蒸し暑かった夏はすでに過ぎ去り、少し肌寒くなってきた。魔法の森は変わらず緑が生い茂っているが、森を出れば、葉は赤や黄色に染まっているものもある。幻想郷はもう秋になって半ばだ。わたしが里に入らないと決めてからもう二ヶ月くらい経っただろうか…?時間の感覚が曖昧だ。慧音が家に訪れたのは、確か八回だから合っていると思う。
今では、魔法の森でのんびり過ごし、近くに生っている果実を採ったり飛んでいる鳥を撃ち落として食べたり、一週間に一度来る慧音や気まぐれで来る妹紅さんと話したりしている。たまに、紅魔館に行くと昼間はパチュリーとボードゲームをし――チェスと言うらしい。戦歴は五戦五敗となっている。悔しい――、夜にはフランさんとスペルカード戦で遊んだり――これも五戦五敗。だが、完封はされていない――した。霧の湖では妖精達とスペルカード戦や鬼ごっこなどで遊んだりした。やること特にないかなーと考えたら、スペルカードのアイデアを形に出来るかどうかを試している。しかし、なかなか上手くいくものは見つからない。
この前、新月を見て急に霧の湖のヌシの話を思い出して霧の湖に飛んで行った。あの光景は、今でも鮮明に思い出せるほど幻想的だった。あのヌシは今でも霧の湖の何処かを悠々と泳いでいるのだろうか?
今日もいつものようにのんびりと時間が過ぎるのを待っていたら、扉を叩く音が響いてきた。慧音が来る日は明後日の予定だし、妹紅さんは扉を叩かない。一体誰だろう…?
「どなたです?」
「こんにちは」
丁寧にお辞儀をされた。どうやら、紅魔館で働く妖精メイドさんのようだ。その手には何枚かの封筒がある。
「レミリアお嬢様主催のパーティーの招待状を届けに来ました」
「パーティー…?何の?そもそもどうして?」
「外の世界には十月三十一日にハロウィンと呼ばれる祭りがあるそうで、それを知ったお嬢様が突然やると言い出したため急遽開催することになりました」
レミリアさん…、外の世界の祭りをどうやって知ったかは知らないけれど、三十一日なんてもう一週間もないよ…。
「詳細についてはその招待状に書かれていますので、よく確認しておいてください。また、開催日まで紅魔館への立ち入りを原則禁止するとのことです。ご注意ください」
「わざわざありがとね。お邪魔させてもらうから」
「ぜひ、来てください。それでは」
そう言って急いで帰って行った。中に戻って封筒を開き、招待状に書かれていることを確認する。
ふむ、開催日はやっぱり十月三十一日。時間は日が沈んでから。場所は紅魔館で、入館するときにこの招待状を門番、つまり紅美鈴さんに見せる、と。服装は仮装…?仮装って何だろう…。同行者は二人まで可。下の方に二か所名前を書く欄があり、そこに同行者の名前を書くよう書かれていた。二人なら、慧音と妹紅さんがいいかな。
…あ、別の紙に仮装について説明がある。えーと、仮装とは別のものに成りきること。例えば、人間が背中に作り物の翼を付けて鳥人や、それらしい服装を着て魔術師や呪術師など。頭部に付け耳を付けるのもよい。その他、様々な仮装の例が絵と共に載っている。最後には『可愛らしいものから本格的なものまでどんなものでもOK!アッと驚くものを期待しています!』と書かれていた。ふむ、どんなのがいいだろうか…。
◆
太陽が頂点を過ぎ、僅かに降りてきた頃、扉の叩く音が聞こえてきた。今日は慧音が来る日だ。
「こんにちは」
「おう、こんにちは。元気にしてたか?」
「いつものように元気ですよ。あ、そうだ。今日は聞きたいことがあるんですよ。ささ、中に入ってください」
とりあえず中に入れて、この前渡された招待状を見せる。
「慧音は三十一日の夜って空いてます?」
「ん?寺子屋の授業は日が沈む前には終わるから空いてるぞ?」
「じゃあ、一緒に紅魔館に行きましょうよ!ほらほら、これ読んで!」
「分かったから近すぎだ、読めない」
おっといけない。あと少しで顔に思い切り付いちゃうところだった。これは複製じゃないんだから、大切に扱わないと。
慧音に手渡すと、すぐに目を通し始めた。するとすぐに、服装のところを指差して見せてきた。
「この仮装ってなんだ?具体的にどんなのをすればいいか分からないんだが」
「あっ、ちょっと待ってください」
もう一枚の紙も手渡すと、それを読んですぐに得心がいったようだ。そして、何処からか取り出した鉛筆で同行者の空欄に『上白沢慧音』と記した。
「ふむ、大体分かった。同行者のもう一人はどうするんだ?妹紅でも呼ぶか?」
「そのつもりです」
「そうか。じゃあ帰ったら妹紅にこの話をしておくから」
「分かりました。ちょっと紙返してください」
慧音から招待状と仮装説明の紙を受け取り、二枚ずつ複製する。
「慧音と妹紅さんの分です。渡しておいてください」
「こういう時お前の能力は便利だと思うよ」
「…もうちょっといい使い方ないですかねえ?」
「さあな。それくらい自分で考えろ」
厳しい。しかし、わたしの能力なんだから自分で考えないといけないのも事実だろう。
「さて、この話はこのくらいにしておくとして、何か無くなりそうな調味料はないか?」
「あー、たしか醤油が残り少なかったですね」
「よし、じゃあ来週…じゃないか。三十一日に持ってくるな」
そう言って慧音は出ていった。さて、わたしはどんな仮装をするか考えないと…。
◆
残念ながらわたしは裁縫がほとんど出来ない。具体的に言うと、慧音に「仮縫いか?それにしては曲がりすぎだぞ?」と言われたくらいだ。ちゃんと縫ってたつもりなのに…。まあ、服装なんて誰かのを複製すればいいし、古くなったりぼろくなったら回収して、またいつか再複製してきたからしょうがない。だから、簡単そうな被り物にすることにした。仮装の例にもカボチャをくり貫いたものを被っていた絵があったので、それらしいものを被ったらいいかなと思う。
というわけで、汚れてもいい服に着替えてから被り物にする予定のやつを今探している。保険のために仕留めてから複製したい。やり直しが利いた方がいい。
地表ギリギリを滑るように飛んで探すこと数分。
「…見つけた」
生えている茸を貪り食っている。どうやらこちらには気づいていないようだ。しかし、あの茸って有害じゃなかったっけ…?耐性でもあるのだろうか。
焦げ茶色の丸っこい胴体に短めの四本脚。しかし、あの短さからは想像も出来ないほどの速度で突進してくる。牙が生えているから、きっと雄だろう。探し物である猪だ。大きさもちょうど良さそうだ。
人差し指の先に妖力弾を作る。着弾したら破裂する性質がいいだろうか?
普段は脳の部分を撃ち抜くのだが、その脳がある頭部を被り物に使うのだ。頭部に傷は付けたくない。というか、普段通りだと頭部の大半が吹き飛ぶ。なので、狙うのは胴体。即死するかどうかは微妙だが…。いっそのこと、頭部を残して全部吹き飛ばすか…?いや、妖力をどのくらい込めればいいか分からないからやめておこう。まあ、全部とは言わないけれど、大半吹き飛べばいいや。
いつもより多めに込めて発射。プギー、と情けない断末魔を上げながら胴体の右半分が吹き飛び、絶命した。
「よし、まあ成功かな?」
近づいてから猪の状態を見てみて、頭部が吹き飛んでいないのでホッとした。さて、家に帰ってから被り物を作ろう。誰かに盗られたら悲しいからね。
◆
さて、家に持っていく間に勝手に血抜きも完了したし、早速作ろうかな。
とりあえず、猪を複製する。猪の被り物を作るわけだが、右手の表面に意識を集中する。今は、右手に触れた部分だけを回収する状態だ。わざわざ意識しないと出来ない還元法なんかを使うくらいなら、意識せずに全部還元できる方がいいから普段使うことはない。
まずは、頭を入れるための穴を顎の下に作る。そして、内側に顔が入るような空間を作る。一度頭を入れて確かめる。うーん、ちょっと狭い。鼻が痛い…。
細部を含めて上手く回収していき、視界を確保するための小さな穴を作る。が、穴が非常に目立つ。しょうがないから、残った胴体の複製から毛を拝借し、上手く隠す。
最後に後頭部の切断面を隠すために、胴体の皮膚で覆う。そして、下手くそなりに気を付けて縫い合わせる。
よし、完成だ。さて、パーティーが楽しみだなあ…。慧音と妹紅さんはどんな仮装をしてくるだろう。気になる。