東方幻影人   作:藍薔薇

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第276話

へえ…、この登山家が犯人で、普段から愛用している命綱の先端に石を括り付けて振り子の糸として利用したのか。どうりでいつの間にか命綱が無くなっていると思った。頭にぶつけたなら血痕が付着していて、それを放っておいたら殺人に利用したことがバレてしまう可能性がある。だから、証拠となりかねない命綱は焼き芋の落ち葉と一緒に焼却処理した、と。

 

「お燐が貴女とこいしの遊びに横槍を入れたことを聞きました」

 

けど、そもそも殺すならもっと考えてほしいなぁ…。道具を使って罠を仕掛けて、自分がその時間に目撃されることで被害者を殺していないという証明にした――これをアリバイと言うらしい――のはよく分かった。

 

「こいしも相当頭に来ていたようですし、お燐を含めたペット達には多少の注意喚起をしておきました」

 

だけど、石は拾う癖に振り子の糸は自分の持ち物を使用するズレた感覚。命綱は処理するのに石のほうはその辺に投げ捨てるだけという迂闊さ。罠が目的とは違う人に作動する可能性。罠作動後から証拠隠滅までの時間差。秋だからって突然焼き芋の焚き火を準備する不可解な行動。わたしに言えたことではないけれど、色々と言ってやりたいところがある杜撰な計画。

 

「ですが、お燐に全ての非があるわけではなかったのは、彼女の心を読めばよく分かりました」

 

特に言ってやりたいのは、イラつくことを言われて衝動的に殺したと自白したくせに罠を仕掛ける冷静さがあること。その場で首を圧し折るくらいのことをしても何もおかしくないでしょうに、その場では我慢出来る忍耐力。この犯人ってなんだか不思議。

 

「お燐は地上で流行の遊戯である命名決闘法案を知らなかったのです。だから、お燐のことをあまり責めないであげてください」

「え?…ああ、そうですか」

 

さとりさんが執筆したらしい推理小説の感想をまとめ終えたところでちょうどよくさとりさんが話し終えたようなので、パタリと本を閉じる。浅く座っていた椅子から降り、後ろに並んでいる本棚に仕舞う。この本棚に収まっている本の全てがさとりさんが執筆した本というのだから驚きだ。

 

「…あの…、話聞いてましたか?」

「聞いてましたよ。お燐さんが早とちりしただけだから許してください、ってことでしょう?」

「…まあ、そういうことです」

 

そう言われても、実感が湧かない。そのことを責めるなと言われても、そもそもどう責めればいいのか分からない。こいしさんとスペルカード戦をしていたらしいけれど、当然のように思い出せない。そこにお燐さんが乱入して来た、という記憶もない。

あと、もう回収してしまった『こいしとスペルカード戦をする』と削られた板を創ったという記憶はあっても、どうして創ったのか思い出せない。…まあ、これはきっと途中で中断してしまったスペルカード戦を後日やる約束をしたという、わたしからわたしへ伝える備忘録だろう。思い出せなくても自分のことだ、何となく分かる。

 

「それと、駄目出しはそのくらいにしてください…。ちょっと、恥ずかしいです…」

「じゃあどうして書いたんですか…」

「趣味です」

「執筆を趣味にするくらいなら、読書も好きなんですか?」

「ええ。言葉を文字通り読むことで理解する世界ですから」

 

発言も情景描写も心理描写も文字として書かれる世界。心を読む覚妖怪が心を読めない世界。それはわたし達とは違うものに見えるのだろう。

隣の本を引き抜き、椅子に座る。表紙を捲ると早速少女の愛の告白が。しかも二人の少女が一人の少年に。困惑する少年。…ふぅん、少年の奪い合いでも始まるのかな?

 

「…こほん、幻香さん」

「何でしょう?」

 

せっかく読み始めたところで、わざとらしい咳払いをしたさとりさんに声を掛けられた。

 

「こいしが言っていた命名決闘法案、スペルカード戦でしたか?」

「ええ。いつ伝えたかは思い出せませんが、名前は合っていますよ」

「私も興味があるんですよ」

 

興味、ね。それは観戦するという意味なのか、参戦するという意味なのか。

 

「…残念ながら、どちらでもありません」

「あら?」

「いつか旧都の新しい娯楽として浸透させることを検討したい、と思ったんですよ。かなり前に建築物の損壊が著しい、と報告がありましてね。それの緩和に一役買ってくれないか、と」

「無理じゃないですか?人がぶつかるだけで崩れる家ですよ?弾幕で穴がいくつか開けば、自重で柱が折れて壊れるでしょ」

「そうかもしれませんが、喧嘩と賭博ばかりの旧都に新しい娯楽を提供したいのは本当の気持ちですよ」

 

地上では博麗の巫女である博麗霊夢の名と共に発布されたことと、妖怪同士の決闘は小さな幻想郷の崩壊の恐れがあるが、決闘の無い生活は妖怪の力を失ってしまうという明確な理由もあって、割とすぐに流行りの遊びとして幻想郷に広がったけれど…。

地底ではどうなのだろう?古明地さとりの名と共に発布されたとして、喧嘩が常習化しているらしい旧都では倒壊が普通で、喧嘩のない生活はないに等しいのだろう。…流行るのか、これ?

 

「…地上では主に性別、もしくは性格が女性側の方々に流行っているそうですね」

「そうだと思いますよ。少なくとも、わたしは男性がスペルカード戦をしているのを見たことがないです」

「旧都でも女性側に立つ方は下の立場に落ちてしまいがちです。ですから、同じようにその女性側の新しい娯楽として流行り、新しい序列を構成してもらうのもいいかもしれませんね」

「今まで序列の上にいた方から潰されないといいですね。新しいことは受け入れられる可能性と、潰される可能性がどうしても一緒に付いてくる」

 

過去の栄光にいつまでも縋り続ける人がいることを、価値観が変わってしまうことを拒絶する人がいることを、わたしは知っている。そう言う人達を黙らせることが出来るかが問題だ。

 

「…はぁ。最悪、勇儀をこちら側に引き入れる必要がありますね…」

「彼女が受け入れれば、そして上に君臨してくれれば、旧都にスペルカード戦が普及しても潰されることはないでしょう。…ですが、わたしが知っている勇儀さんはこんな生温い決闘を受け入れると思えないんですよねぇ…」

 

萃香は現在の地上の決闘としてスペルカード戦を受け入れたけれど、どうなることやら。

 

「…萃香は受け入れたのですか。なら、もしかしたらどうにかなるかもしれませんね…」

「同じ鬼だから?」

「確かに違う方ですよ。ですが、萃香と勇儀の二人は似た者同士。同じように受け入れてくれるかも…」

「わたしとの決闘の仕切り直しのために受け入れたんですけど」

「…はい?」

 

信じられない、といった風に聞こえるのは何故だろう。

今思い返せば、萃香の複製(にんぎょう)の拳が急に強固になった理由は八雲紫が介入したからだろうなぁ…。わたしが萃香に壊されたくなかったから。あのまま放っておいて心臓でも貫かれれば、あの頃のわたしならそのままお陀仏だっただろうから。

そんなことを考えていると、さとりさんの顔色が悪くなってくる。死に片脚突っ込んだ経験なんてよくあることでしょうに。あまりいい経験じゃないのは認めるけど。

…よし、ここでこのことを思い出すのは打ち切りだ。話を無理にでも戻させてもらいましょう。

 

「ああ、そうだ。分かっていると思いますが、名称は変えてくださいね」

「…ええ、そうですね。そのままだと地上と地底の繋がりの証明になりかねませんから」

「ならよかった。けど、名称は変えるのは当然としても、規則も多少改変したほうがいいでしょう。何もかもが同じままだと、それはかなり怪しいですから」

「では、どう変えるのがいいでしょう?」

「それは貴女が考えてくださいよ。…まあ、簡単なものをいくつか挙げておくなら、スペルカードの名称も変えるとして、その基本数の変更。被弾数も同様に変更。連続被弾防止の有無、もしくは時間の変更。武器の使用の有無、もしくは制限。肉弾戦の使用の有無、もしくは制限。他にもあるでしょうが、規則の全てを変えるのは無理があるでしょう。まあその辺の裁量は貴女に任せますね」

「…考えておきましょう」

 

そうさとりさんが言ったので、最初の最初で止められた読書の続きをする。…うわ、さらに増えたよ少女…。これ、少年も大変だなぁ…。

 


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