頭の中で二本の線が真っ直ぐと、しかし決して触れ合うことなく動き続ける。交差せず並行でもないねじれの位置。一本、また一本と線が増え続けていき、その全てがねじれの位置となって動き続けていく。…駄目だ。ここから何か思い浮かぶかも、なんて思ったけれど引っ掛かる気配がしない。これについては、また今度にしよう。
「おーい、幻香ー。聞こえてるー?」
「…え?…あぁ、すみません。ちょっと考え事を」
突然声が聞こえ、ハッとする。すぐに声が聞こえてきたところに顔を向け、そこにいたこいしに謝った。
「最近、ずっと考えてるね。ただでさえ暑くなってきてるのに、知恵熱出しちゃうよ?」
「確かに暑くなってきましたねぇ。これからもっと暑くなるんですか?」
「なるよー。しかもムワッと蒸し暑く」
やっぱりかぁ。どうやら夏も近付いてきたみたいだし、そりゃそうなるよねぇ…。これから先のことを少し考え、思わず手で顔を煽ぐ。
「蒸し暑いのはあんまり好きじゃないかなぁ…。汗が不快だし」
「辛いの食べて沢山汗かくのは気持ちいいと思うけど?」
「そんな風に汗かくくらいなら走って汗かいたほうがいいです」
あれからもこいしに連れられては何度も激辛料理を口にしてきたわたしだが、その刺激物に未だに慣れることが出来ていない。痛覚遮断のお世話になりっぱなしだ。
そんなことを思い返していると、気が付けばこいしの顔がわたしの目と鼻の先にまで急接近していた。思わずこいしの両頬を挟み取ってしまい、ぷぎゅ、と変な声を出したこいしを引き剥がした。
「痛たた…。で、何を考えてたの?」
「んー…、そう簡単に説明出来るものじゃないですよ」
「簡単じゃなくていいから教えてよ。こういう時は、一人より二人だよ?」
「…そうですね。じゃあ、少しばかり長くなりますよ?」
「ドンとこーい!」
やけに自信ありげに胸を叩くこいしだけど、ちゃんと理解出来るだろうか?出来るように話すつもりだけど。
「ズレた世界について考えてたんですよ」
「何それ?」
「わたしが地上へ戻る必要最低条件です。彼女の夢想天生は、その場に存在しながら触れることが出来ない。八雲紫曰く『私達のいる世界からすら浮き、少しずれた世界にいる』ものだそうで、これをどうにかしないといけないんですよねぇ」
「ズレた世界かぁ…。いきなり言われてもサッパリ分からないや」
「ですよね。結構考えてるわたしでもそう思っていますよ」
こいしが両腕をねじれの位置にしてうんうん唸っている。わたしと同じ観点をから考え始めていることが少しばかり嬉しいような気分になったけれど、別の観点から考え始めてほしいと思う自分もいた。
ズレていれば当たらないのは当たり前なんだ。目の前に直進弾を撃って、その直線上からズレた場所にいれば当たらない。こんなことは誰でも分かることだ。けれど、半透明だったとはいえ霊夢さんは飽くまで直線上に存在していた。その場に存在しながら当たらない。だから意味が分からない。
「実は煙みたいになって触れられないだけ、とかはないの?」
「本当にその場に存在していたなら、わたしは認識出来るはずなんですよ。ほら、妖力を流して空間把握をすれば形を把握出来るでしょう?」
「あー、そんなこと出来るって言ってたね。けど、違ったってことだよね?」
「ええ。その場にいるはずの彼女に薄く妖力を流そうとしましたが、これも当然のようにすり抜けたんですよねぇ。煙みたいな微粒子になっていたならその状態を把握出来るはず。けれど、そもそも存在しないかのようにわたしの妖力は流れていった。目の前に存在しているはずなのに、その場には存在していない。この矛盾を崩す画期的な発想が欲しいんですが、なかなか思い付かないんですよ…」
しかし、風見幽香は何の問題もなく殴り飛ばしたらしい。意味が分からない。けれど、この前例が不可能ではないことを示してくれている。だからそう簡単に諦めるわけにはいかない。
「そんなに難しいなら、わたしが本人に直接訊いて来てもいいよ?それか、その八雲紫っていうのでも」
「駄目。霊夢さんは自分で自分がやっていることを理解していないみたいですし、八雲紫は下手に接触したらどうなるか分からない」
「そっかぁ…。んー、難しいねぇ…」
いっそのこと、風見幽香の領域まで到達するか?…いや、そんな簡単にいけるはずないか。何年必要になるのか分かったものじゃない。
それからはお互いに黙って考え続けていたが、やがてこいしが帽子の上から頭をガリガリと掻き毟り始めた。
「だぁーっ!分っかんない!このことはまた今度!」
「そうですね。行き詰った状態で考え続けても堂々巡りになりがちですから」
思い付くときはすぐに思い付くし、思い付かない時はいくら考えても思い付かないものだ。それでも考え続けて無理矢理答えを導くこともあるけれど、今はそこまでする必要もない。思い付かないならば、百年くらいここで待っていればいい。そんな逃げ道があるからこそ気楽に考えることが出来る。
「他のことしよ他のこと!幻香は何かある?」
「あー…、他にも考えていることならありますよ。切札とか」
「よしそれにしよう。幻香の新しい切札かぁ…。んー…」
「難しいんですよねぇ、これが意外と。弾幕遊戯とわたしの能力はどうしても噛み合わないから」
というか、わたしの能力を使ったスペルカードがほぼ出尽くしている。弾幕を複製する鏡符「幽体離脱」、相手を複製する鏡符「多重存在」、ものを複製する複製「巨木の鉄槌」、複製したものを炸裂させる複製「炸裂緋々色金」、複製したものを利用する複製「緋炎」など。派生形は多々あれど、完全に新しいものとなると難しい。
「そうなると魅せる切札くらいしか残ってないよね」
「そうなんですよねぇ…。けど、魅せる暇があったら被弾させよう、って考えません?」
「この際、その考え方は退けちゃおう」
こいしは前に出した両手を横にずらす動作をしながらそう言った。ま、そうでもしないと新しい切札は出来ないよなぁ…。しょうがないか。
窓際まで引っ張られ、こいしは窓を全開にした。そして、すぐさま窓から外へ妖力弾を一発撃った。その妖力弾は途中で薔薇が咲くように花開き散っていく。
「幻香はどんな風に撃てる?」
「どんな風、ねぇ」
言われるがままに、最速で直進する妖力弾、途中で停止する妖力弾、途中で炸裂する妖力弾、急激に曲がる妖力弾、地面や壁で跳ねる妖力弾、自らの意のままに操る妖力弾、途中で幾千に分裂する妖力弾、と次々と撃ってみる。こんな妖力弾、こいしは何度も見たことがあるはずだ。
「…幻香さ、これのどれかを特化させればそれだけで切札になると思うんだ。というか、切札ってそういうものだよね」
「そうですか?けど、これらの一部は鏡符『幽体離脱』の派生形に使ってますからね」
直進弾は「集」と「散」と「乱」、停止弾は「滅」と「妨」、操作弾は「纏」と「操」で使っている。炸裂弾は普段から『幻』を使って放っているため、切札に使うのはどうかと思う。残ったのは、跳弾と幾千に分裂する妖力弾の二つか。
「それに、跳弾は基本的に閉所じゃないと使いづらいですよ」
「それなら最後のを切札にすればいいじゃん」
「名前は?」
「花火とか流星群とかでいいんじゃない?」
「…やっぱり難しいですね、名付けって」
花火は炸裂弾のほうがそれらしく見えると思うし、流星群と言われるとどうしても魔理沙さんの星形弾幕じゃないといけない気がしてくる。けれど、わたしはあんな風に綺麗な形にするのが苦手だ。今ならやろうと思えば出来そうだけど、そんな暇があったらさっさと撃ったほうがいい。
…って、この考え方を退けよう、ってこいしに言われたじゃないか。…はぁ、染み付いた考え方はなかなか変えられないなぁ。
名前を考えながら、窓から何発も撃ち続ける。親指から小指へ順番に回し撃ちをし、視界をわたしの妖力弾で埋め尽くしていく。
「うん、これなら切札として使えるよ。こいし印で認定してあげる!」
「けど、この妖力弾は今まで普通に撃ってきてたんですけど」
「これから切札にするなら使わないように気を付けないといけないね」
「…ですよねー」
切札にするということは隠さなければならない、ってことなんだよなぁ。…まぁ、通常弾幕と切札の格差が必要なんだ。このくらいは飲み下さなきゃいけないよね。これまで通常弾幕として使用していたこれを切札に昇格させる、ってことはそういうことだ。
次の弾幕遊戯までに名前考えておこう、と思いつつ、わたしはまたズレた世界について考え始めていた。…どうやら答えへの道のりは長くなりそうだ。