 

「よし、半で」

「それじゃ、丁。…さぁて、中身はー?」

 

こいしは最初と同じように棒を縦に置き、器を開ける。出目は五と二。結果は半。わたしの勝ちだ。

 

「ありゃりゃ、負けちゃった」

「じゃあ、こいしはわたしに何を話してくれますか?」

「んー…、そうだ。まずは、お燐について教えてあげる」

「お燐さんですか?確か、火車だと言う赤い髪の猫妖怪の」

「そ。火焔猫燐、ってお姉ちゃんは名付けてた。愛称がお燐。皆がそう呼んでるし、本人もそう呼んでほしいって言ってる。趣味は死体運び。旧都の顔も広いみたい。お姉ちゃんのペットだから、もうあんな喧嘩しないでね?」

 

その説明に、思わず苦笑いが浮かぶ。趣味が死体運び、って…。

 

「最初は普通の長生きな黒猫だったけれど、そこら中に漂ってる怨霊や魑魅魍魎を食べ続けてああなったの。いやー、努力家だよねぇ。お燐も誇らしげに自慢してたし」

「お、怨霊って食べれるんですか…」

 

一体、どんな味がするのだろうか?…あまりいい味はしなさそうだなぁ。

けど、怨霊を食べる、か。取り憑かれるではなく、食べ尽くす。怨霊は、まるで未練の塊のような存在だった。そんな存在を食べようと思ったのは、並大抵の覚悟じゃ出来ないんじゃないかなぁ、なんて思う。実際のところどうなのか。それは、本人に訊いてみたらいつか教えてくれるかもしれないし、いつまでも知ることなく終わるかもしれない。

 

「うん。他にお燐のことで訊きたいこと、ってある?」

「いえ、もう十分ですよ。訊きたいことが出来れば、いつか本人に直接訊くことにします」

「そっか。じゃ、今度こそそのスペルカードルールについて話してもらうからね!」

「ははは、それはどうでしょうかねぇ。またわたしが勝つかもしれませんよ?」

「それはこれから分かるよ!」

 

三度目の挑戦。一本の棒を床に垂直に落とし、倒れた向きに賭けることにした。

 

「んー、ちょっと斜めになったけど、これは丁かなぁ」

「それならわたしは半!よーし!開けるよー!」

 

こいしは叩き付けるように棒を横に置き、すぐさま器を開ける。出目は一と四。結果は半。わたしの負けだ。

 

「やったー!勝ったー!ささ、スペルカードルール教えて!」

「ええ、教えましょう。これは、地上で流行っている遊びですが――」

 

わたしはこいしにスペルカードルールについて語る。目を輝かせている姿を見ていると、あの時のフランと少し重なって見えた。それと一緒に少しだけ哀愁を覚える。…うん、当分会うことが出来ないのは分かってる。分かってるから。

そんな感情を見せないように、笑顔を絶やさずに話をする。たとえこの記憶にまた穴が開くと分かっていても、この記憶を思い出すことが出来なくても、それは楽しい記憶にしたいじゃないか。…それがこいしの眼を閉じた嘘だとしても、わたしはそうしたい。

 


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