東方幻影人   作:藍薔薇

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第291話

「サニー、起きなさーい」

「んぁー…。ぉっしゃ―…、ちるのにかったぞぉー…」

 

夢の中がサニーがチルノに勝利したみたいだけど、一体何で勝ったのかしら。スペルカード戦だとすれば、それこそ夢の話だ。

それよりも、今日は昨夜にサニーが朝早くに三人で遊びに出掛ける、って宣言していたのに未だに起きないことのほうが重大な問題だ。

 

「…はぁ。ルナ、濡れ布巾ある?」

「…ちょっと、待っててッとと!あわぁ!」

 

すると間もなく下の階からビタンと倒れる音が響き渡る。サニーはお寝坊さん。ルナはすぐこける。相変わらずねぇ、二人とも…。

 

「で、ででで…出たぁーっ!」

 

けど、今日はどうやら少し違うらしい。一体誰かしら?少なくとも生き物ではないと思う。なにせ、私の能力に反応が一切なかったのだから。ルナの見間違いかもしれないわね。

 

「ん、んー…?なにがぁー?」

「あ、サニー、おはよう。もうとっくに日は昇ってるわよ」

「え?…うわ!本当だ!ヤバッ!…って、それよりも今はルナ!何があったのー!?」

 

ルナの大声で目覚めてくれたのは、手間がかからなくて嬉しい限り。寝間着のままドタバタと慌てて下へ駆け出すサニーを追って、私もルナの元へ向かう。

 

「…苦っ。うへぇ、何これ?」

 

…どうやらルナの見間違いではなく、私の能力で感知することが出来ない妖怪だったらしい。ここまで近付いても、目の前でコーヒーを片手に持った緑髪の妖怪の気配を探ることが一切出来ていないのだから。

そう言いながらももう一度口にして無理矢理飲み干したらしい妖怪は、空になったマグカップを置いてから私達二人と目を合わせた。

 

「おっはよーう!いやぁ、貴女達も探すのに随分時間掛かっちゃった!気付いたら落ち葉一杯冬一歩手前、って感じになっちゃったし。いい加減急がないと寒いんだよね。けど、全員に会うまで戻りたくないからなー」

「…え?えっと、貴女は私達を探してたの?」

「そうだよ?そう言ったじゃん。まさか大樹の中に住んでるとは、いやはや驚き驚き」

 

そう言いながらパチパチと拍手をしてくれる。そんな風にされるようなことではないと思うのだけど。

そんなことを考えていると、サニーは目の前の妖怪にビシッと指差しながら質問を繰り出した。

 

「まずさ、貴女って何処の誰?」

「わたし?ちょっと下の方から上がってきた妖怪で、名前は確か匿名(とくな)希望(のぞみ)だったはずだよ」

「はず、って…」

 

それに、下の方とは酷く曖昧な…。

 

「とりあえず、上着でも着ますか?」

「別にいいよ。返せなくなるから」

「構いませんよ?一枚くらい」

「あっはっはー、せっかくの厚意に甘えたいところだけど、ちょっと無理かなぁ。その代わりに、何か温かいものでも一緒に食べたいな」

「…?まあ、これから朝食ですからいいですけど…」

 

時期的には少し早いかもしれないけれど、かなり寒くなってきたから昨夜私達三人で一緒に食べたお鍋の残り汁にご飯、刻んだ茸と根菜を投入し、味付けに味噌を加えて温める。あとは煮詰まるのを待つだけ。簡単な雑炊の完成だ。

 

「…そ、それで、希望さんは私達に何があって来たんですか?」

「『禍』について知ってる人に会いに回ってるんだ。地上ではいい話を聞かないからね。気になってしょうがないんだよ」

「あのー、そのー、もうさ、封印されちゃったんだよ?いくら訊いても意味ってなくない?」

「封印されたから、だよ。されてなければ直接会えばいいし、それより何より、わたしは他の人から見た姿に興味があるから」

「それを訊いて、貴女は何がしたいのかしら?」

「訊くことが目的だからねぇ。知りたいだけなんだよ、わたしは」

 

幻香さんのことを知りたいだけ、か。そう言われても、どう話せばいいのか難しい人だ。

話す内容をまとめるために腕を組んで考えていると、気付いたら隣にルナがやって来ていて、改めてコーヒーを淹れていた。独特の香りが部屋に漂い始める。

 

「それじゃ、私からね。幻香さんはとっても強い人だよ。大きな樹を片手で投げれるし、たくさんの妖力を手から出して攻撃出来るし、蛇のヌシも仕留めちゃう」

「へぇ、意外と力持ちだったんだね。それに、たくさんの妖力かぁ。…ふむ、その蛇のヌシって、どのくらい大きいのかな?もしかして、貴女を丸呑み出来るくらい大きかったり?」

「そうなんだよ!本当は私達が捕獲しようと思ってたんだけどね、返り討ちにされちゃってからもう一度行くまでに仕留められちゃった。美味しかったから別に構わないけどね!」

「わたしも食べてみたかったなぁ、その蛇のヌシ。残ってたりしない?」

「ないよ、ごめんね。とっくの昔に食べ切っちゃった」

 

確かに、調理された蛇のヌシはとても美味しかった。けれど、あれをもう一度食べたいか、と訊かれたらどうなんだろう?私は普通の蛇肉でも十分に美味しく食べられるから、そちらで構わないと思っている。あんなのとまた戦うなんて、私はごめんだ。

淹れ直したコーヒーを飲んでいたルナが、サニーの話が終わったところでマグカップを音を立てて置いた。普段ならこんなに大きな音を立てないから、きっとわざとだろう。

 

「…ふぅ。次は、私。幻香さんは、文々。新聞に大きく分けて四回載ったことがあるの」

「新聞?…あー、あれね。うん、思い出した」

「えっと、一回目はフランさんとのスペルカード戦のこと。…まぁ、あれは嘘混じりだったけど」

「…新聞で嘘ってどうなの?」

「あれはそういう新聞で、別に気にしなければ読んでて楽しいから。それに、誇大表現は読む分には面白いだけだし。…それで、二回目は、その、…人里の人間達からの襲撃を返り討ちにしたこと。八十五人重軽傷、一人死亡…」

「殺したんだね」

「うん、殺した…。三回目は、…また人里の人間達からの襲撃を返り討ちにしたこと。四十五人重傷、九人死亡…」

「多いね」

「うん、多いよ。重傷者も、前と比べても酷い怪我だったみたいだし。腕とか脚を失った人もいたから。…それで、最後は、…封印されたこと。人里では第二次紅霧異変、って呼ばれていて、その異変の末に、博麗の巫女によって封印されたってことが書かれてる」

「…うん、そっか。それで、貴女はどう思ってるの?」

「自分がやった悪いことを私達が訊けば隠さずに、塞ぎかかっていた傷を抉じ開けるように見せられる。…そんな辛い人だよ。私と比べるなんてふざけていると思うけど、何倍も、何十倍も、何百倍も辛いことがあって、それを平気な顔を浮かべたつもりで背負ってた。…平気なわけ、ないのに」

「…それは、痛そうだね。心が壊れてないのが不思議なくらい。…わたしと違って」

 

人間達の歪んだ見方から来る悪意を受けていることを言えば、周りが同じように歪んでいれば真っ当だと答えた幻香さん。その時の顔は、諦めの表情だった。もうどうにも出来ない、って諦めた顔。その表情は、見ていてとても痛々しかった。

グツグツと泡を立てて煮立ってきた鍋とお玉、四人分の小皿と木製の匙をお盆に乗せて持っていく。そして、白い湯気をあげる雑炊を小皿に分けて配る。

 

「いただきまーす!」

「…いただきます」

「いっただっきまーす!」

「いただきます。さて、最後は私ね。食べながらで構わないから。私から見た幻香さんは、とても不思議な人。見た目も不思議、能力も不思議、考えていることも不思議、人脈も不思議、どうしてあんなに恨まれているのか不思議。…とにかく不思議がたくさんよ」

「ふーっ、ふーっ。…そっか」

「見た目は誰から見ても同じで不思議。能力はポンッと何かを創り出すものでとっても不思議。どうしてそういう結果に辿り着けるのか、どうしてすぐに決断出来るのか、私にはサッパリ分からなくて不思議。私達妖精に妖怪、加えて人間、半人半獣、魔法使い、吸血鬼、鬼と狭いのか広いのかよく分からない不思議な人脈。…そして、勝手な思い込みと運のなさで気付いたら恨まれている不思議。…そんな感じかしら」

「熱っ、…んぐ。…そうみたいだね」

 

当然だけど、私達とは明らかに違う。本当に分からないことだらけな人だった。

 

「この雑炊、温かくて美味しいね」

「ありがと」

「スターお代わり!」

「そのくらい自分でやって」

「…食後にコーヒー、飲む?」

「私はいらないかなー。苦いし!」

「淹れてくれるなら飲むけど」

「あれってコーヒーって言うの?もう飲んだしいいや。苦いし」

 

そんなことを話していたら、希望さんは空になった小皿を置き、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ごちそうさま。これで数日は動ける気がするよ。ありがとね」

「え、もう行っちゃうの?」

「ごめんね。長くい過ぎたら迷惑だと思うから」

「…そんなことないです」

「…あっはっはー。わたしにとって面倒なんだよ、ルナちゃん。それじゃあね」

「え、あ、はい。さようなら…」

 

ルナの別れの挨拶を背に扉を開くと、冷たい風が吹き込んでくる。そんな中を希望さんは両腕を広げて駆け出していった。その姿はどんどん小さくなっていき、遂には見えなくなってしまった。

 

「…寒っ」

 

ブルリと寒さに震えながら、気付いたら開いていた扉を閉める。もしかして、この扉の建て付けが悪くなったのかしら?そう思いながらバシバシと扉を叩くけれど、外れる様子はない。…不思議ね。

 

「よーし!朝食も食べたし、早速出掛けるぞー!」

「ええ、そうね。けどサニー、その前に食器を片付けてからよ」

「…着替えてくるから、あとは任せた!」

「…スター、コーヒー淹れたよ」

「あら、ありがと」

 

ルナに手渡されたマグカップから漂う香りを楽しんでから一口。…苦い。けど、癖になる味。

ふと机に目を遣ると、何故か小皿と匙が四つあることに気が付いた。…これは洗い物が増えてしまう、じゃなくて、どうして四人分?私とサニーとルナと、あと一人。誰だろう?…あれ?そんな人いたかしら?…けど、なら、どうして…。…あぁ、きっとサニーが大食いだから二皿も食べたのね。お代わりするくらいだもの。うん、きっとそうよ。

 

「逃げたサニーは後で背中に冷水三滴の刑ね」

 

コーヒーを片手に小皿を重ねながら、そんなことを小さく呟いた。人に洗い物を全て任せるんだから、このくらいはいいでしょう?

 


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