東方幻影人   作:藍薔薇

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第292話

「…よし、こんなもんか」

 

昨夜からずっと続けていた研究の結果を魔導書、もとい手記に書き留めていく。残念ながら、今回の研究結果はあまりいいと言えるものではなかった。だが、成功だろうと失敗だろうと関係なく無差別に書き留める。極稀に現れる魔法らしい結果を求めて、ただひたすら試行錯誤を繰り返す。今までだってそうだった。これからだってそうだろう。

 

「…あー、寒っ」

 

防寒具を着たり、厚めの手袋を着けたりしているが、どうしても肌を露出してしまう顔に空気が突き刺さる。雪は降っていないが、もう冬と言ってもいい季節だろう。

けれど、あの時とかと比べればまだマシだと頭の片隅で考えている自分がいる。例えば春雪異変は、春が一向に訪れずに長い間冬を過ごす羽目になった。例えば第二次紅霧異変は、極寒の部屋で防寒具なしのスペルカード戦をする羽目になった。今は時季外れではないし、気温も汗が瞬時に凍るほどじゃない。

外に出て徹夜明けにはキツい日の光を浴びながら、柄の先に籠を一つ引っ掛けてから箒に跨る。あのまま寝てしまってもよかったのかもしれないが、今日は何となくアリスの家で温まりながら紅茶でも飲みたいと思った。だから、私はゆっくりとした低空飛行で家を飛び出した。

道中でよさげな茸を拾いながら飛んでいくこと十数分。相変わらず大量の人形が庭にも屋根にも置かれているアリスの家に到着した。

 

「『やぁ朱音。どうしたんだいその髪は?』『見てくれよ白歌。まるで月の光を溶かし込んだようだろう?』『はっはっは!それじゃあまるで米俵だぜ!』『おいおい、褒めても何も出ませんことよ?』」

「…誰だお前」

 

そのまま扉を開けると、見たことのない妖怪がアリスの人形を両手に持って陳腐な人形劇をして遊んでいた。魔法の森に迷い込んだ人がいたら保護をしている、とアリスが言っていたことを思い出し、迷い込んだんだろうなと察する。

 

「アリス!魔理沙さんがお邪魔しに来たぜ?」

「あら魔理沙。今日は一体何の用?」

 

奥の方からアリスの声が聞こえてきた。パタリと本を閉める音を聞いてから、その問いに答える。

 

「いや、特にないな。紅茶を飲みに来たくらいだ」

「…はぁ。ま、別に構わないわよ。一人で暇してたし」

「あ?一人?」

 

その言葉に違和感を覚える。

 

「…なあ、それなら目の前にいるこの妖怪は何だ?」

「妖怪?誰のことよ。幻惑作用のある茸でも食べた?」

「食ってない。いいからちょっとこっち来いよ!」

「あー、はいはい。ちょっと待ってなさい…」

 

アリスは呆れ声でそう言って少し待つと、ようやくアリスが出てきた。そして、私は指で人形劇をし続けている妖怪を指差す。

 

「『これを御覧なさい!髪の毛ですのよこれ全部!』『私は今まで色んなところを旅してきたわ!けど、こんな奇抜な髪型は一度だって目にしたことがございません!』」

「…誰よ、この子」

 

目を向けたアリスの第一声はそれだった。アリスの人形の髪型は特段弄られている様子はないのだが、目の前の妖怪の頭の中ではまるで米俵のような髪型ということになっているのだろう。どうしてそんなことを思い付いたのかサッパリ分からん。

 

「『この髪型は――』…ん?あ、お邪魔してます」

「え…、えぇ。別に構わないわよ。ところで、何処のどなたかしら?」

「わたし?ちょっと下の方から来た妖怪だよ」

 

人形劇を途中で切り上げた妖怪は、使っていた人形を片付けていく。それを横目にアリスが小声で私に耳打ちしてきた。

 

「…最近、庭の人形の数体に生物探知機能を取り付けたのよ。貴女が来た、とまでは分からないけれど、誰かが庭に侵入したら家の中の人形が反応する感じ」

「…パチュリーの大図書館にも似たようなのがあるが、あんなもんか?」

「…それを参考にして私なりに作ってみたのよ。けど、ここ数日反応なし」

「はぁ?じゃあこいつは何なんだよ?」

「…私が知りたいわよ」

「ねぇねぇ、何話してるの?わたし、気になります」

「おわっ!気にすんな!大したことじゃねぇから!な、アリス!?」

「え?え、えぇ…、そうね。気にしなくていいわ」

「ふぅーん、そっか」

 

話し込んでいる間に片付け終えたらしい妖怪が、気付いたら私達の目の前まで寄って来ていた。確かに話し合っていたけれど、流石に目の前にまで来られて気付かないほど熱中していたわけじゃない。それなのに、話しかけられるまで目の前にいたことに気付かないなんてことがあるか?

 

「それよりね、わたしは目的があってここに来たのです。聞いてくれますか?」

「あ、あぁ、別に構わないが…」

「なら、紅茶を淹れて来るわね」

「それならわたしの話をちゃんと聞いててね?」

 

アリスが部屋を出ると、妖怪はそう言って見送った。そして机の椅子に座る。私も向かい側に腰を下ろした。

 

「わたしはね、第二次紅霧異変に興味があるんだ。具体的には、それを起こした『禍』と呼ばれた妖怪についてだね。いやぁ、噂を聞いてると凄いねぇ本当に。何か嫌なことがあればすぐに『『禍』が鼻で嗤う』んだって。それだけ嫌われていて、恨まれていて、恐れられている。そんな『禍』にわたしは興味があるんだよ。一体どんな性格で、どんな考え方を持っていて、どんなことをしてきて、どんなことを仕出かしたのか。わたしは気になってしょうがないんだよ。分かる?分かってほしいなぁ。ねえ、貴女達は第二次紅霧異変の解決者の一人でしょう?だったら、『禍』について少しは知っているでしょう?だからさ、わたしにちょっと教えてほしいの。聞かせてくれたら嬉しいな。聞かせてくれないと悲しいな。ねえ、どうなの?教えてくれる?教えてくれない?」

「お…、おう。教える教える。だからそんな捲し立てるなよ」

「…紅茶、淹れたわよ。たくさん喋る子ね」

「あっはっはー。喋らないと気にしてくれないでしょ?」

 

アリスは紅茶を私達の前に置いてから私の隣の席に座るのを見てから、改めて目の前の妖怪を観察する。緑髪で黒い鍔付き帽子を被り、胸元に閉じた瞳を思わせるもの浮かばせている妖怪。特に気になるのは、目の前にいるにもかかわらずまるで気付けないと思わせる希薄な雰囲気。さっきだってそうだった。アリスの索敵機能人形に反応しないし、アリス自身も気付かなかった。それが不思議でたまらない。

 

「ま、そんなのはどうでもいいんだよ。『禍』について、どっちから教えてくれるの?」

「それなら私から。『禍』に関しては、人里から捕獲もしくは討伐してほしいと頼まれたことがあるわね」

「私もあるぜ。気味悪いからとか魂削りだからとか色々言われてな」

「へー、やっぱり嫌われてるねぇ」

 

うんうん、と納得して頷いている。…まあ、嫌われたから嫌われるようなことを仕返したようなんだがな。

 

「けれど、私に対して特に何かしてくる様子もなかったし、放っておくことにした。…けれど、私は彼女に対して少し嫉妬していたのよ。魔理沙が語っていたことでね」

「私がか?」

「ええ。貴女、前に言ったでしょう?『目の前に私達を出して動かし始めた』って。…これでもね、私の魔術はそう簡単に出来るものじゃないつもりよ。それなのに、いきなり現れた妖怪が似たようなことをしたと言われて少し、ね。…私個人としてはこの程度よ。第二次紅霧異変はパチュリーと話していたら終わっていたから、そちらは魔理沙に訊いてちょうだい」

 

そうアリスが締め括ると、目の前の妖怪が期待に満ちた目で私を見てきた。口にはしていないが、早く早くと催促しているのがよく伝わってくる。目は口ほどに、というやつか。

 

「『禍』…、あー、幻香でいいか?」

「別にいいよ。幻香って呼ばれていたことは別の人から聞いたから」

「そうか。幻香はな、天才だよ。むかつくぐらいな。ちょっと派手な技のやり方を教えたら、翌日にはやってた。…初めてだった頃の私なんかよりよっぽど強いのをな。素人丸出しだったスペルカード戦も、ちょっと経てば人並み以上になっていた。…そして最後に、異変を起こして霊夢を呼び出して、自ら望んで封印されやがった。まったく、ふざけたそっくりヤローさ」

「いやぁ、ふざけてるねぇ…。本当に」

 

少し温くなってしまった紅茶を一気に飲み干し、続きを語る。

 

「人里の人間達からはこれ以上ないくらい嫌われて、時には襲撃してきた人間を返り討ちにした。…最初に襲撃を受けたときは、突然飛び出してきた子供の包丁に刺された状態でな」

「痛そうだねぇ」

「終わったらすぐに倒れたよ。ま、その時は途中でやって来た幻香の友人に連れてかれたけどな」

 

確か、藤原妹紅という白髪の少女だったはずだ。おそらく人間だが、炎の妖術を扱える。

 

「あとは、そうだな…。幻香とは一度異変を一緒に解決しに行ったことがある。春雪異変って呼ばれてる、春になっても冬が続いた異変だ」

「知ってる。寒そうだよね」

「寒そうじゃなくて寒かったんだよ。最後に幻香は私達を先へ行かせるために相手の一人を足止めして終わったな。あとになってみれば、助かったよ」

 

何せ、一緒に行けば春を回収されて西行妖が満開になっていたかもしれないのだから。

 

「それで、お前が気にしてる第二次紅霧異変は、私も妖精五人とスペルカード戦してる間に終わってたからなぁ…。詳しく知りたいなら、幻香に協力した連中か霊夢に訊いたほうが早いんじゃないか?」

「…そっか。残念」

 

見るからに落ち込んだ様子になったが、紅茶を一気飲みしたら笑顔に戻った。…何だ、こいつ。

そして、突然空になったカップを持って立ち上がった。

 

「ありがとね、教えてくれて。それじゃあね」

「おいおい、話聞いたらそれでさよならか?」

「そうだよ?」

 

そう即答され、厨房へと歩いていく。そちらに目を遣ると、軽く水洗いをしてからすぐに見えなくなった。遠ざかる足音が止まり、窓を開ける音が聞こえたと思ったら、それ以降奥から何も聞こえなくなった。

突然、冷たい空気が足元に流れてくる。せっかく紅茶を飲みながら温まりに来たっていうのに…。

 

「なあ、アリス。窓でも開けてるのか?」

「え?…んー、そう、ね。換気よ、換気。すぐ閉めるわね」

「それなら紅茶のお代わりくれよ。窓は私が閉めるからさ」

「そう?なら任せるわね」

 

そう言ってもう既に温くなっているだろう紅茶を飲み干してから、何故か首を傾げながらアリスは立ち上がり、私のティーカップと一緒に厨房へと向かう。その後ろを私は付いていき、そのまま奥へと向かう。そして、全開になっている窓から空を一度眺め、誰もいないな、と思いながらゆっくりと閉める。厨房に戻ると、また首を傾げているアリスが見ている濡れたティーカップがやけに気になった。

 


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