東方幻影人   作:藍薔薇

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第271話

鬼達に睨まれながら、最奥にある六畳間の部屋へ足を踏み入れる。そして、勇儀さんと二人きりになるためにも、背中に刺さる鬱陶しい視線を遮るためにも、襖を後ろ手で閉め切った。

 

「ま、とりあえず座れ」

「その前に一つ」

「あん?」

「わたしはさとりさんから二人きりで、と聞いたんですが」

 

そこで一度区切り、閉じた襖を見る。姿は見えないが、その奥にいる鬼達の姿でも捉えるように。

 

「どうしてこんなに部外者がいるんでしょう?」

「そう言うなよ。今からこの屋敷は私とあんたの二人だけになるんだからさ」

 

そう言った瞬間、大勢の足音がここから離れていく。疎らな足音の数からどれだけいたのか数えてみるけれど、二十辺りで数えるのを止める。…思ったより数がいたんだなぁ。仮に袋叩きにされるとして、その時わたしはどうするか?ま、一も二もなく逃走だろうなぁ。

足音が聞こえなくなってからも数秒待ち、勇儀さんの前に腰を下ろす。念のため空間把握をするけれど、確かにこの屋敷内にはわたしと勇儀さんの二人しか存在しない。…まあ、屋敷の外に普通にゾロゾロといるようだけどね。けれど、露骨にこの部屋の音を聞こうとしている者はいないようだ。

 

「これで静かになったな」

「ええ、そうですね」

 

多少張り詰めていた気を緩めながら軽く笑っていると、数本の酒瓶と杯を投げ渡された。そして、彼女は目の前に一本蓋を開けて盃に注いでいく。

 

「さて、酒でも呑みながら腹を割って話すか」

「嫌です」

「あぁん?」

 

彼女の提案を即行で拒否すると、傾けていた瓶の音が止まり、案の定凄まれる。やっぱり鬼って種族は酒が大好きなんだなぁ。萃香がいつも腰にぶら下げている瓢箪は無限に酒が湧き出てくるらしいし。

けれど、このまま話が進めないつもりはないので、次の言葉を口にする。

 

「腹を割って話すのは別に構いませんよ。ですが、わたしが酒を呑むのは勘弁したいです」

「…もしかしてあんた、酒の一本も呑めないのかい?」

「ええ。…そうですね、もう貴女には言っても構わないでしょう。地上にいる萃香も、理解を示してくれましたよ」

 

そう言った瞬間、注ぎ切った空瓶が畳に転がる。コロコロと転がってきた空瓶を立てると、わたしの目の前に勇儀さんの顔があった。

 

「その口は、まさか出鱈目言ってるわけじゃないよな?」

「わたしは嘘も虚言も平然と吐きますが、これは本当だ。伊吹萃香。『密と疎を操る程度の能力』を持つ、大きく捻じれた二本角の鬼。無限の酒が湧き出る不思議な瓢箪を腰にぶら下げていている。山の四天王の一人で、その昔は妖怪の山を支配していた。地上では宴会を続けさせるために異変を起こした。わたしはそれなりに仲がよかったですが、わたしの友達の藤原妹紅といい酒呑み仲間になりましたね。…他に、何か聞きたいですか?」

 

そこまで言うと勇儀さんの顔は離れていき、元の位置へと戻っていった。

 

「…もういい、分かった。…はぁ、とにかく萃香は地上を楽しんでるみたいだな」

「楽しんでると思いますよ」

 

わたしがたかが十四音言っている僅かな間で盃に注がれた酒を一気に飲み干した勇儀さんは、新しい酒瓶の蓋を外しながら口を開いた。

 

「…萃香のことはまた今度聞かせてくれ」

「いいですよ。わたしが生きていればですが」

「それでいい」

 

最後の一滴まで残さずに注いだ酒をさらに口にした勇儀さんは、わたしをここに呼んだ理由を語ってくれた。

 

「それで、だ。私があんたを呼んだのはな、あんたを見たかったからさ」

「わたしを見るくらいなら、鏡でも見たほうがいいですよ」

「私が見たいのは、あんたの腹の内さ」

「いくら覗いても醜い色しか見れませんよ」

 

少なくとも、わたしの思想はまともとは言い難いことくらい理解している。直そうとは思わないが。

 

「それは別に構わないさ。多かれ少なかれ、ここにいる連中は腹に一物抱えてる奴だっているし、脛に傷のある奴もいる」

「貴女も、その一人だと?」

「そうだとも」

 

ニヤリと笑い、盃を空にする。そして、その盃は三度酒で満ちた。

 

「その中にはあんたをとは言わないが、地上の連中を憎み嫌ってる奴が多い。…分かるだろ?」

「でしょうね。さとりさんも頭を悩ませてましたよ。そして、わたしもここに来るまで色々ありましたからねぇ」

 

地底へと続く穴では土蜘蛛さんに捕まった。橋の上にいた妖怪さんには精神的に少し弄られたと思う。それが日常であるようだが地底に歩いていてすぐに色々とものを投げ付けられた。一人の鬼に地上から来たと言えば投げ飛ばされた。お燐さんには不届き者扱いされて怨霊と共に攻撃してきた。地霊殿からここに行く道中で三人から攻撃されたりされかけたりした。

 

「そこで、だ。あんたがどうして地底に下りてきたかは正直どうでもいい。問題は、あんたが旧都で何をする気でいるかだ。何もしないならそれでいいし、多少後ろ暗いことがあっても私は気にしない。…だがな、度が過ぎれば私はあんたを潰すよ」

「おお、怖い怖い」

「さあ、あんたはこれから何をするつもりか言えるのか?」

 

真っ直ぐとわたしを捕らえる瞳を見ていると、どうにも萃香の姿を幻視してしまう。似ているところなんて、鬼ってところくらいしかないと思うのになぁ…。

 

「わたしが地底でやりたいことは、地上へ舞い戻るための準備だ」

「ほう?」

 

だから、わたしはここで嘘を吐くつもりはない。

 

「わたしが地上でのんびりと生きるためには、一つ面倒臭い障害が存在する。…それを一括りにまとめれば、人間の悪意。それをブチ抜くためにわたしはここに来た。具体的には、誰から見ても言い訳出来させない条件で、地上で人間の頂点に君臨する一人の少女から完膚なきまでに勝利をもぎ取る。そのためにわたしは強くなる。規則は破るし道は外れるし禁忌は触れるが、こればっかりは規則に縛られた道の上で禁忌に触れずにやってやる。必要なら何を切り捨てようと構わないけれど、その一線だけは越えずにやってやる」

 

そこまで言い切り、気付いたら力んでいた肩を降ろして一息吐く。

 

「…まあ、それが無理そうなら百年くらいここを隠れ蓑にして地上へ戻るかなぁ。人間が丸ごと全部入れ替われば、わたしのことなんてほとんど忘れてくれるでしょうから」

 

何世代に跨っていく過程で人間の脅威であった鬼の存在を忘れていったのだから、同様に『禍』の存在だって忘れていくだろうから。

三杯目を飲み干したところでちょうどよく終わった。酒は呑んでいたが、一言も聞き逃さんと意識がこちらに向いていたのが分かる。

 

「お望み通り言いましたよ。…勇儀さん。貴女はわたしの目的をどう見ますか?」

「ふん、どうやら嘘は言ってないらしいな。ここを踏み台か隠れ家だと思っているようだが、別に悪いとは言わんさ」

 

瞬間、わたしの顔の横を何かが通り抜けた。後ろの襖を突き破り、廊下を数度跳ねる音が聞こえてくる。蓋だ。酒瓶を開ける際に、蓋を指で弾いたのだ。

 

「だが、それじゃああんたは地上の妖怪のままだ」

「…分かってますよ、そのくらい」

 

最初から地上へ戻ることを前提に地底にいるわたしは、彼女の言う通り地上の妖怪だ。

 

「そりゃあな、さとりの奴が自ら立てた規則を破ってあんたを保護する、って言うだけの理由があるだろうとは思ってるさ。それだけの価値があるのか、危険が潜んでいるのかは知らんがな」

「その二択ならわたしは危険ですよ。やろうと思えば貴女が瞬きする間に地底を滅ぼせる」

「危険だって使い様。酒が百毒にも百薬にもなるようにな」

 

そう言いながら、四本目の酒を盃に注ぐ。

 

「だから、あんたが地上の妖怪のままでいるのなら、一つここでわたしに言ってみろよ」

「何をですか?」

「『私は地底の妖怪だ』ってな。言えば、私はあんたを地底の妖怪として扱ってやる。地底の連中にも言い聞かせてやる。…どうだ?」

 

そう言われ、わたしは迷うことなく口にした。

 

「わたしは地上の妖怪だ」

「はっはっは!気に入った!私はあんたを地上の妖怪として扱ってやる。地底の連中にも言い聞かせてやる。なあ、強情な妖怪さんよ。改めて、あんたの名前を聞かせてくれよ」

「わたしは鏡宮幻香です。星熊勇儀さん。改めて、よろしくお願いしますね」

 

伸ばした右手は、盃の上で握られる。こうしてわたしと勇儀さんの二人きりの会談は終わった。

 


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