「そろそろ別のとこ回るね。それじゃ、またね」
「またなー!まどかー!」
「また今度会いましょう」
「それじゃーなー幻香ー」
「今度遊ぼうねー」
「また食べに来てもいいんだよー!」
ふう、お喋りしながら食べてたら結構食べ過ぎちゃったかも…。普段は面倒だからスープと干し肉で済ましちゃってるしなあ…。言われた通り、八目鰻を食べに行くのもいいかもしれない。お金を何とかして手に入れないといけないけれどね。
そういえば、フランさんがいない。まだこんなに多くの人前に出るのは許可されていないのかな?気になるし、レミリアさんに聞いてみようかな。一番目立つ、部屋全体の見渡せるところに座って優雅にワインを飲んでるし。主催者だからか、仮装はしていないようだ。もしかしたら、吸血鬼の仮装であると言い張るつもりかもしれないが。
ん?よく見ると、誰かと話しながら飲んでるようだ。……もの凄く嫌そうな表情を浮かべながら。その飲み相手は何もない空間から上半身のみを出して、非常に愉快そうな表情を浮かべながら洋酒を口にしている。その近くには尻尾がたくさんある人と猫の耳が生えている人がいる。あの二人の尻尾も猫耳も本物のようだ。装飾する必要なく仮装されているように見えるので、このパーティーでは楽だろう。ん?なんだかあの上半身の人、何処かで見たことがあるような…?まあ、いいや。近づく間とか話してる間に思い出すでしょ。
「こんばんは、レミリアさん」
「…うん?なんだその頭は?そもそも誰だ?」
「吸血鬼さんはこんなヘンテコな人ともお友達なのかしら?」
レミリアさん気付いてないのか…。まあ、面白そうだから正体隠してみようかな。
しれっとヘンテコ扱いした上半身の人の方を向くと、わたしの猪頭がツボにでも入ったのか、大笑いし始める始末。ん?上半身が出てきているあのスキマ、見たことがある。…あー、思い出した。スキマ妖怪だ。「幻想郷へようこそ」って言ってた人。
まあ、いいや。今はコイツはどうでもいい。
「フランさんは何処にいるか知ってますか?会いに行きたいんですけど」
「ふん、お前みたいなやつに我が妹を会わせるか」
「そう言わないで下さいよ。わざわざ貴女にお願いされてフランさんと友達になったのに会えないなんて酷いじゃないですか」
「は?誰がそんなこと――ん?もしかして幻香か?」
「あー、ちょっとバレるの早かったなー。ヒント出しすぎたかなー」
そう言いながら被り物を外す。見えにくかった視界が晴れ、レミリアさんの方を見ると、やっぱりねーと言わんばかりの顔をされた。
「まあ、フランは来ないわよ」
「はあ、そうですか…」
まあ、破壊衝動がどうとか餌がどうとかが理由なんだろうなあ…。
「それよりも私のためにアレの話し相手にでもなって頂戴」
「え?何でわたしが?」
アレと呼ばれたのは、やっと笑いが収まってきたスキマ妖怪。その人は目尻に浮かんだ涙を軽く拭いながらこちらに視線を移した。
「あら、人のことをアレ呼ばわりなんて随分じゃない?」
「人のことヘンテコなんて言う人にはちょうどいいと思いますけど?…で、レミリアさん。何でスキマの相手をしないといけないんですか?」
「アレの相手はもうウンザリだからよ。…咲夜」
「何でしょうお嬢様」
「私は部屋に戻るから、後のことは頼んだわよ」
「承知いたしました」
レミリアさんが咲夜さんを呼んだと思ったら一瞬で現れ、そして消えてしまった。ついでにレミリアさんも霧のようになって消えてしまった。
さて、残されたわたしはレミリアさんに言われた通り、あのスキマ妖怪の話し相手にならないと…。だが、レミリアさんが話しててウンザリする人なんだから、わたしも長話するつもりはない。
呑気に洋酒を注いでいるスキマ妖怪は既にかなり飲んでいるようで、頬が赤く染まっている。妙に絡まれないといいんだけれど…。
「というわけで、レミリアさんの代わりに貴女の話し相手になりました、五月雨魔理奈です」
「そんな分かりやすい嘘は良くないわよ?ドッペルゲンガーの幻香さん?」
「あー、覚えてたんですか。つまんないの」
「私は見たもの聞いたもの感じたもの、全て忘れることはないわ」
「そうですか。ついでにその忘れない頭にわたしの名前、鏡宮幻香も入れといてくださいな」
「だから貴女が私をスキマと呼んだこともしっかりと」
「随分つまらないことに使いますね…。まあ、ヘンテコ呼ばわりしたしいいじゃないですか」
「そんなこと覚えてないわ」
「さっきまでの言葉は何だったんだ…」
きっとヘンテコ呼ばわりしたことを見も聞きも感じもしなかったんだろう。随分都合のいい頭をしている。自分で言ってたことなのに…。
そんなことは気にも留めていないようで、いかにも高そうな未開栓の洋酒の瓶を持ってわたしに見せつけてきた。
「貴女は飲まないのかしら?」
「わたしは飲まないことにしているんですよ」
「あらそう?もったいないわねえ…」
そういう割に嬉しそうな顔をしながらコルクを引っこ抜き、自分のワイングラスに注ぎ始める。きっと、自分が飲める分が増えたからだろう。
「そういえば貴女、あの吸血鬼とはどんな関係?」
「友達の姉」
「へえ、あの子の友達ねー。ふーん」
そんなに不思議かなあ?スペルカードルールを知ってからは、やたらめったらものを壊したという話は聞いていないし、話していて少しズレているところはあるけれど、普通に楽しい。
あ、そうだ。名前くらい聞いておこうかな。
「あの――」
「それにしてもよくこんな催しやろうと思ったわねえ」
「あー、それは後日レミリアさんに聞いてください」
「あら?貴女知らないのー?」
「ただの招待客が主催者の意図を考えないのは普通でしょう?」
「考えないのが異常なのよー」
駄目だ、聞けそうもない。
そんなわたしのことを尻目に、新しい洋酒をスキマの中から取り出した。ていうか、もう飲み干したの…?かなり量あったような気がするんだけど…。
まあ、キリが悪いけれど、新しいお酒を取り出したという区切りで帰らせてもらおう。このスキマ妖怪、かなり酔っているようだし、わたしは話し相手というよりは聞き相手にしかなっていないような気がする。
席を立ち、別れの言葉を告げる。
「それでは、わたしは別のところへ行くのでさようなら」
「あら?本当にお酒の一杯も飲まないで行っちゃうの?せっかく高いの持ってきたのにー」
「…はあ。じゃあ、このワイングラスに注がれた分くらいなら」
溜息をつきながら、嫌そうな顔を浮かべつつ席に座る。
しょうがないので、机に置かれている未使用のワイングラスを左手で軽く触れながら、机の下に隠した右手に複製する。そしてそのまま右手に持った複製を机に置く。
飲め飲めー、と言いながら注がれていく洋酒を見ながら溜息をつく。これからやることはレミリアさんと咲夜さんに迷惑がかかることだ。
「ささ、早く飲みなさいなー」
催促するスキマ妖怪。ワイングラスになみなみと注がれた洋酒よ、すまないが生贄になってくれ…。
洋酒の入ったワイングラスを掴み、即回収する。支えを失った洋酒はそのままわたしの手に落ち、テーブルクロスに赤い染みを広げた。
「え?あれ?」
「残念ながら、ワイングラスは消えてしまったようですね。わたしに飲まれたくなかったのかしら?やっぱり私はお酒を飲まないほうがよさそうですね。…咲夜さん、いますか?」
「どうしました幻香さん?」
「すみませんが汚してしまいました。何か代わりにしたほうがいいですか?」
「いえ、気にせず楽しんでください」
「ていうわけでさようなら」
「ちょっと!あのお酒かなり高いのよ!もったいないじゃない!」
そんなことを背中で聞きつつ早足で去っていく。とっととあのスキマ妖怪から離れたかった。だって面倒くさいんだもん。