東方幻影人   作:藍薔薇

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第301話

店の壁をブチ抜いた大穴から出つつ、改めてわたしが吹き飛ばした雪の上に倒れている妖怪を見遣る。筋肉質で異形な部位は見当たらず、容姿は人間に非常に近い。ただ、明らかに大きい。頭三つ分くらい大きいんじゃないかな。

さてどうしたものか、と攻め手を模索していると、後ろから肩を叩かれた。警戒しつつ振り向くと、物凄く複雑そうな顔を浮かべるお燐さんだった。

 

「…何か?」

「もう止めても遅いから言っとく。この喧嘩、殺しちゃ駄目。あと、武器とか道具とかは使わずに肉体だけでやるんだからね。これも暗黙の了解だけど、破ったら袋叩きだよ」

「何の問題もないね。最初からそのつもり」

 

袋叩き、ねぇ。やろうと思えば、その場を切り抜けることくらい出来るだろう。けれど、それをすれば後々にまで引き摺る羽目になる。それはとても面倒だ。わたし自身にとってもそうだし、さとりさん達にも迷惑をかけてしまいそうだ。

それに、わたしは好きなだけ武器を創り出して戦おうと思えば戦うことが出来る。緋々色金の魔法陣を使って大炎上させることだって出来る。けれど、そんな小細工で勝っても意味がない。飽くまでわたしの存在を見せることも目的なのだから。わたしがどこまで出来るのかを知らしめるためなのだから。

 

「あ、そうだ。お燐さんはどっちに賭けます?」

「…さぁね。とっとと戻りな」

 

わたしの問いは誤魔化されてしまったけれど、たしかにお燐さんの言う通りだ。相手は起き上がったみたいだし、さっさと戻るとしましょう。

周りを見渡すと、この喧嘩で賭博をするつもりの妖怪達で溢れている。賭博場にいた妖怪達全員よりも多い気がするけれど、それは路上を歩いていた妖怪もいるからだろう。少し耳を澄ませば、数字と金属板の音が聞こえてくる。三十人くらいの声を聞いてみると、わたしに賭けている人はどうやら少ないようで、大体三倍くらい数に差がある。金額は五から二十くらいを賭けているみたいで、高いのだと三十くらいかな。

軽く体を伸ばし、これから始まる戦闘に備える。その傍らで、目の前でわたしを睨み付ける彼に一つ声を掛けてみることにした。

 

「気分はどうですか?」

「んだとイカサマ野郎ッ!」

「アハッ、昂ってますねぇ。何かいいことでもあったのかい?」

「決まってんだろうがッ!てめぇをぶっ潰せばそれで済むんだよォ…ッ!」

「それはめでたい。それじゃ、せいぜい頑張ってくださいな」

 

それだけ言い切って、長く細い息を吐く。体から無駄な力を抜いていき、腕をダラリと落とした自然体を取る。すると、身体が一気に切り替わるのを感じる。わたしにとって必要な情報のみが拾われ、それ以外の情報が全て切り捨てられていく感覚。

最初に殴ってきたのは貴方だし、先手は譲るよ。

 

「だらアッ!」

 

ただし、そこから先は知らないけどね。

 

「そらっ」

 

顔面一直線に伸びる拳を屈んで躱し、曲げた膝を伸ばして突撃し懐に一撃目の肘、少し上に二撃目の左拳、脇腹に三撃目の左脚を軽く叩き込む。

 

「よっと」

「ッ!」

 

体が傾いている隙に足を払い、再び雪に倒してやる。顔から落ちたけれど、幸い雪があって衝撃はほとんどないようだ。

 

「くそがッ」

「…ふぅん」

 

わたしを見上げる彼は怒りに歪んでいるけれど、彼を見下ろすわたしは特にどうとも思わない。当たり前だけど期待以下だ。妹紅には掠りもしないし、フランには届かないし、萃香には遠く及ばないし、風見幽香には歯牙にもかけてもらえなさそう。

 

「立ってよ。それとも、そうやって地面に這い蹲るのが貴方の趣味?」

「んだとゴラアァッ!」

 

わたしの軽い挑発に過敏に反応し、起き上がりながら突撃するという、なんとも強引で無謀な行動。無茶苦茶に出鱈目に振り回される両腕を外側へ払い、がら空きになったその顔を膝で蹴り上げる。

 

「ふッ!」

「ヴ…ッ!?」

 

軽く仰け反った腹に真っ直ぐと脚を突き刺し、思い切り吹き飛ばす。…あ、まずい。その先にいる妖怪達は躱そうとしたように動いた人もいたけれど、あの状況で躱せるはずもなく、数人を巻き込んでしまった。…やってしまった。

観戦していた妖怪達を巻き込んでしまい、少し申し訳ない気分になる。けれど、そんなことはよくあることのようで、巻き込まれた妖怪達は慣れた動きで立ち上がりつつ彼を数人がかりで持ち上げ、わたしの前へ投げ飛ばした。ボスリと雪の上に落とされた彼は慌てて起き上がったけれど、その体がガタガタと震えている。普通なら寒さが原因だと言いたいけれど、この状況ではそれだけ原因ではないことくらい分かる。

 

「て、めぇ…。ブッ殺してやる…ッ」

 

震える唇を開いていったその言葉は、わたしにはどうにも安っぽく聞こえてしまう。脅しのつもりかもしれないけれど、それはつまらないよ。貴方が本当に殺したことがあるとしても、それはわたしも同じだから。

 

「殺すつもりなら、殺されることを覚悟しているかい?」

「必要ねぇなァ…。これからてめぇは負けて死ぬんだからよオオォォォオーッ!」

 

そう吠えながら打ち出した拳を、わたしは正面から掴み取る。ググ…、と僅かに押されるけれど、そこまで。驚愕で目が見開かれるけれど、どうしてそんなに驚かれるのかわたしには分からない。

いくら体が大きくても、そんな体ではまともな力を出せていない。こんな攻撃、避けるまでもない。…まぁ、予想より強ければ『紅』発動するだけでいい。そうすれば、最初のときみたいに軽く吹き飛ばせる。

 

「わたしは弱いけどさぁ。…貴方はもっと弱いね」

 

そう言ってやると、さっき殺すと言っていたのがまるで嘘のように、その目の光が一気に曇る。…終わったね。

 

「たかが銅板を六百枚出せばそれで済んだのに」

「ぐ…ッ!は、離せこらァ…ッ!離せっつってんだろオッ!」

「嫌だね」

 

無理矢理引き出したような悲鳴にも似た言葉を断る。理由があれば離してやるけれど、もうまともに戦えないだろう貴方との勝負を長引かせるつもりはない。

掴んだ拳を思い切り引き、もう片手で肘の辺りを掴み取る。わたしが引っ張ったせいで前のめりになった彼の足を浮かし、わたしは体を反転させて背を向ける。そのまま腕を肩で担いだまま引っ張り、地面に叩き付ける。最後に顔面を全力で踏み砕き、意識を完全に刈り取る。足を離してやると、その顔は歯がバキボキに折れてしまっているけれど、知ったことではない。

 

「そのおめでたい頭、とっても愉快な顔になったねぇ…。アハハッ!」

 

わたしはピクリとも動かなくなった敗北者を見下ろし、嗤ってやった。

一瞬の静寂。そして、突き破るような大絶叫。ハッキリ言ってうるさい。見たことのない妖怪が賭け金の配分に駆け回っているけれど、わたしは人壁をすり抜けたり押し退けたりしながら、その先へと突き進んでいく。どれだけのお金が動いたかなんて、今はどうでもいい。

 

「ちょっと!」

 

まだ半ばあたり、と思ったところでお燐さんに声を掛けられ、足を止めた。

 

「何処行くんだい!?」

「店の中。ちょっと確認したいことがあるから」

「はいぃ!?確に――は、八十三!?それは凄い…じゃなくて!」

 

お燐さんの横を抜け、そのままどうにか人壁を抜ける。その先にあった大穴を通り、誰もいない賭博場を歩いていく。そして、さっきまで賭博をしていたところを眺める。親が最後に出したピンゾロ。その賽子を手に取ると、ザラザラとした感触がする。軽く引っ張ると、僅かな抵抗を感じる。そして、その賽子の周りにも小さな針山が複数出来ていた。

わたしは、その賽子とその周りに引き寄せられた砂鉄を回収する。

 

「…うん、やっぱり磁石仕込み。イカサマは、バレたらああなるんだよね?」

 


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