東方幻影人   作:藍薔薇

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第272話

最近の旧都であったいざこざも、ようやく終息の一途を辿っている。それに伴って面倒事も徐々に減っていき、私がすることも減っていく。とても喜ばしいことだ。これはきっと、あの話し合いで何かいいことがあったのだろう。

その幻香さんと勇儀の二人きりの話し合いがどのような内容だったのかは知らない。幻香さんとはあれっきり目も合わせていないし、勇儀に至ってはもう数ヶ月は顔を合わせていない。私が地霊殿から出ることがほとんどなく、勇儀が地霊殿に来ることがほとんどないのだからしょうがないことだ。

 

「ふぅ…」

 

一息吐き、静かに反響する部屋を見渡す。久し振りに何か書こうかしら、と考えたが止める。ずっと部屋に籠りっぱなしだったから、せめて部屋から出てこいしやペットと会うことにしよう。

 

「ん…っ、と」

 

大きく伸びをしてから椅子を降り、扉を開ける。すると、ちょうどよく私の前を横切った人型のペットから何故か『無視しやがって…』という不穏な言葉が読めた。

 

「何かあったのかしら?」

「え、あ、さ、さとり様っ!あの、あれなんですよ!あのー…」

「落ち着きなさい」

 

心まであれのままでは、流石に何を指しているのかサッパリ分からない。

 

「あれですよ、あれ!えぇーと、最近ここに住むことになった、…名前なんだっけ?」

「はぁ…。鏡宮幻香さんですか?」

「そう!それです!そのカガナンチャラにさっき話しかけたのに、完全にいない子扱いされちゃいましてね!」

 

そう言うペットの心には、確かに大広間の片隅で話しかけても何も反応しない幻香さんの姿が読めた。右手の人差し指を虚ろな目で睨み続け、ブツブツと何か呟いていたようだけれど、何を言っているのかまでは気にしていなかったらしく、口が細かく動いていることまでしか分からなかった。

 

「…そう、よく分かったわ。私からも少し言っておきますから、貴方は貴方のやるべきことを続けてちょうだい」

「了解しました!それでは!」

 

そう言うと、両手両足を付けて廊下を走り出していく。人型になっても四足歩行の習慣は抜け切らないものらしい。

…さて、早速用事が出来てしまった。まったく、幻香さんは一体何をしているのやら…。

 

 

 

 

 

 

実は、幻香さんとはあまり会いたくないと思っている。何故なら、彼女の考えていることは私の頭を急激に圧迫するようなことが平然と敷き詰められていることが多いからだ。多岐に渡る選択肢、まるで写し取ったかのように精密な空間、敷き詰められた極小の粒々、その他諸々。そんなもの、好き好んで読みたいとは思えない。

こいしのように心を読めないのは不安だけれど、幻香さんのように心を読み過ぎてしまうのも困りものだ。

 

「…ここね」

 

大広間の扉の前で止まり、一つ深呼吸。何を考えているかは分からないけれど、せめて何を考えていたとしても取り乱さないように、心の準備をする。

 

「…よし」

 

意を決して扉を開ける。ここからでは幻香さんの姿は見えず、まだ心は読めない。あのペットが話しかけたときから動いていないのならば、右に首を曲げれば幻香さんがいる。一瞬思い止まってしまうが、それでも私は右を向いた。

そこには幻香さんが相も変わらず虚ろな――、

 

『回る』『輪転』『螺旋』『円転』『旋回』『回旋』『廻る』『グルグル』『循環』『旋廻』『廻転』『廻る』『旋廻』『螺子』『回る』『自転』『ギュイィィィィン』『円転』『回転』『旋回』『回旋』『廻る』『旋廻』『廻転』『輪転』『旋転』『回る』『円転』『回転』『旋回』『グルグル』『廻転』『螺子』『輪転』『旋転』『回る』『自転』『ギュイィィィィン』『回る』『螺子』『回転』『螺旋』『グルグル』『旋廻』『廻転』『螺子』『輪転』『旋転』『回る』『ギュイィィィィン』『回る』『螺子』『回転』『旋回』『廻転』『回る』『輪転』『旋転』『廻る』『グルグル』『循環』『旋廻』『廻転』『螺旋』『円転』『回転』『旋回』『グルグル』『円転』『回転』『旋回』『回旋』『廻る』『旋廻』『旋転』『回る』『ギュイィィィィン』『回る』『螺子』『円転』『回転』『公転』『旋回』『回旋』『回転』『公転』『旋回』『回旋』『廻る』『グルグル』『循環』『旋廻』『廻転』『螺子』『輪転』『旋転』『回る』『自転』『ギュイィィィィン』『円転』『回転』『グルグル』『循環』『旋廻』『廻転』『螺子』『輪転』『旋転』『回る』『自転』『ギュイィィィィン』『円転』『回転』『旋回』『回転』『螺旋』『回旋』『廻転』『輪転』『旋転』『回る』『円転』『螺子』『回転』『旋回』『グルグル』『回転』『旋回』『回旋』『廻る』『旋廻』『廻転』『輪転』『旋転』『回る』『円転』『回転』『螺旋』『グルグル』『廻転』『螺子』『輪転』『旋転』『ギュイィィィィン』『回る』『螺子』『回転』『廻旋』『廻る』『回転』『廻旋』『廻る』『旋回』『回旋』『旋廻』『廻旋』『旋転』『円転』『旋回』『回旋』『廻る』『グルグル』『循環』『旋廻』『廻転』『螺子』『輪転』『旋転』『回る』『自転』『ギュイィィィィン』『円転』『回転』『旋回』『回転』『螺旋』『廻る』『旋廻』『廻転』『輪転』『旋転』『回る』『円転』『回転』『螺旋』『グルグル』『廻転』『螺子』『輪転』『回転』『旋回』『輪転』『旋転』『ギュイィィィィン』『回る』『螺子』『回転』『廻旋』『廻る』『回転』『廻旋』『廻る』『旋回』『回旋』『旋廻』『廻転』『ギュイィィィィン』『回る』『円転』『旋回』『回旋』『旋廻』『廻転』『回転』『旋回』『回旋』『廻る』『旋廻』『廻転』『円転』『回転』『旋回』『回旋』『廻る』『旋廻』『廻転』『輪転』『回転』『旋回』『グルグル』『旋廻』『廻転』『螺子』『輪転』『旋転』『回る』『ギュイィィィィン』『回る』『螺子』『回転』『旋回』『廻転』『回る』『輪転』『旋転』『廻る』『グルグル』『円転』『回転』『旋回』『回旋』『廻る』『旋廻』『旋転』『回る』『ギュイィィィィン』『回る』『螺子』『円転』『回転』『公転』『旋回』『回旋』『回転』『公転』『旋回』『回旋』『廻る』『グルグル』『循環』『旋廻』『廻転』『螺子』『輪転』『旋転』『回る』『自転』『ギュイィィィィン』『円転』『回転』『グルグル』『循環』『旋廻』『廻転』『螺子』『輪転』『旋転』『回る』『自転』『ギュイィィィィン』『円転』『回転』『旋回』『回転』『螺旋』『回旋』『廻転』『輪転』『旋転』『回る』『円転』『螺子』『回転』『旋回』『グルグル』『回転』『旋回』『回旋』『廻る』『旋廻』『廻転』『輪転』『旋転』『回る』『円転』『回転』『螺旋』『グルグル』『廻転』『螺子』『輪転』『旋転』『回る』『螺子』『回転』『廻旋』『廻る』『回転』『廻旋』『廻る』『旋回』『回旋』『旋廻』『廻転』『ギュイィィィィン』『回転』『旋回』『回転』『螺旋』『回旋』『廻転』『輪転』『旋転』『円転』『螺子』『回転』

 

――気付いたら、大広間から出ていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…。な、何ですか今のは…」

 

体中から嫌な汗が噴き出る。荒れる呼吸をどうにか押さえようとするが、どうにも落ち着かない。思い出しただけで身震いしてしまう。心を読んでいるのに、何を考えているのかサッパリ分からない。ハッキリ言って、気味が悪い。

 

「…どうりで無視されるわけですね」

 

あんなことを頭一杯溢れんばかりに敷き詰めて、零れそうになれば押し潰すようにさらに詰め込んでいく。一点のことしか考えていない今の彼女に、周りなんてものは存在しないと同義だろう。

 

「どうしたの、お姉ちゃん?熱いの?」

「…!こ、こいし…。流石に熱くはないわよ…」

 

後ろから肩を叩かれ、謎の心配をされた。さっきまで誰もいなかったと思っていたのだけれど、いつの間にかこいしが後ろにいたらしい。

 

「じゃあ、その汗だくビッチョリは?」

「…それはちょっと――」

 

ギュイィィィィンという、まるで硬いもの同士が擦れ合うような音が突然大広間から聞こえてきた。すると間もなく、ギャギャギャギャギャ!という、硬いものを削り取っていくような音が響く。

あまりに急なことで、思わず耳を塞いでしまう。だが、それでも音の暴力はお構いなしに私の両手を突き抜けて耳を襲い続ける。

 

「…うっひゃぁ…。凄い音ぉ…」

「え、えぇ、そうね…」

 

ようやく音が収まり、両手を耳から離す。ぐわんぐわんと音の残滓が耳に残り、それに伴って頭痛もしている気がする。…一体、幻香さんは何をしたっていうのよ…。

 

「よーし!大広間に突撃ー!」

「ちょっ、こいし!?待ちなさい!」

 

当然のように恐れ知らずのこいしは、大広間の扉を開けて中へと入っていく。そして、私もこいしに引っ張られるように続いていくのであった。

 


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