東方幻影人   作:藍薔薇

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第270話

旧都へ行って来てください、か。旧都へ行くことは推奨しないと言っていたのは、割と最近の話だ。それを撤回して頼んでくる、ってことは何かちゃんとした理由があるのだろう。なかったら困る。色々と。

 

「ええ、あります。貴女と二人きりで会わせてほしい、と頼まれたものでして」

「二人きり、ねぇ…。そう要求してきたなら、ここに一度は来たのでしょう?そのままわたしに会えばよかったじゃないですか」

 

そう言ってみたけれど、こうして頼んでくるなら無理だった理由があるのだろう、と思う。すぐ帰ってしまったとか、そもそも来ていないとか。

 

「昨日、あのお触れを広めるために旧都へ赴いた私のペットを通じて私へ伝えられたのですが、どうやら勝手に安請け合いしてしまったようなのです。だから、こうして貴女に頼むことにしたのですよ」

 

どうやら、きていなかったようだ。それにしても、頼み事ってペットの後始末なんだ。…まぁ、別に構わないけれど。

 

「で、その人はどんな方ですか?」

「私とは別の方向で旧都を上から押さえている方ですよ。私が旧都自体を治め、彼女が旧都の民を押さえる。大まかに見て、旧都はそうして成り立っています」

「へぇー…。それはそれは偉い方なんでしょうね」

 

一瞬、人間の里のあの年寄りが頭を過ぎる。わたしに会ってすぐに死んでしまった偉い人間。わたしが『禍』となった原因の一人。…まさかそんなことになるとは思わないけれど、どうなんだろう。

 

「…そのような心配は不要でしょう。死んでも死ななさそうな方ですから」

「はは、それなら安心だ」

 

流石に、本当の意味で死んでも死なないわけではないだろう。蓬莱の薬のようなものが、そんな簡単にあってたまるか。

ま、そんな死ぬ死なないはいいや。その人と二人きりで会うのはいいとして、場所が分からないと会いに行くことが困難だ。

 

「…ありがとうございます。それで、指定された場所ですが――」

 

わたしの了承を読んだらしいさとりさんからその場所が伝えられる。具体的な説明だから、旧都の地理をあまり知らないわたしでも分かりやすい。けれど、その場所は割と遠いなぁ…。道中が心配だ。

 

「…それは、どうなのでしょう…。お触れがどこまで浸透しているか私には分かりませんし、そもそも貴女のことをよく思っていない方が多いことも確かですから」

「でしょうねぇ…。ポッと出の地上の妖怪が地霊殿の主に保護される、って突然言われて納得する人がどれだけいるのか、って話でしょう?わたしは多いとはとても思えませんね」

「…やはり貴女もそう思いますか。実は、そのことが私の頭を悩ませているんですよ。ですから、これでその悩みをある程度払拭してくれれば、と思っています」

「出来ればいいですね。…まあ、期待せずに待っててくださいな」

 

そもそも二人きりで会ってから何をするかも分からない。罠の可能性だって十分考えられるんだ。多少は警戒していきますか。

 

 

 

 

 

 

一人で旧都を歩いていると、嫌に視線が突き刺さる。こうして見られていると、負の感情を強く感じる。わたしのことはお触れで伝え広がっているのだから、わたしが地上の妖怪であることは周知の事実のはずだ。過去に地上で何があったかは知らないけれど、嫌われてるなぁ…。

一歩踏み出そうとした足を止め、その場で止まる。すると、わたしの目の前を鋭く長い爪が過ぎる。あのまま進んでいれば、あの爪がわたしの体に深々と突き刺さっていただろう。

 

「ふッ!」

「ゥガ…ッ!」

 

胴体がわたしの前を通ったところで、踏み出すはずだった右脚で蹴り上げる。への字に折れ曲がった体に左拳を叩き込み、妖怪を吹き飛ばして先へ進む。地面を数度跳ねたその妖怪は動かない。しかし、よく見れば意識があることが分かる。油断したところを一撃、なぁんて考えているのかなぁ…。

わざと隙を晒しながら、倒れているその妖怪の横を通る。まだ動かない。そのまま通り過ぎ、背中を晒す。…さて、来るか?

 

「馬鹿め!シャアッ!」

 

そら来た。

 

「流石に分かるって」

「な――ギッ!?ガッ!?」

 

後ろから突き刺してくる腕を片脚を軸に旋回して躱し、こめかみに旋回裏拳を喰らわせる。頭を思い切り揺らし、動きが止まったところでもう片方の拳を顎へ突き上げる。半回転して背中から落ちた妖怪は、ビクビクと痙攣してから動かなくなった。…うん、今度こそ意識が吹き飛んだみたいだね。

倒れた妖怪をその場に放置し、先へ進む。怨霊に取り憑かれたらヤバいらしいけれど、きっとそんなこと起こらないだろうし、おそらく大丈夫だろう。起こらないなんて確証はないけどね。

 

「ッ、と」

 

明らかに当たったら怪我では済まない大きさの石が剛速球で飛んでくる。飛んでくる石の軌道上に同じ速度でぶつかるよう複製し、速度を相殺させてから複製を回収する。そして、弾かれて地面を転がる石を拾い上げ、投げ付けてきた筋骨隆々の妖怪を視野に収める。…この距離ならいけるな。

 

「オラァッ!」

 

全身の捻りを加え、全力で石を投げ返す。ただし、手から離れる瞬間にそこら中にある大気を手のひらの一点に複製させる。瞬間、バァン!と轟音を立てて一点に密集した大気が爆ぜる。わたし自身の力に加え、一気に膨らんだ大気に押し出された石は、対象に向かって真っすぐと飛んでいく。残念ながら受け止められてしまったけれど、別に構わない。

少しばかり痛む右手を振りながら、さとりさんが言っていた小道へと曲がる。あの場所からわたしに当てるには、家々を破壊するほどのとんでもない威力でわたしに向けて投げ付けるか、垂直に近い角度でわたしに向かって落ちるように非常に高く投げ上げる必要があるだろう。しかし、そんな威力で投げてくると石が原形を留めることが出来ないだろうし、垂直に近い角度で落ちるにはとんでもない高さが必要になって天井にぶつかってしまうだろう。わざわざわたしを追いかけてくるかどうかは知らないけれど、それなら別の対処をすればいい。

そんなことを考えながら小道を進む。すると、膝くらいの小柄な妖怪が片手を上げてわたしの前に出てきた。

 

「やぁ、久し振りだね」

「ええ、久し振、り…?」

 

あれ、この小さな妖怪とわたしは何処で会ったんだ?見覚えがあるけれど、見た覚えがない。わたしの頭の中が矛盾している。少なくとも、わたしが地上から降りて来てから地霊殿へ向かう道中では見ていない。…あれ、見た、のか、な?…ああ、見たよね、うん。見た見た。

 

「こいし様と一緒にいたときは驚いたよ。まさか、本当にさとり様が保護しただなんて」

「こいしさんと、ね。それで、貴方はわたしに何か用ですか?」

 

曖昧にぼやけようとしていた記憶がギチギチと戻されていく。この妖怪とわたしは、どうやらこいしさんと一緒に旧都へ来たときに会ったらしい。そんなことがあったこと自体が思い出せないけどね。勝手に記憶が改竄されてそれらしく取り繕われる、というのはこういうことか。実感した。

 

「特にないさ。ただ、見かけたから声を掛けただけで」

「そっか。それじゃあね」

 

そう言って小さな妖怪の横を横切――らずに、全力で土手っ腹につま先を突き刺す。そのまま振り抜いて吹き飛ばさず、地面に押し付ける。

 

「ガ…ァ…ッ!な、何故…っ」

 

今すぐにでも跳びかかれるように両脚には力が込められていたし、そもそもわたしを見たときのあの目付き。あれで何もしてこないなんて思え、ってほうが無理な話。

 

「チ、クショ、ウ…ッ!」

「次に不意討ちしたいと思ったなら、殺意はちゃんと隠してね」

 

それだけ言って顎に軽く蹴りを加え、意識を刈り取る。…さて、目的の場所まであと少しかな。

そこから先は特に何事もなく、ただただ痛い視線を感じるだけで目的地まで到着することが出来た。ただ、その視線の中に鬼が混じっていたことが少しばかり引っ掛かる。

 

「…この屋敷か」

 

それなりに古いようだけど、汚れているという印象はない。そんな屋敷。開きっぱなしの扉を抜け、中へとお邪魔する。

 

「うわ、酒臭…」

 

屋敷の中に入った瞬間、思わず鼻を摘まんでしまうほどに強い酒独特の香りが漂う。最近酒を溢したのか、それとも酒蔵か何かなのかなぁ?

そのまま奥へと進むと、かなり大柄な鬼達がわたしを睨む。しかし、今にも攻撃してこよう、という意思を感じない目付き。彼らを気にせずどんどん奥へ進むと、六畳間の部屋に一人の鬼が胡坐をかいて鎮座していた。…ああ、そういうこと。

 

「よお。また会ったな、鏡宮幻香」

「ええ、また会いましたね。星熊勇儀さん」

 

彼女が、わたしを呼んだのか。

 


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