東方幻影人   作:藍薔薇

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第304話

何か手伝ったほうがいいだろうか、と考えたけれど、勝手に手を出しても邪魔にしかならなさそうだと思い、近くに椅子を一つ創って待つことにした。椅子というよりも、ただの切り株モドキなのだけども。

 

「勇儀さん、あれに何の用があるんですか?」

「ちょっと地上に上がった萃香の事を聞こうと思ってな。楽しんではいるらしいけど、やっぱ気になるんだよ」

「萃香さんねぇ…。元気にしてるのかな」

「してるだろ。少なくとも、簡単に死ぬような奴じゃないさ」

 

勇儀さんが楔を捻じ込んだり、ヤマメさんが蜘蛛の糸で建材を固定したりすることで、手早く家が造られていく。これだけ早く造れるからあんな風に簡単に壊してしまえるのか、あんな風に簡単に壊れてしまうからこれだけ早く造ることが出来るのか…。うん、どちらでも構わないな。

ボーッと何もせず待つのも癪なので、特に理由もなく弾幕を発射しないただその場に浮かぶだけの『幻』を展開する。案の定六十個を超えたあたりで違和感を覚えるけれど、気にせず増やしていく。そして、勝手に消え始める目安である三倍、百八十個を維持してみる。少し待っても消える気配はない。

 

「…何やってんの?」

「『幻』負荷耐久訓練」

「何それ?よく分かんない」

 

ヤマメさんに問われたので正直に答えたけれど、怪訝そうな顔を浮かべただけであった。まぁ、急に『幻』と言われても分からないよね…。負荷耐久と言うだけあって、これだけ多いとあまりいい気分ではない。何と言うか、頭の中がザワザワする。けれど、これに慣れておいた方がいい時が来るかもしれない。負荷には慣れておくべきだから。

手袋自体が冷えてきたころになって、真新しい家が完成した。どんな妖怪が住むのだろうかとちょっと考えたけれど、大柄な妖怪が住むには少し狭いと感じる一軒家だと思った。

 

「よし、完成だな」

「それじゃ、私は彼女に完成したことを伝えてきますね」

「おう、ありがとな」

 

どうやら女性らしい。椅子を回収して立ち上がると、ヤマメさんにそれじゃあね、とすれ違い際に言われた。咄嗟にそれでは、と呟いたけれども、伝わったかどうか微妙なところかな…。

とりあえず『幻』を回収すると、違和感が払拭される。んー、わたしもまだまだだなぁ。これがいつか普通になればいいのに。

 

「さて、ここじゃ寒いだろ?付いて来いよ」

「そうですね」

 

そう勇儀さんに言われ、大人しく付いて行く。そして、あの鬼達がたむろしていた屋敷に辿り着いた。扉を潜り、奥へとお邪魔させてもらう。

 

「よし、ここならいいだろ。酒呑むか?」

「いえ、遠慮します」

「だろうな。ま、勝手に呑ませてもらうけど」

 

酒で満たされた一升瓶の蓋を開け、赤い盃にドポドポと注いでいく。

 

「ちょいと気になったんだが、あんたはどうして呑まないんだい?」

「あー…、大した理由じゃないんですよ。前に鬼殺しを一気呑みしてぶっ倒れたんで、それ以来二度と呑まないと心に刻み込んでたようでして」

「鬼殺しなぁ…。私でも度が過ぎれば潰れるんだよな、あれは。流石鬼殺し。その名に恥じない名酒だ」

「わたしにとっては名酒も雑酒も関係ないですけどね」

 

どちらにせよ呑まないのだし。他の人がどれだけ美味しそうに呑んでいても、わたしは呑みたくない。ちょっとした精神的外傷(トラウマ)と言えるものだ。

 

「それじゃ、早速だが――」

「その前に悪いんですが、わたしの用事を済ませてからでいいですか?」

「あん?別に構わないが、長くなるか、それ?」

「貴女の返答次第。弾幕遊戯、って知ってますか?」

「知ってる。さとりがペットを通じて新しい娯楽として広めようとしてる奴だろ?あれ、あんたが考えた奴だろ」

「…いいえ、考えたのはさとりさんですよ」

「嘘だな。あいつは現状維持が出来ても、革新的変更が出来ないような奴だよ。こんな爆弾を投下出来るような奴じゃない」

 

…そうだったんだ。結構融通の利く人だと思うんだけど。もしかしたら、かなり無理をさせてしまっているのかもしれない。…いや、もうさせてるか。主に空間把握と創造で。

 

「そう言われても、実際規則を考えたのはさとりさんで、広げているのもさとりさんなんだ。わたしは最初にちょっと手を貸しただけで、これからもちょっと手を貸すんです」

「はぁーん、ちょっと、ね」

「えぇ、ちょっと、です。それで、後日わたしとこいしがその弾幕遊戯を旧都でお披露目することになってるんですよね」

「へぇ、あんたがねぇ。それで、私に何が言いたい?」

「その時、貴女にはその場にいてほしい。見ているだけでいいんですよ。今後も触れてくれるなら、さらにいい」

「…それ、さとりからか?」

「いいえ、わたしからです」

 

さとりさんは、最悪こちら側に引き入れる必要がる、と言っただけで強制するつもりはなさそうであった。だから、これはわたしが個人的に伝えたかったこと。

黙って盃を空にした勇儀さんは、ふぅ…、と細い息を吐いた。

 

「…ま、暇だったらな。その先は知らん」

「ありがとうございます。わたしの用事はこれだけですから、あとは萃香の話でも――」

「その前に私からも一つあるんだよ」

 

そう言われたけれど、わたしは首を捻ってしまう。わたし、何かしたっけ?

 

「この前の賭博場、盛大にやってくれたな」

「あー、それですか。どうです?地上の妖怪、鏡宮幻香は旧都に知れ渡りましたか?」

「あぁ、知れ渡ったよ。話を聞くとかなり痛快だったみたいじゃないか。ま、私は穴を塞いだだけなんだが」

「ならよかった。で、わたしに言いたいことは?」

「やり過ぎだ」

「さとりさんにも言われました」

「そうか。なら話は早い。踏み出すなとは言わないが、踏み外すなよ」

「よく分かりました」

 

一枚の丸い銅板を取り出して見下ろしつつ答える。まあ、わたしにとってはただの金属板の増減でも、彼らにとっては大いに価値のあるものの増減なのだ。万で数ヶ月暮らせるらしいし。ほとんど返したとはいえ、その場で損失した彼にとっては辛かっただろう。イカサマしてまで取り返そうとしたんだし。

まぁ、あの時はイカサマされたからイカサマし返したんだけど。どうしても勝ちたかったし。空気を複製して転がる賽子を止め、ピンゾロにした。あんな磁石仕込みとは違って、証拠なんて残らない。

 

「さて、今度こそ萃香の話でもしましょうか」

「ああ、そうだな。聞かせてくれよ、地上の話」

 

それからは、私が覚えている限りの話をした。妖霧の異変、三日置きの宴会、その目的と結末。新しい友人達。わたしとのささやかでつまらない決闘、鮮やかで新しい決闘。食材を食い荒らし、酒を呑み散らかしたこと。髪の毛の色抜きをしたこと。わたしの家に勝手にいたこと。妹紅の家を建てる手伝いをしたこと。わたしに起きた異変。わたしのためにやってくれたこと。そして、わたしが地上で最後に起こした茶番劇。たくさん話した。時系列は滅茶苦茶で、順番なんかどうでもよかった。それでも、話せるだけ話した。勇儀さんは、ただただ酒を呑みながら聞いていた。

思い付くだけ話し尽くし、一息吐いたところで、勇儀さんはコトリと盃を置いた。

 

「…ふぅ。萃香は、楽しそうだな。私としては、その妹紅って人間に興味があるな」

「強いですよ、彼女」

「あんたから見て、私とどっちが強い?」

「貴女でしょうね。けど、勝敗はどうなるかな…。試合なら勝てても、死合なら勝てないかと」

「へぇ…。会ってみたかったな、そいつ」

「…そうですね。わたしも、ぜひ会わせてみたいですよ」

 

それからも思い付いた話をひたすら駄弁り続けていた。ヤマメさんが言っていたように、少しは仲良く出来ているだろうか?そんなことを頭の片隅に思いながら、ほんの少しだけ地上のことを思った。

 


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