「あぁーっつぅーいぃー…。とぉーけぇーるぅー…」
「今年は残暑が厳しいみたいだね」
両脚を君の湖に入れて薄く凍らせているチルノちゃんは、私達と遊んでいるときと同じ妖精なのか疑いたくなるくらいグッタリとしています。そろそろ涼しくなってもいいような気がする頃ですが、まだまだ夏の暑さを感じる時期。私としては特にどうということもないのですが、氷の妖精であるチルノちゃんには相当堪えていますね…。
右手にほんのりと冷気を纏わせ、チルノちゃんの額に当ててあげる。これで少しは楽になってくれたらいいんですけど…。
「あぁー…。ありがとー大ちゃん」
「ふふ、どういたしまして」
「御両人、何してるの?」
今、何処からか声が聞こえたような?気のせい…、ではないですよね。
後ろを振り向くと、そこには青い閉じた瞼のようなものを浮かべた少女がいました。そこにいるはずなのにそこにいないような、そんな不思議な妖怪。声をかけられなければ、私は彼女の存在に気付くこともなかったと思う。
「私はチルノちゃんをちょっと介抱してるだけですよ。そう言う貴女は何をしているんですか?」
「わたし?わたしはね、貴女達に会いに来たんだよ。大妖精ちゃんにチルノちゃん」
「私とチルノちゃんに?」
思わず首を傾げてしまう。少なくとも、私はこの目の前で微笑んでいる妖怪に見覚えがありません。
「チルノちゃん」
「何だよー、大ちゃん」
「グッタリしてるところ悪いけれど、ちょっと起きて」
「分かった、よっと!」
チルノちゃんは勢いよく跳ね上げ、体を起こす。
「それで、アタイに何かあったの?」
「うん。私達に会いに来たんだって」
「え?…え?ん?おー?…誰が?」
キョロキョロと周りを見渡しているけれど、何故か見つけられない様子。…そっか。あの希薄な雰囲気で気付けていないのかも。
「ほら、チルノちゃん。後ろにいるよ」
「後ろ?…あ、いた!」
「ふっふっふー。改めまして、こんにちは」
「こんにちは」
「こんにちは!」
挨拶を済ませると、チルノちゃんとは逆側の隣に腰かけた。
「それで、貴女は私達に何の用ですか?」
「んー、用ってほどじゃないよ。ちょっとお話ししたいなぁ、って思ったんだ」
「そうなんですか?」
「そっか!ならたくさん話そう!」
チルノちゃんがさっきまでのグッタリを吹き飛ばし、元気よく答えてくれた。それにしても、お話しですか。話題が何か決まっていないですから、まず何から話せばいいでしょうか…。
「まずはさ、名前教えてよ。名前!」
「わたしの名前?」
そう少し悩んでいると、チルノちゃんはすぐに話を広げてくれた。
「そう!教えてくれないかな?」
「あー、んー、どうしよっかなぁ…。…うん、
「のぞみだな!よろしく!」
「うん、よろしくー」
言い淀むほどおかしな名前ではないと思いますが…。何故でしょう。似合わない…じゃなくて、なんていうか、その、少し違うような気がします。
そんな違和感を拭えずに悶々としていると、希望さんは次の話題を告げた。
「あのさ、わたしってちょっと色々と疎いんだよね。そこでさ、ここでよくやる遊びについて教えてほしいなぁ、って」
「遊びですか。それならやっぱりス――」
「弾幕ごっこ!」
チルノちゃんと台詞が被ってしまいましたけれど、ほとんど同じことなので気にしません。
「児戯っぽい雰囲気あるけど、ちょっと物騒な名前だね。どんな遊び?」
「弾幕撃って、弾幕避けて、スペルカード宣言して、勝敗を決める!」
「うん、スペルカード戦だね。別の人達もそう言ってたから、本当に流行ってるんだ」
「ええ、とても流行っていますね。…私はあまり得意ではありませんが」
スペルカードをいくつか増やしたと言っても、まだまだ調整不足。それに、そもそも私は争い事をあまり好まないですから。…まぁ、そうは言っていられないことがあることもよく分かっています。ですから、せめて私が足手まといにならない程度には出来るようになっておこうとは思います。
「それじゃあのぞみ!アタイと勝負しよっ!」
「あはは、ごめんね。わたしは最初に遊ぼうって決めてる人がいるの。まぁ、約束みたいな?だから、その勝負は受けられないかな」
「むぅ…。それって誰?」
「んー、わたしの大切で大切な友達」
「そっか。友達との約束ならしょうがないな!」
そう言ってチルノちゃんは笑い、希望さんも微笑んでいる。けれど、希望さんの微笑みに何処か影が見えました。
「けどね、まだわたしも遊ぶために色々考えてるの。そこでね、貴女達が遊んで特に強かった人について教えてくれないかな?出来れば参考にしたいんだ」
けれど、それが気のせいであったかのように明るく振る舞う。その姿が少しばかり小さく見えた。
「アタイが勝負して強いと思ったのはたくさんいるよ!」
「私はあまり勝負はしていませんが、見ていてこの方は強いな、と思った方なら」
「そっか。例えば?」
頭に思い浮かべる方々の中で、特に印象に残っている方を数人選び抜く。
「霊夢でしょ、魔理沙でしょ、それとリグルも最近強くなってるよ。あとは、まどかかなー」
「そうですね。チルノちゃんの言う通り、霊夢さんも魔理沙さんもとても強い方ですし、リグルちゃんはとっても努力していますから。あとは、一度だけですか妹紅さんと萃香さんの勝負はとても素晴らしかったですね。…それと、やっぱりまどかさんは外せませんよね」
「萃香?」
「知ってるんですか?」
「…ううん。今年は食べてなかったなー、って思っただけ」
名前の読みが同じでも、萃香さんと西瓜ではあまりにもかけ離れています。
「それで、その人達はどんなスペルカードを使ってたか説明出来そう?」
「アタイ説明とか難しいの苦手!大ちゃん任せた!」
「わ、私!?はぁ…。もう、チルノちゃんったら…」
口であれらを説明するのがどれだけ難しいだろうか…。決して容易ではない。それに、参考にすると言っていたから、明らかに出来なさそうなものは省かないといけませんよね。
「そうですね…。まずは魔理沙さんの恋符『マスタースパーク』ですね。膨大な魔力を直接放つ大技ですよ」
「魔理沙がよく使うんだ!たくさんあるけど何が違うのかアタイには分かんないけど!」
「マスタースパーク…。うん、そっか」
指で地面に描くことで、少しでも分かりやすくしたつもりですが、その反応はどこか上の空。
「あの、何か足りないことがあったら教えてくださいね」
「…うん、大丈夫だよ。次は?」
「次は霊夢さんの霊符『夢想封印』。強力な霊力を私達に誘導させてきます」
「あれ、当たると痛いんだよなー!」
「ふむふむ…」
私が描いたものを今度は見てくれているのは嬉しいのですが、そんなにジックリと見られると少し恥ずかしいです…。
「次はリグルちゃんの隠蟲『永夜蟄居』。口で説明するのは難しいんですが、とっても綺麗なんですよ」
「リグルの全力なんだよなー。ま、アタイは最強だから大丈夫だけど!」
「チルノちゃん、すぐスペルカードぶつけるんだから…」
「んー、打ち消すのもあり、と」
私が頑張って少しでもその綺麗さを伝えようと、頭に残っているその弾幕の動きを指を動かしていくけれど、途中で希望さんに止められてしまいました。その目が次を促していたので、私はすぐに指を止めることにしました。
「次は妹紅さんの不死『火の鳥―鳳翼天翔―』。炎で鳥を模して放つんです」
「炎で?あー、わたしには無理かも」
「あ、そうですか…。それだと、私が知る萃香さんのスペルカードも無理そうですね…」
「うん、そうだね」
肯定されたので、最後に残されたまどかさんのスペルカードを思い浮かべる。いくつも見せてもらいましたけれど、私が一番印象に残っているスペルカードは…。
「最後に、まどかさんの複製『巨木の鉄槌』。なんでも、近くにある大木を自らの妖力で複製しているそうなんです。それを投げ付ける豪快なものですよ」
「初めて見たときはすっごく驚いた!」
「複製。…そっか、複製ね。うん」
そう言って満足げに微笑むと、希望さんはスクッと立ち上がった。
「いろいろ教えてくれてありがとね。出来るかどうかは置いておいて、参考になったよ」
「そうですか?それならよかったです」
「それじゃあね。またいつかとか」
「またなー!のぞみー!」
チルノちゃんは大きく手を振り、希望さんは右手を軽く振ってくれた。そして、あの希薄な雰囲気がさらに薄くなっていき、ほとんど何も感じなくなった頃に木陰へと消えていった。
「チルノちゃん。元気に腕を振るっているけれど、どうしたの?」
「あれ?…えーと、あれ?」
私の素朴な疑問にチルノちゃんは腕を止め、大きく首を傾げる。そして、そのまま体を倒してグッタリとしてしまう。
「うがぁー…、暑いぃー…」
「そうだね。けど、あともう少しで涼しくなるよ」
「大ちゃんがそう言うなら信じるー」