東方幻影人   作:藍薔薇

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第319話

金剛石を手に取り、妖力を流す。分子構造が頭の中を埋め尽くしていくのを感じつつ、過剰妖力をしっかりと含めて複製。七つ創ったところで急激な妖力消耗による脱力を覚えたので、そこでやめておくことにした。

…んー、パチュリーのところで複製した緋々色金より一回り小さいことも相まって、金剛石一つにつき約一割といったところかな。知っていたことだけど、仮に同じ大きさだったとしても緋々色金よりも効率悪いな。けど、フェムトファイバーよりは効率がいい。

さて、問題はこれをどうやってネックレスに飾り付けるかだよなぁ。不格好に鎖で貫く?何か別の金属に溶接してから吊るす?いっそそのまま持ち歩く?…吊るすか。

中心から少し外れた部分に細い穴を空けるように部分回収し、その穴を通した輪をパチュリーの作った合金で部分複製する。その際に複製する輪が鎖を通すことを忘れずに。これを五つの金剛石全てに施し、改めて首に吊るす。多少重くなってしまったけれど、それは必要な犠牲だ。

 

「…お気に召しましたか?」

「うん、使いやすい」

 

爪で引っ掻いても傷つかないことを試していたら、椅子に座って軽く頭を押さえているさとりさんがそんなことを訊いてきた。答えたとおり、これは使いやすい。緋々色金より過剰妖力量が少ないけれど、それでも十分な妖力量を内包出来ている。

 

「一つくらいならあげますよ。どうせ使い道に困っていたものですから」

「はは、地上じゃとんでもなく高価なものの一つなんですけどねぇ」

「地底でもそれなりに高価ですよ。ただ、見ての通りあり余ってますので」

 

旧地獄を鬼達が開拓した結果として産出したらしい大量の宝石。その大半がこの部屋に放置されているとか。

 

「使い道に困っているなら飾り付ける素材にでもすればいいのに。権力者が自らの財力を見せつけるための手段の一つ、だそうですよ」

「見せつけたところでここでは関係ありませんから」

「それは見せつける意味がないから?それとも、見せつける必要がないから?」

「両方ですよ」

 

ですよね。旧都では財力がそこまで重視されていないから見せつける意味がなく、既にさとりさんは旧都に対して大きな影響力があるから見せつける必要もない。…ま、地霊殿という巨大な建造物自体が財力の象徴とも言える気がするけれど。

そんなことを考えながら、先程複製の元に使った金剛石を握り込む。わざわざ別のを選ぶ必要もないし、これでいいや。

 

「それで、貴女はこれからどうするつもりですか?」

「庭で運動」

「そうですか。無理はしないでくださいね」

「はーい」

 

間延びした返事を返しつつ、少しふらつきながら部屋を出る。妖力消耗による脱力は少し歩けば慣れて気にならなくなるのであまり気にしない。けれど、それまでは少し頭がボーッとする感じがする。

そんなフワフワとしたまま地霊殿から庭に出た。慣れて気にならなくなるという予想は外れ、まだ少し力が抜けている感じがしたため、両腕を上に伸ばしてから軽く頬を叩く。…よし、やるか。

目の前に鉄塊を創造し、軽く手を当てる。硬く冷たい感触を感じつつ、何となく殴りやすそう場所を探る。そして痛覚遮断。両手を軽く握り、右から二発ずつ殴り付ける。ガガガガ、といい音を響かせて揺れる鉄塊に右脚を真っ直ぐと伸ばして蹴飛ばした。グワァン、とさらにいい音を響かせつつ僅かに跳ね上がった。

その後も幾度となく鉄塊に殴る蹴るを続けていく。けれど、鉄塊には碌な傷も付けることが出来ない。その代わりに殴った場所が僅かに赤く染まっていく。どうやら皮膚が破けてしまったらしい。

 

「…はぁ。まだまだだなぁ、わたし」

 

握り拳を見下ろし、思わずため息を吐いてしまう。わたしは単純な力で強者に勝ったことがほとんどない。奇策を練り邪道を歩み非常識を持って掟を破ることで勝利を掴んできた。けれど、そんな小細工を丸ごと吹き飛ばす、圧倒的な存在がいることをわたしは知っている。だから、わたしは小細工抜きでも戦えるようになりたい。…それがとても遠い目標だとしても。

傷を塞ぐために『紅』を発動させ、そのついでにこの状態のまま鉄塊を殴り付ける。ただし『目』は狙わない。普段の何倍もの威力が出ていると実感出来る感触。鉄塊が拳の形で凹み、少しばかり吹き飛んだ。そして、新たな『目』が点々と増えたのが見える。こうして衝撃を加えたことで弱い部分が増えてしまったのだろう。生き物相手だとこんな簡単に増えないんだけどなぁ。

それからも殴り続けること七発目。うっかり『目』を潰してしまい、儚い音を立てて鉄塊を破壊してしまった。砕けてしまった鉄を回収しつつ『紅』と痛覚遮断を解除する。手と足がヒリヒリと痛むけれど、少しすれば薄れていくだろう。

 

「んー、難しいなぁ…」

 

これが生き物相手だったら、うっかり殺してしまうことになりかねない。今までも注意して使ってきたつもりだけど、これから失敗してしまうかもしれない。もしそうなったらどうなってしまうかなんて考える必要もない。かなり面倒なことになるのは明々白々。だから出来ることなら対人戦では使いたくないんだよなぁ。

粗方回収してまだ残っている鉄を見ながら、こんなことせずとも鬼ならば自慢の怪力で簡単に壊せるんだろうな、と頭を過ぎる。わたしが何度も勝っているあの鬼でも出来るのだろう。ちょっと羨ましい。

 

「次は…、少し動くか」

 

具体的には走行と飛行の速度。速さとは大きく分けて二つあると言われた。単純な最高速度と、初速から最高速に至るまでの早さ。複製か創造を自分自身に重ねて弾かれるという行為は両方面で優れている。端まで弾かれるのは一瞬なのだから。…まぁ、弾かれる道中に何かあった時に避けれないという欠点があるけれど、逆に使えば道中にいる人を思い切り轢けるということになる。

そんな技術が頭にこびりついてたまま、真っ直ぐと駆け出した。脚を前へ前へと伸ばし、どんどん加速していく。庭の端の一歩手前で急減速し、反転しつつ走り出す。そして、元の位置に戻った。…んー、微妙。もっと早く、速くならないと。

続いて少し浮かび上がり、真っ直ぐと翔け出した。体を前へ前へと伸ばしていくけれど、全然速くならない。飛んでて少し悲しくなってきたので、庭の端に着いたところで着地した。…はぁ、友達の大半は走るより飛ぶほうが速い。そして、わたしのその中でも最下位付近にいる速度だろう。日常的に妖力を噴出するなんて嫌だよ、わたしは。

…やっぱり、走る方はまだしも、飛ぶほうは相当遅い。これもどうにかしたい課題の一つだ。

 

「これはすぐに解決出来る課題じゃないよなぁ。…はぁ」

 

そんなことを独り言ちながら仰向けに寝そべった。地底の天井を見上げていると、飛び方とか訊いとけばよかった、と地上に思いを馳せてしまう。…駄目だ、今はまだ。戻るわけには、いかない。

…別のことをしよう。天井に向けて掲げた右拳から人差し指を伸ばし、ジィ…っと見詰める。そして、頭の中でひたすらに言葉を紡ぎ出す。

『回転』『旋回』『グルグル』『廻転』『螺子』『輪転』『旋転』『回る』『自転』『ギュイィィィィン』『回る』『螺子』『回転』『螺旋』『グルグル』『旋廻』『廻転』『螺子』『輪転』『旋転』『回る』『ギュイィィィィン』『回る』『螺子』『回転』『旋回』『廻転』『回る』『輪転』『旋転』『廻る』『グルグル』『循環』『旋廻』『廻転』『螺旋』『円転』『回転』『旋回』『グルグル』『円転』『回転』『旋回』『回旋』『廻る』『旋廻』『旋転』『回る』『ギュイィィィィン』『回る』『螺子』『旋回』『廻転』『輪転』『回転』『廻旋』『グルグル』『廻る』『回転』『廻旋』『廻る』『旋転』『回る』『回旋』『旋廻』『廻転』『ギュイィィィィン』『回る』『円転』『旋回』『回旋』『旋廻』『廻転』『回転』『旋回』『回旋』『廻る』『旋廻』『廻転』『円転』『回転』『旋回』『回旋』『廻る』『旋廻』『廻転』『輪転』『回転』『旋回』『グルグル』『旋廻』『廻転』『螺子』『輪転』『旋転』『回る』『ギュイィィィィン』『回る』『螺子』『回転』『旋回』『廻転』『回る』『輪転』『旋転』『廻る』『グルグル』『円転』『回転』『旋回』『回旋』『廻る』『旋廻』『旋転』『回る』『ギュイィィィィン』『廻る』『旋回』『回旋』『旋廻』『廻転』『回転』『旋回』『回転』『螺旋』『回旋』『廻転』『輪転』『旋転』『円転』『螺子』『回転』

 

「…あ」

 

シィィィィィ…と静かな音を立てて人差し指が回転し始める。うん、前より明らかに早くなってきた。先程創造した鉄を手に創り出し、人差し指を押し当てる。ギュイィィィィンと耳を劈くような甲高い金属音を響かせながら少しずつ削り取っていく。…うん、相変わらずだ。

少し止めてみるかな、と思った途端に人差し指は回転速度を少しずつ落としていき、普段とは真逆の向きで停止した。ちょっとこのまま放置するのは何となく嫌だったので、左手で摘まんでキリキリと半回転。

そして、停止した人差し指の第一関節の横に親指を当て、親指は下に人差し指は上に擦るように弾く。すると、再び人差し指は回転をし始めた。…うん、上手くいったかな。

再び停止させ、右手を強く握り込む。そして戻るように強く意識すると、人差し指はいつもと変わらないものへと戻っていった。左手で摘まんで回そうとするけれど、皮膚が引っ張られるだけで回ろうとはしない。

 

「ちょっとー!滅茶苦茶な音であたいの仲間たちが大混乱なんですけどー!?」

「あー、ごめんなさーい」

 

地霊殿の窓からお燐さんに大声で叱られながら、わたしは立ち上がる。これからだ。わたしは変わらなくてはならない。

 


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