東方幻影人   作:藍薔薇

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第298話

地霊殿の入り口前に腰を下ろし、白い息を吐きながら目を瞑り『碑』発動。すぐに原子量12、電子数6の炭素原子を頭に形作る。そして『碑』を解除。改めて炭素を思い浮かべれば、すぐさま原子量12、電子数6の炭素原子が出てくる。これを各原子で繰り返しやれば、致命的弱点であった創造までの時間を一気に短縮することが出来る。ゆくゆくは原子から分子へ刻み込む情報を増やしていく予定だ。

それに加え、単純な球体や立方体、ナイフや槍などの使い勝手のよさそうな形も刻み込むことでわたしに出来る幅が大きく広がってくれる。そうなってどうなるかと問われたら困るけれども。

 

「待たせて悪かったね」

「いえ、気にしないでいいですよ。貴女には貴女の仕事があったのでしょう?」

「今からやることがあたいの仕事だよ。これはちょっと服を選んでたら遅れちゃってね」

「服、ですか。…うん、似合ってると思いますよ。色合いとか」

「…無理して褒めなくていいよ」

 

いや、同じのを着てみたいくらいには似合っていると思っているんだけども…。モコモコとしていてとても温かそうだし。

 

「さ、行くよ」

「はーい」

 

ザクザクと雪の上を歩くお燐さんの背を追い、足跡をピッタリ合わせていく。

 

「にしても、今更旧都に行ってわたしは何をすればいいんでしょうねぇ…」

「さとり様は改めて顔合わせさせるつもりだってさ」

「同じ容姿で片付くでしょうに」

「それでもさ」

 

さとりさんに叩き起こされたと思ったら、旧都に行ってほしいから入り口前で待っててほしいとお願いされてこれである。特にこれと言って予定はなかったから別に構わなかったけれども。

 

「こうして貴女と出掛けてから言うのも悪いと思いますが、こいしじゃ駄目だったんですか?」

「あたいを選んだのはさとり様だよ。文句言わないでほしいね。…まあ、こいし様だと都合が悪かったんだ。諦めな」

「無意識だから?」

「違う。さとり様やこいし様の前だと態度が変わるから。それに比べてあたいは距離が近い、って理由で選んだってさ」

「ふぅむ、出来るだけありのままに近い地底の方々に会わせたい、と」

「出来ることなら一人で行かせたかったみたいだよ。けど、一人で行ったら多少襲撃されたんだろう?だからあたいが間に立ってほしいとさ。…あたいはいらないと思ったんだけどねぇ」

「最初から致命的に印象最悪な地上の妖怪の間に貴女が一人挟まった程度じゃ大して変わらないから?」

「いやいや、傷一つなく帰ってきたから」

 

…まぁ、確かに勇儀さんに会いに行ったときにちょっとだけあったけれども。碌に傷付くこともなかったけれども。

それにしても、思ったより寒いな…。指先が冷えてきちゃったよ。複製創造のときに邪魔になりそうだからとか、攻撃の際に邪魔になりそうだからとか、そんなこと考えずに厚手の手袋着けてくればよかった。

 

「お、そろそろかね」

「みたいですねぇ。さて、どうなると思いますか?」

「お触れはあたいも広めたし、勇儀さんも協力してくれたからそこまで悲観的に考えなくていいと思うけど」

「そっか。ならよかった」

 

旧都の街並みが見え始め、屋根の上の雪を落としている妖怪がチラホラと見え始める。…あ、あの家潰れてる。雪の重さに耐えられなかったらしい。

 

「…あん?」

 

周りを見渡していると、一人の鬼と目が合った。多分わたしを投げ飛ばした鬼だと思う。さてどうしたものか、と考えていると、彼は屋根の上から直接わたしの真横に跳んできた。跳ねる雪から顔を素手で守りつつ、前を歩いているお燐さんを見遣る。…いや、そんな呆けた顔しないで早く間に立ってくださいよ。

 

「おう、地上の」

「…一応、鏡宮幻香という名があるんですが」

「知ってるさ。姐さんが言ってたからな」

「ならよかった。…で、貴方は急に何の用ですか?」

 

そう問いかけると、突然頭を下げられた。

 

「悪かった。あん時投げ飛ばしたこと」

「…それは、わたしがさとりさんに保護されたからですか?勇儀さんに言われたからですか?」

「それもある。だが、あんたが俺達の居場所をまた奪おうとしてるわけじゃない、って分かったからな」

 

さとりさんの書斎に置かれていた書斎の一つに、旧都の歴史が記されているものがあった。その書籍曰く、鬼達が地上から旧地獄へ下りて旧都を造り出したそもそもの理由は、人間達に嫌気が差したからだとか、領土を奪われたからだとか、様々な原因が渦巻いていていたかららしい。きっとこの鬼は奪われた者なのだろう。

 

「…もう、頭を上げてください。貴女がわたしなんかにその頭を下げるべきじゃない」

「…そうかい、地上の。それじゃ、気を付けろよ」

「だから名前…」

 

そう言うと、わたしの言葉の対する返事もなく元の屋根へと跳んでいってしまった。

 

「…ま、いっか」

「だから言ったでしょ?」

「信じる前に動いてほしかったんですが…」

「う。…次は動くから」

 

再び歩き出したお燐さんに付いていき、旧都を歩き回る。すれ違うたびにお燐さんは軽く挨拶をし、わたしは不思議なものを見る目で見られるが、いつものことなので受け流していく。極一部露骨に殺意の籠った視線もあるが、それもしょうがないので気にしないことにする。

 

「気分はどうだい?」

「特には。強いて言えば寒い」

「なら、何か温かいものでも食うかい?」

「…わたしお金ないんですけど」

「そのくらい奢ったげるから」

 

非常に申し訳ないと思いながら、躊躇いもなく一つのお店の中に入っていくお燐さんの後を追う。潜った暖簾には找みたいなものの払いから下に伸びている文字と平仮名のむに非常に似た文字が書かれていたけれど、これは蕎麦と呼んだはずだ。

 

「十割蕎麦二つね」

「はいよ。…そっちのは噂の奴かい?」

「そうだね。ほら、挨拶」

「こんにちは。地上の妖怪の鏡宮幻香です」

 

その言葉で店の中に一瞬ざわめきが起こるが、すぐに蕎麦を啜る音で一杯になる。お燐さんからお金を受け取った店主さんが蕎麦を茹で始め、待っている間に周りの話し声を聞いてみる。…うん、わたしのこと話してるね。けど、不穏な単語はなさそう。

そんなことをしながら静かに蕎麦が出来上がるのを待っていると、外からバギャア、と古くなった木材を突き破る音が聞こえてきた。瞬間、蕎麦を食べていた客のほとんどが蕎麦を置いて外へと駆け出していく。

 

「…もったいないなぁ」

「あはは…。終わればすぐに戻って食べるから」

「奪われる心配は?」

「そうなれば新しい喧嘩と賭博が起こるだけさ。ほらよ、十割蕎麦だ」

「お、今日も美味そうだね。いただきます」

「ありがとうございます。いただきます」

 

誰かが殴り合う音と応援とも野次とも言える騒がしい声を聞きながら蕎麦を啜る。…うん、美味しい。今度こういう麺類の作り方も調べてみようかな。うどんとか、時期は真逆だけども冷や麦とか。

食べ終わる頃には賭博が終わったようで、客がゾロゾロと戻って来る。表情が上向きなのは賭けに勝って、下向きなのは賭けに負けたのだろう。一部は負けても気にせず笑っているかもしれないけども。

 

「ごちそうさまです」

「おう、また来いよ。地上の」

「名前…、いや、もういいや」

 

わたしは地上の妖怪なのだし。そういう全員にわざわざ名前を強要する必要もないか。面倒臭いから諦めたとも言う。

お店を出てすぐに、見るからにボロボロな大柄の妖怪がわたしの前を横切っていった。吹っ掛けたのか吹っ掛けられたのか、どちらかは知らないけれど、きっと喧嘩で負けてしまった妖怪だろう。血を流し、ところどころの肌が赤黒く変色してしまってとても痛そうだ。と言っても、わたしに何か出来るわけでもなさそうなので、無言で見送る。

その痛々しい背中が離れたところで、横で待ってくれていたお燐さんに訊ねる。

 

「次、何処に行くんですか?」

「いや、特に決めてないよ。さとり様には好きに旧都を回ってほしい、って頼まれたからね」

「なんだ、決まった道を歩いてるのかと」

「何処か行きたいところでもあるのかい?」

「んー、そうだなぁ…。賭博場ってあります?」

「あるにはあるけど、勇気あるね」

「人が多そうだからね。ちょっと遊びたい、ってのもあるけど」

 

そう言って笑うと、お燐さんは肩を竦めてから歩き出した。

 


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