東方幻影人   作:藍薔薇

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第264話

「んっ…、…ん?」

 

目が覚めたら、知らない部屋にいた。何処ここ。周りを見渡しながら記憶を整理する。地底に下りて、旧都を進んで、地霊殿に行って、さとりさんに会って、部屋を借りることになって、こいしさんと遊ぼうと部屋に向かった。うん、ここまでだ。気付いたらベッドで寝ていた。…あれ?もしかして、ここがわたしの部屋?…いや、そんなはずないでしょ。聞いた覚えないし。

というか、何だこの格好。かなりボロボロで血塗れな巫女服を着ていたはずなのに、今は薄黄緑色の薄着を着ている。生地は相当柔らかく動きやすそうだけれども、わたしはいつ着替えたんだ?

隣から微かな寝息が聞こえたので、その声の主を見下ろす。だが、布団を頭から被っていて誰だか分からない。…どうしよう。この布団を剥ぎ取ってもいいものだろうか?

ここで思い出したのは、さとりさんが言っていたこいしさんのこと。顔を見ている間は思い出し、認識しなくなると思い出せなくなる。もしかして、そういうこと?

 

「そっとだ、そっと…」

 

寝ているであろう彼女を起こさないように、ゆっくりと布団を剥がす。そして、その顔を見た瞬間、わたしがどうしてここにいるかを思い出した。

こいしの部屋に招かれ、それから丁半をずっとやっていた。勝ったら負けたほうに知らないことを語る、という小さな賭け付きで。その勝敗は確率的にほぼ二分の一に収束していきながら、三桁に到達しそうなほどお互いに繰り返し語り合った。…まあ、若干こいしのほうが勝率は高かったかな。そして、わたしが地上で起こした異変からこの地底へ下りて旧都を渡り地霊殿まで到達した疲労から、いい加減眠くなってきたんだった。こいしが自分の寝間着を出してくれたから、それを複製して着替えてから一緒に寝たんだよ。

 

「…さて、これからどうしたものか」

 

窓を見ると、寝る前と同じような景色が見える。どうやら、この地底に昼夜というものは存在しないらしい。空も太陽も月も星も見えないから、そりゃ当たり前なことなんだけど。

さとりさんの部屋に行って、わたしの部屋を教えてもらうか?…けどなぁ、あの部屋ってどう見ても寝室じゃないよなぁ。今さとりさんが寝ているかどうかは分からないし、そもそも寝室なんて持っていないかもしれないけれど。それに、せっかく思い出したのにまた思い出せなくなるのはちょっとなぁ…。

こいしが起きるまで待つ、もしくはこいしを起こす。どちらにするかはまだ決めていないけれど、とりあえずこれにしよう。勝手にで少し申し訳ないけれど、衣装棚を開けて目に付いた服を複製して着替える。水色の上着に、青薔薇模様のスカート。少し動きづらいけれど、これから戦闘するわけでもないし、別に構わないだろう。いざとなれば、動きやすくするように生地を引き裂けばいい。

さて、起こすかそっとしておくかだけど…。

 

「すぅ…。すぅ…」

「…止めとこ」

 

うん、そっとしておこう。とても楽しそうな表情をして寝ているこいしを起こすのは忍びない。起きるまでここで暇でも潰していよう。まあ、妖力量が心許ないから下手に消耗するようなことは避けるとするかな。

…そういえば、即時回復用の妖力塊は全て使い尽くしたんだった。緋々色金は主に幻想郷全域を把握するために、フェムトファイバーは強力な攻撃と彼女を送り出すための複製(にんぎょう)を創るために。ああ、ここに緋々色金ってあるかなぁ?あれって物凄く貴重なもののはずだ。手元に緋々色金の魔法陣があるから、これを複製するという手段もあるけれど、下手に扱ったら魔法陣として発動してしまう。それに、糸状の緋々色金を丸めて固めるなんて出来るだろうか?…うん、別のものを考えておこう。

『幻』を一つずつ展開していき、限界を確かめる。一、二、三、…五十九、六十、六十一で僅かな違和感。六十二個目を出してみて、違和感がさらに強くなったのでそこで止める。…まあ、これは喰らうこととなった永琳さんの願いがそこまで深いものではなかったということだろう。きっと、新たな薬を造る、という願いはそこまで長い間願っていたことではなかったのだろう。比較対象がフランの推定四百九十五年間の破壊衝動、もといものを破壊したいという願いしかないから、まだ本当にそうかどうかは分からないけど。

『紅』を発動させ、解く。それを繰り返す。発動自体は容易だ。ただし、こういう平常時は。戦闘中に今と同じように発動出来るとは思っていないし、維持し続けられるとも思っていない。この辺りは、実戦で身に付けていくしかないよなぁ…。とは言っても、こんな訓練に付き合ってくれる物好きがいるだろうか?うっかり『目』を潰してしまえば、その部位はよくて破損、悪ければ欠損する。…萃香のように勇儀さんならもしかしたら、とは思ったけれど、会いに行ったらどうなることやら。

 

「…ふぅ」

 

音を立てずに出来る訓練はこのくらいにしておこう。結構時間をかけていた気がするけれど、こいしはまだ起きそうにない。…それじゃあ、これからわたしは何をするべきか考えましょうか。

最初に思い付くのは、人間代表の博麗の巫女である霊夢さんに勝利するための対策。正直に言えば、どんな手段でも構わないなら、博麗の巫女を殺すことは出来る。超長距離から対象を捕捉して複製からの即時炸裂で脳でも破壊するなり、不意討ちで首を落とすなり、手段はいくらでもある。しかし、これでは駄目だ。あとが面倒になる。わたしが目指すのは飽くまで人間共から煩わされない平穏な生活であって、博麗の巫女に勝利することではないのだから。ただ、それには前例がいるからやろうとしているだけ。他に手段があるなら、別にそれでも構わない。例えば、世代が丸ごと入れ替わるくらいここで潜伏し続けるとか。

それで、わたし自身の能力の強化は、これから考えるとしよう。いくつか候補はあるけれど、すぐには出来なさそうだから。

それよりも問題なのは、夢想天生。あれをどうやって攻略すればいいのやら…。風見幽香は思い切り殴ったら喰らわせることが出来たようだけど、あれはもう、ね、うん、幻想郷最強だから力業でどうにかしてしまったのだろう。理屈はまたいつか考えるとしましょう。わたしはわたしの手段で攻略しないといけないよね。

さて、次はこいしを覚えること。さとりさんは覚えていられるから思い出せる、と言っていた。つまり、わたしは覚えられないから思い出せない、ということだ。なら、忘れなければいい。

稗田阿求。具体的には、御阿礼の子に受け継がれていく秘術。零代目とでも言うべき稗田阿礼が自らの精神に組み込んだ術式であり、それは自らが持っていた絶対記憶能力と幻想郷縁起編纂の使命感と共に転生するために必要なものらしい。ただ、そんな風にいいところのみを持ち込めるわけではなかったようで、まるで等価交換のように寿命が極端に短くなってしまう。その寿命は大体三十年程度らしい。まあ、普通に人間の半分よりちょっと少ないような、ってくらいかな。

秘術の意味は全然把握していないけれど、その全文は覚えている。これを一つずつ解読していき、必要な部分と不必要な部分で寄り分けていき、その中にある絶対記憶能力だけを切り抜いてわたしの精神に組み込む。『紅』でフランに近付くように、稗田阿礼に近付く。フランに近付く『紅』は、自己再生能力向上、暗視、『目』の視認が主な効果。ただし、吸血鬼の弱点に対して嫌悪感などを抱く。…そう、抱くだけだ。皮膚が焼けることもないし、激痛に苛まれるわけでもない。偶然でこれなら、意識的にやればどうなるだろう?

出来ないとは思えない。偶然で出来たなら、意図的にだって出来る。一度出来たんだ。二度目だって、やってやる。

 


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