十月三十一日。つまり、レミリアさんが主催するハロウィンパーティーなるものが紅魔館で行われる日だ。日没にはまだ早いが、そろそろ来てもいい頃だと思う。
そんなことを考えていたら、扉を叩く音が響いた。
「こんにちは。ちょっと仕事が残ってしまってな、遅くなった」
「よう、元気そうだな」
「こんにちは、慧音、妹紅さん」
扉を開くと予想通り、慧音と妹紅さんがいた。
「慧音はちゃんと仮装してますね」
「ああ、これはな、この前里で見かけた魔法使いの服を参考にしてみたんだ。まあ、こんな時くらいしか着る気にはなれんがな」
「似合ってますよ、ちゃんと」
慧音の仮装は、黒いドレスに白いエプロンを着て、頭には大きな黒い三角帽が乗っている。うん、どう見ても霧雨さんだ。里で見た魔法使いって霧雨さんでしょ。
対して妹紅さんは仮装をしていない。いつもの服装だ。何でだろう?
「妹紅さん、仮装しないんですか?」
「いちいち作るの面倒だったからな、代わりになりそうなの考えてきた。紙に『驚くものを期待』って書かれてたし大丈夫だろ」
「何をやるんですか…?」
「ん?秘密だ秘密」
そう言いながら招待状に名前を記した。それを見てから招待状をポケットにしまい、猪の被り物を抱えて飛び上がる。
「さあ、行きましょうか」
「おい、なんだその猪は…」
「まさかそれ被るつもりなのか…?」
いいじゃん、これしか思いつかなかったんだから。
◆
「こんばんは、美鈴さん」
「幻香さんですか。今日ここに来たということは招待状を受け取っているはずでしょう?見せてくださいな」
「はいどうぞー」
額にお札のようなものを張り付けた美鈴さんに招待状を手渡し、一読してから後ろにいる二人に目を向けた。
「えーと、同行者は上白沢慧音さんと藤原妹紅さんでよろしいですか?」
「うむ。私が上白沢慧音だ」
「妹紅だ。よろしく」
「…妹紅さん、仮装することがパーティーの参加条件なんですが、どのような仮装を?」
まあ、慧音は仮装説明の紙にもあった魔女として見られているのだろうし、わたしは猪の頭を抱えているから大丈夫と判断されたのだろう。しかし、妹紅さんは仮装していないと判断されたようだ。まあ、そりゃそうだよね。
「ん?ああそうだったそうだった。ほれ」
「ちょっ!熱い熱い!」
軽い一言と共に妹紅さんが真っ赤に燃え上がった。慧音はやることが分かっていたかのように、既に離れていた。確かに驚いたけれど、大丈夫なのかな…?
「どうだ?狐火とか人間松明とかで」
「紅魔館が火事になってしまいそうなのでやめていただきたいのですが…」
「えー、これしか考えてなかったんだが…」
炎を消しつつ思案顔になった妹紅さん。ここままだと参加できなかったりするのかも…。なら、今から仮装させればいいじゃない。
えーと、何かいいのは…。お、紅魔館の庭を飛んでいる白髪の妖精メイドさんが丁度良く頭に猫の白い付け耳を付けてる。これなら多分上手くいくはず。…うん、出来た。
「妹紅さん、代わりにこれでも」
「ん?おー、これなら化け猫で通りそうだな」
「それならいいですよ。ハロウィンパーティーへようこそ!」
そう言いながら美鈴さんが門を開けてくれた。ふう、何とかなったかな。猪の頭を被りながら門をくぐる。
「幻香、本当に被るのか…。視界はちゃんと確保してあるのか?」
「え?ちゃんと穴空いてますから大丈夫ですよ。どうです慧音、猪突猛進乙女とかよさそうじゃないですか?」
「……それは流石にやめておけ」
◆
「うわー、いっぱいだなー」
紅魔館には既に何十人と集まっていた。軽く見渡してみるが、ほとんど知らない人だった。
あ、霊夢さんと霧雨さんだ。あれ?霧雨さんはそのまんま魔女でいいとして、霊夢さん仮装してない…。仮装しなくてもよかったんだ…。その二人は犬の耳を付けた咲夜さんとワイングラスを片手にお話をしているようだ。どんな話をしているんだろう?まあいいや、どうでも。
部屋には多くのお菓子や料理が並べられてあるが、正直言って知らないものばかりだ。今見えるもので分かるものだと、飴、ケーキ、クッキー、果物、パン、薄切りの肉、鳥の丸焼き、サラダくらいかな?もしかしたら他にも知ってるのがあるかもしれないけれど。
「ふむ、なかなか面白そうじゃないか」
「おい慧音、どれもこれも美味そうな料理じゃないか?それに洋酒が置いてあったぞ。一緒に飲もうや」
「はぁ、明日は仕事だからあまり飲ませるなよ?…悪いな幻香。ちょっと付き合ってくるから一人で回っててくれ」
「はーい」
妹紅さんが慧音を引っ張って行き、一緒にお酒を飲みに行ってしまった。慧音はわたしがお酒は飲んだことないので遠慮することを知っているので、すぐに別行動を提案してくれた。感謝しています。
とりあえず、歩き回ることにした。顔や腕などに包帯を巻いていたり、顔を白く塗っていたり、つけ耳を付けていたり、特徴的な服装をしている人達がわたし、というよりも猪の被り物を見てギョッとしていた。まあ、気にしない。しかし、わたしのように被り物をしている人がほとんどいない。見た限り、カボチャを被ってる人が一人だけだ。
そのまま歩いていると、見たことのある氷のような羽が見えた。チルノちゃんだ。近くには大ちゃんとミスティアさん、黒いロングスカートに赤いリボンを付けた金髪の子とマントを付けた緑色の髪の毛の蛍みたいな子がいた。知らない子が二人いるが、きっとこの子達がルーミアとリグルという子だろう。全員頭にそれぞれの服の色に合った三角帽をかぶっている。
「おーい、チルノちゃん達ー!」
「誰…、ぎゃあ!」
「だ、大丈夫チルノちゃん!?」
「うわー、猪女だよー」
「アレ、チルノの知り合いなのか?」
「この声何処かで聞いたような?」
あ、猪の頭のまま話しかけないほうが良かったかも。チルノちゃん、大ちゃんの背中に隠れちゃったし。しかし、蛍の子。人を指差しちゃいけませんよ。わたし妖怪ですが。とりあえず、顔が見える程度まで被り物を上げる。
「ん…?おー!まどかじゃんか!」
「ちょっとチルノちゃん!落ち着いて!こんばんはまどかさん」
「へー、この人が幻香って言うのかー」
「前言ってたチルノの友達か。よろしく」
「あ、幻香さんじゃないですか」
「こんばんは、チルノちゃん、大ちゃん、ミスティアさん。そして初めまして、ルーミアちゃん、リグルちゃん」
そう言いながら二人と握手をする。
「うーん、本当にそっくりだねー」
「なんか鏡に向かって話してるみたいで落ち着かないなあ…」
「ふふ、よく言われますよ」
そう言えば、どっちがルーミアちゃんでどっちがリグルちゃんか知らない。霧の湖で遊んだ時にいつも会えなかったのが不思議でならない。が、霊夢さんが闇の妖怪と呼んでいたほうがルーミアちゃんのはずだ。黒い服を着ているのだし、間の抜けた声で喋っているほうがルーミアちゃんだろう。もう片方は闇というより蛍って感じだ。
それにしても、五人来ているということは、わたしと同じ種類なら招待状を二枚以上受け取っていることになる。誰が貰ったんだろう?
「そういえば、招待状は誰が貰ったんです?チルノちゃんと大ちゃんかな?」
「いえ、チルノちゃんじゃなくてミスティアちゃんが」
「そうそう!あー、えっとねー、あの騒動の前に咲夜っていう人が屋台に来てね、八目鰻をまとめ買いしてお持ち帰りしたんだよ。それが美味しかったからってお礼で呼ばれたの」
「へえ、咲夜さんがねえ」
もう二ヶ月くらい前のことだが、そのことを覚えていて招待状を受け取ったらしい。紅魔館から出かけていくのはほとんどが咲夜さんだから、咲夜さんの持ち帰ったものがレミリアさんを喜ばせたのだろう。その持ち帰ったものの関係者が呼ばれているのだろう。もしかしたら、そういう些細な感謝も全部込めてこのパーティーを行っているのかもしれない。
ん?ということは八目鰻ってあの里の夏祭りで買ったってことだよね?八目鰻だけ買うなんてことはないだろうから、他の里の人が呼ばれている可能性があるのではないか?まあ、紅魔館という吸血鬼の住処に行く人はあまりいないだろうから、あまり考えなくてもいいかもしれないが、一応頭の隅にでも置いておこう。
「けどさあ、呼ばれたのはいいけれど、あれはちょっと許せないなあ!」
そう言いながらミスティアさんが指さしたのは鳥の丸焼き。うん、焼き鳥屋撲滅とかいうくらいだし、鳥肉嫌いなのかな?いや、夜雀という種族だからか。
「あの七面鳥だって健気に生きてたのに――」
「ねえねえ」
「はい?」
「ミスティアのお話長くなりそうだからさー、幻香のこと聞かせてよー」
「え?あ、はいルーミアちゃん」
「お、どうせだから私にも聞かせてよ」
突然肩を叩かれたと思ったら、わたしのお話を求められた。名前呼んだけれど、間違っていると指摘されなかったから合っていたのだろう。つまり、残った蛍の子はリグルちゃんということだ。
といっても、わたしのお話なんて特に面白い事なんかない。目指していることもなければ生きている目的もなく、ただただその場の考えで流されているようなそうでないような曖昧な生活をしているだけの妖怪だ。唯一話せそうなものは、里の人間共に見つかったら処刑されそうだということくらいだ。こんなことを話しても面白くないだろう。
「うーん、わたしのお話って特に面白い事ないよ?」
「へー、そーなのかー」
「そっか。なら今度弾幕ごっこで遊ぼうよ。チルノが言ってたよ?全然勝てないから目標にしてるって」
「ハハハ、いいですよ。わたし、負けませんから」
リグルちゃんとのスペルカード戦の約束が出来た。ついでだし、ルーミアちゃんにも聞いてみたら「やるやるー」と言われた。
「――ってことなんだよ!分かった!?」
「あっはい分かりましたー。さ、皆でお菓子でも料理でも食べに行こ?」
ごめんね、全く聞いてなかった。