東方幻影人   作:藍薔薇

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第306話

パルスィさんに改めて歓迎され、心中ひそかに喜びを味わいながら地霊殿へとコッソリ帰還する。それなりに長い間旧都にぶらついていたことになるし、道中に面倒なことを吹っ掛けられたくないので周囲の妖怪達の視線に極力入らないよう行動したから余計に遅くなってしまったけれど、まあこのくらいなら構わないだろう。数ヶ月に比べれば軽い軽い。…自分で言っちゃいけない言葉な気がするけれど、まぁいっか。

 

「…ただいま、と。…ふぅ」

 

急いで自分の部屋に戻り、誰もいないのにそんなことを言ってから一息吐く。与えられた部屋とはいえ、やっぱりここは落ち着く。そして、頭の中でこれからしたいことを軽く思い出す。細々としたことはたくさんあるけれど、特に需要なものだけを並べていくことにする。

まず、霊夢さんの夢想天生対策。これが出来れば地上へ舞い戻ってもいいくらいだ。…ま、そんな簡単に出来たら苦労しないよ。『碑』の件で行き詰ったときに、とにかく自分が覚えていること全部を洗い出す過程で、霊夢さんの記憶を粗方思い返した。そのとき改めて把握したことだけど、彼女自身どうしてそんなことが出来ているのか分かっていないようだった。これが天賦の才ってやつか…。羨ましい限りだ。

次に、新しいスペルカード、もとい切札。具体的には、禁忌「フォーオブアカインド」を参考に、鏡符「二重存在」、もしくは鏡符「多重存在」を改変し、複製(にんぎょう)に弾幕を撃たせる。『幻』とは勝手が違うようで、どうにも妖力弾の調節が難しい。距離が離れているからか、それとも完全に切り離しているからか…。原因究明を放っておきたくはないけれど、今はそれよりも出来るようになること。このままでは、後日行われるこいしとの弾幕遊戯で使える切札が少な過ぎる。鏡符「幽体離脱」をそう何度も使うのはあまり美しいとは言えない気がするし。

他には、旧都との関わり方の模索。地上と地底の不可侵条約があるのにも関わらず、わたしは地上の妖怪としてここにいる。これはとても危うい関係であることは、わたしでも分かる。けれど、わたしは地底の妖怪になることは出来ない。彼らにはあってわたしにはないもの。地上への妬み、恨み、憎しみなどの黒い感情。完全に零とは言わないけれど、わたしは彼らと比べれば明らかに薄い。一部を除いた彼らにとって、わたしは不法侵入者で敵なのだ。後ろにさとりさんがいたとしても、それは変わらないだろう。

後は、妖力量が自発的に増やせないかなぁ、なんて思ったり。妖怪としての種族と年齢、歩んできた道などが密接に関わっているとか。例えば、妖精と吸血鬼を比べれば吸血鬼のほうが強い。産まれたばかりの妖怪と数百年と生きた妖怪では長生きしていたほうが強いことが多い。人喰い妖怪は喰らった数が多いとそれだけ強くなる傾向にあるとか。わたしの場合、ドッペルゲンガーという種族は弱いと推測している。多分鏡宮幻香は産まれたばかりでも、ドッペルゲンガーは相当長く生きているんだろう。喰らった数はわたしの想像つかない数に上るだろうし、フランの願いを喰らったときはかなり増えた。永琳さんの願いと比べてみれば、願いの質みたいなものがあるのだろう。…まぁ、願いを喰わずに増やせるなんて虫のいい話はないか、って考えている。

それから、強烈な自己暗示。一度人差し指を回転させてみたけれど、あれをもっと発展させたい。どうするかまではまだ決めかねているし、さとりさんには止められているけれど、せっかくこの体の使い方を掴めた気がするんだ。このまま使わないでいるのは嫌だよ。

それと、単純な自己強化も忘れてはならない。つまり、妖力弾の威力や運動の最適化、肉弾戦の威力や精密さ、走行速度や飛行速度などなど。基礎は基盤で足場。これが弱いと駄目なんだ。彼女達には遠く及ばないけれど、それでもいつかは。…なんてね。

あと、『幻』や『紅』も。『幻』の負荷耐久もそうだけど、普通に扱える数を増やすことも検討しないと。『紅』を戦闘時でも問題なく扱えるようになることと、日光、流水、銀などに対する嫌悪感などもそろそろ確かめておいた方がいいかな。嫌悪感で止まるのか、火傷などの傷として現れるのか。

それから、原子や分子、形状などの記憶。『碑』を利用して記憶に刻み込む。普段よく使っている原子からやっているけれど、まだまだたくさん残っている。これの優先度は割と低いから、余裕があるときに少しずつやるとしよう。

それと、フェムトファイバーの創造と金剛石の複製。これらはわたしの命綱。あるとないとでは、出来ることに差が出る。わたしがやることはとにかく妖力の消費が重いから、嵩張ることを除けば多くて困ることはないだろうし。

他には、情報の会得。さとりさんの書斎に籠ってかなり読んだけれど、まだまだ残っている。欲を言えば全部読破したいところだけど、時間が掛かりそうなのでこれもゆっくりとやることにしよう。

最後に、精霊魔法。…正直、これはわたしが鏡宮幻香である間は不可能だと思っている。才能云々もそうかもしれないけれど、わたしは若いから。精霊は、何処にでもいる目に見えない存在、らしい。それはもう物凄く古い時代からいるらしく、滅茶苦茶長生き。…大雑把に括ってしまえば、精霊はわたしと同じ精神体と言える存在だろう。そんなポッと出の子供がお偉い高齢の存在に力貸して、とお願いしたところで訊いてくれると思えない。その手の才能があればそういう壁を乗り越えることが出来るんだろうけれど、わたしにはなさそうである。魔術をするなら精霊魔法じゃなくて、魔法陣を複製する方が手っ取り早いことはもう実践済みだし。…ごめんね、パチュリー。

 

「大体こんなところかな」

 

もう少し時間を掛ければ、もっと出て来るだろうけれど、今はこれだけあれば十分かな。

そうと決まれば、まずはすぐに終わるものから。頭の中で銀原子を思い描いて銀塊を創造し、机の上に転がしておく。液体を入れる容器と水も創造し、横に置く。そして『紅』発動。

 

「…ッ!」

 

瞬間、ゾワリと目の前にある銀に対する嫌悪感を覚える。…けれど、備えていたことと慣れていたこともあって、まだ維持し続けていられる。

恐る恐る銀塊に手を伸ばしていくが、近付いていくと徐々に嫌悪感も強まっていく。息が浅く荒れる。心拍が瞬く間に加速する。嫌な汗がドッと噴き出る。本能が警鐘をガンガン鳴らす。それでも、わたしは手を伸ばす。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」

 

そして、触れた。指先から脳天まで突き抜けるような嫌悪感。それでも『紅』を維持し続けられたのは、運がよかったとしか思えない。嫌悪感に耐え、銀塊を取りこぼさないように握り締める。そして十数秒、限界が来て『紅』が霧散してしまった。

 

「…け、結果、は」

 

銀塊を回収し、焦点の合っていないぼやけた視界で手の平を眺める。震えるもう片方の手で強くこすってみるけれど、汗で滑ること以外は特に異常はなかった。火傷のような痕もなく、皮が剥けることもなく、あるのは圧倒的嫌悪感の残滓のみ。

次に流水を試す予定だったが、ちょっと今は『紅』発動自体が無理そうだ。そんな余裕ない。少し休もう。

 

「はぁ…、はぁ…、はぁ…。ふぅーっ…」

 

ベッドの上に転がり、天井を見上げる。嫌悪感を吐き出すかのように、深い息を吐き出す。今更気付いた吐き気を飲み込み、軽く咳き込んだ。袖を捲り、腕を撫でると鳥肌が立っていた。これは寒さによって出来たものではないだろう。

落ち着かせるために、少し別のことを考えることにする。…魔法陣にしよう。わたしの手元には炎を噴き出す緋々色金の魔法陣が一つあるだけ。他の魔法陣はどうやって知ろうか。パチュリーが描いていた大量の魔法陣があるのだけど、覚えられないだろうと思って碌に見ようと思わなかった自分が少しばかり憎い。何となくなら思い出せるけれど、細部がぼやけている感じ。さとりさんの書斎に魔術関連の書籍があればいいのに。

 

「…よし、続き続き」

 

少し落ち着いた。深呼吸をしてからゆっくりと『紅』を発動させ、すぐに容器に溜められた水を捲っておいた腕に垂らす。水に触れヒヤリとした冷たさを感じ、流れていく水にゾゾゾと悪寒が走る。けれど、流れがまだ優しかったからか、量が少なかったからか、先程よりも嫌悪感は弱い。滴る水を出来る限り回収してから腕に触れてみるが、これも異常なし。

日光を確かめることが出来ないけれど、『紅』の欠点は嫌悪感止まりなのだろう。これは、嬉しい誤算だ。吸血鬼に近付くが、吸血鬼に成るわけではない、ということだろうか。

 

「…疲れた」

 

検証を終えて脱力すると、疲労が泥のようにわたしに纏わりつき、そのまま瞼を閉じると一気に眠気が雪崩れ込んでくる。地霊殿に戻るために多少神経を使い、嫌悪感に耐えて『紅』を維持するのは相当精神にきたようで、ちょっとやそっとじゃ抗えそうもない。

…それでは、おやすみなさい。起きたらさっき考えたどれかをやりますか…。

 


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