東方幻影人   作:藍薔薇

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第275話

…誰かがわたしの体を揺すっている。一体誰がわたしの睡眠を邪魔してるの?もうちょっと寝かせてください…。

 

「ちょっと幻香ー、起きてよー」

「ぁとすこし…」

「わたしが頑張って選んでたのにいつの間にか寝ちゃうなんて酷いよー!」

 

誰かが不満気な口調で何かを言っている。ふわふわとした微睡みの中にいるわたしは、自分でも何を言っているのか分からないまま言葉を発する。この心地いい世界から逃れようとは思えない。さて、おやすみなさーい…。

 

「ねえ起きてってばぁ!」

「ぅごっ!?」

 

突然何かがわたしの体に激突し、後ろの壁に挟まれる。肺の中身が一気に吐き出され、見開かれた視界が一瞬真っ白になったと錯覚してしまうほどの衝撃がわたしを突き抜け、眠気をブチ抜いていく。

これは、油断した…!いくらさとりさんに保護されたと言われていたから、さとりさんが住む地霊殿だから、襲撃者が来ない可能性が零だなんて思い込んでいた。

白い世界に着色されて視界の端にチラつく何かを感じながら、胴体に縋りついている誰かを無理矢理引き剥がす。

 

「うひゃっ!?」

「何処の誰かは知ら、な…」

 

やけに簡単に引き剥がせたな、とちょっとばかり疑問に思いながら顔を見てみれば、…こいしだった。

 

「むぅ、やっと起きた?」

「はは、すみません…」

 

蹴り上げようとしていた膝を収め、思わず苦笑いを浮かべてしまう。記憶の穴が刹那で埋められていき、わたしがここで寝ていた理由もハッキリと浮かんでくる。

…あぁ、こいしがスペルカード戦のアイデアが詰め込まれた紙束から取捨選択していたけれど、流石にあれだけの数があればちょっとやそっとでは終わらない。最初はいつ終わるかなー、と楽しみに思いながら眺めていたけれど、途中から自分の感覚で一秒経ったら一つ数字を数えていた。その結果、一万を超えたあたりで気付いたら寝てしまっていたんだ。本当に申し訳ない。

こいしをわたしの隣に降ろし、両手を組んでから両腕を前へと伸ばす。僅かに硬くなっていた腕と肩が引き伸ばされ、ほんのりと熱を帯びていくのを感じる。こりゃ全身ちゃんと伸ばしてからじゃないとスペルカード戦はやりたくないなぁ…。

 

「そりゃあこんなに時間掛かっちゃったのは謝るよ。ごめんね。けど、時間掛けていい、って言っていってくれたのは幻香じゃん」

「ぐうの音も出ない…」

「チョキとパーと?」

「グー…、って関係ないでしょう」

 

グーの音が出たけど。

 

「ま、幻香が起きたならそれでよし!ふっふーん、楽しみぃ!」

「それじゃ、庭に出ましょうか。流石にこんな狭い部屋じゃあ躱せるものも躱せない」

「だね。じゃ、行こっか!」

 

そう言うとこいしは勢いよく立ち上がり、部屋の窓を全開にする。そして窓枠に足を掛けながらわたしを手招きし、そのまま外へと跳び下りていく。わたしもそれに続き、窓の外へと跳び出していった。一瞬の浮遊感が終われば、残りは落ちていくのみ。

 

「ほっ、と」

「っ、と」

 

庭に着地して四つの窪みを作り、広いところへ足を運ぶ。到着するまでの間に、出来るだけ体を解していくことにした。

 

「んー、この辺でいいかなぁ?」

 

欲を言えばもう少し地霊殿から離れていたほうが、建物への被害が抑えられるんだけど…。けれど、ここの近くにここほど広そうな場所は見当たらない。

 

「ま、大丈夫でしょう。けど、その前にいくつか確認を」

「何?」

 

何せ、こいしにとってはスペルカード戦の初陣だ。ルールを理解しているかもそうだけど、それ以外にも確認しておきたいことはある。

 

「スペルカードの枚数は?」

「基本三枚!」

「被弾は?」

「基本スペルカードの枚数と同じ!」

「被弾してから次の被弾を数える時間は?」

「三秒後!」

 

それだけ分かっていればルールは大丈夫だろう。

 

「それだけ分かっていれば十分。けど、始める前に威力の調整をしましょうか」

「えぇと、死なない決闘だから?」

「そ。仮に急所に被弾しても痛いで済むように」

 

そう言いながら、こいしに向けて人差し指を伸ばす。指先に僅かな妖力が溜まり、一個の妖力弾を発射する。すると、こいしはゆらりと体を動かして妖力弾を躱した。…え、躱すの?

 

「ちょっとー、危ないじゃーん」

「…まあ、当たってもちょっと痛い程度ですよ。喰らってみてくださいな」

「はーい!」

 

元気のいい返事をもらったところで、わたしに向けて突き出された手の平に先程と同じ妖力弾を発射する。今度はそのまま手の平へと被弾し、被弾箇所を僅かに赤くした。

 

「うん、あんまり痛くないね」

「さ、こいしも一発試してみてください。血が流れなければ始めましょう」

「分かった!」

 

唇に指を当て、そこからハート型の妖力弾を一つ浮かべる。魅せる弾幕の一環だろう。そして、尖った部分をわたしに向けて発射した。…明らかに威力過多な妖力弾を。

大地の一部を切り取り、土塊として手の上に複製してハート型の妖力弾を受け止める。土塊は妖力弾に当たった瞬間爆ぜ散り、いくらか威力を削ってもなお残る妖力弾を手の平で受ける。僅かに抉られた感覚と共に濡れた感触。ジクジクと鋭いような鈍いような痛みを感じながら手の平を見てみれば、予想通り血が流れていた。

 

「これじゃあ強過ぎですよ?もう少し威力を抑えてもう一発やりましょう」

「むぅ…、意外と難しい…」

 

その後も何度も試し撃ちを喰らい、七回目には十分に威力を弱めることが出来た。傷付いた場所はまとめて『紅』で塞ぐことも忘れない。

 

「よく出来ました。この威力でやりましょうね」

「幻香、っていうより地上の人達はこれが普通に出来てるんだね。ここじゃあ考えられないよ。旧都は『力こそが全て!』って感じだもん」

「ふふっ『弾幕はパワーだぜ!』…なぁんてね」

「パワーだよー!…なぁんてね!」

 

威力の調整なんてそっちのけのスペルカード戦だってよくあるものだ。お互いに実力が近しいとよくある。

 

「冗談はさて置き。今回の弾幕は威力押さえますからね。お互い怪我しないで終われるくらいがちょうどいいんですけど、いけますよね?」

「うん、大丈夫!早く始めよ?」

「ええ、始めましょうか」

 

お互いに後ろ歩きで十分に距離を取り、わたしはちょうどよく足元に転がっていた石ころを拾い上げる。

 

「スペルカードと被弾は、基本に則って三回ずつにしましょうか。それじゃ、これをわたしとこいしの間あたりに投げ上げます。地面に落ちたら開始、ということで」

「りょうかーい!ワクワクだよドキドキだよ楽しくなってきたよ!」

「わたしも楽しみですよ」

 

右腕を振り上げ、石ころを高く放り投げる。放物線を描きながら上昇を続けるが、やがて失速し、そして落下し始める。意識をこいしへと向け、石ころが地面に落ちたと認識した瞬間に最速から最遅までを十段階に振り分けた直進弾用と追尾弾用の『幻』を各三個ずつ、計六十個展開する。

目の前に迫っている縦に大きく波打つ軌道のハート型の妖力弾を横に跳んで避けつつ、右手に込めた妖力をこいしに投げ付ける。

 

「ほっ――うひゃっ!」

「まだまだいきますよ、っと!」

 

投げ付けた妖力弾をこいしの目の前で爆裂させ、僅かに怯んだ隙に追加で三発投げ付ける。すると、爆裂範囲外へ大きく横っ跳びをして躱された。ま、このくらいは出来るよね。

 

「最初だから範囲は絞るよ」

「え?」

「模倣『マスタースパーク』」

 

半秒足らずで淡い光を放つ右腕から、躱したばかりで僅かに体勢が崩れているこいしへ膨大な妖力を吐き出す。普段の三分の一程度に抑えたマスタースパークは真っ直ぐこいしへと伸びていったが、これも体勢が崩れたまま咄嗟に横に飛ばれて回避された。

 

「うっひゃぁ、凄いなぁ…。これがスペルカード…」

 

慌てて態勢を整えて『幻』から放たれている弾幕を躱しているこいしは、さっきまでマスタースパークが流れていた空間を横目に感嘆の言葉を呟いた。

 

「凄いね!何て言うか、ドッカーン!って感じ!」

「わたしは魅せる弾幕、ってのがどうも苦手なので、代わりに派手な弾幕で誤魔化すんですよ」

「そっか!そんなのもあるんだね!」

 

そう言いながらわたしに小さな妖力弾の弾幕を放ってくる。その妖力弾に僅かな違和感を覚え、警戒していると妖力弾から薔薇が花開く。ふと、風見幽香の弾幕が頭を過ぎる。あれと似たような弾幕だ。…まあ、あんな殺意の塊みたいな威力は当然ないけれど。

わたしの元へ届く頃には薔薇は散り花弁となっている。細かく分かれて襲いかかる弾幕の間をすり抜けながらこいしへと駆け出し、十指に込めた妖力弾を同時に放つ。大きく外側へと曲がっていくが、最終的には今こいしがいる位置に収束する軌道。

 

「よ、っと!」

 

しかし、こいしに大きく後退されて十の妖力弾はお互いに潰し合う。

 

「ここですかさず!本能『イドの――」

「遂に正体を現したな不届き者がぁっ!こいし様に何してるんだい!?」

「――解、…って、お燐?」

 

こいしがスペルカードの宣言をしようとしたその時、お燐さんがわたしとこいしの間に立ち、こいしを守るかのように立ち塞がる。…あの、物凄く邪魔なんだけど…。

とりあえず『幻』を回収し、両手の人差し指を斜めに交差させてスペルカード戦の中断をこいしに伝える。滅茶苦茶不満気な顔をされたけれど、渋々頷いてくれた。

 

「何って…、遊びですけど」

「いーや!あれはあたいを攻撃した時に使ってた技だったね!これはもう言い逃れ出来ないよ!早速さとり様に報告して――」

「ねえお燐」

「こいし様安心してください!今すぐ化けの皮引ん剝い、て…」

 

こいしに呼ばれて振り向いたお燐さんは、こいしの顔を見るとすぐに言葉が止まり、顔色を一気に青くした。何故なら、こいしの顔は誰が見ても分かるくらいに怒り一色だったから。

 

「わたしね、幻香にね、地上で流行ってるっていうとっても面白そうな遊びを教えてもらったんだよ。それはね、命名決闘法案、別名スペルカード戦って言うんだけどね、お互いに弾幕を撃ち合って、魅せ合って、強さと美しさを兼ね備えた方が勝つ、っていう遊びなんだよ。わたしもやってみたくなってね、たくさんたくさんたくさんたくさんたくさん考えてね、やっと遊べる!ってさっきまで胸がドキドキ高鳴ってたんだよ。けどね、今は胸が怒気怒気高鳴ってるんだ。…ねえ、お燐。温かいお茶を飲んでホッと一息吐いているときにさぁ、そのお茶に冷や水をブチ込まれてみなよ。…流石にわたしも、怒っちゃうよ?」

「え、あ、その…」

「はぁ…。流石に擁護出来ないなぁ…」

 

こいしの初陣がこれだと思うと、何とも言えない気分になる。

その後、わたしとはスペルカード戦はそのまま後日に仕切り直しという約束をし、こいしはお燐さんを引き摺って地霊殿へと戻っていった。一体、こいしに何をされてしまうのだろうか…。あまり考えたくない。

…さて、こいしさんを認識出来なくなって思い出せなくなる前に、備忘録を書いておきますか。手頃な大きさの板を一枚創造し『こいしとスペルカード戦をする』という文字を削り取っておく。これで大丈夫だと思いたい。

 


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