東方幻影人   作:藍薔薇

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第321話

最近はこれといった仕事をさとり様から頼まれることもなく、暇潰しも兼ねて旧都をぶらつく。何をしていても汗ばんでしまう蒸し暑さ。多少炎を操れるからといっても、暑いものは暑いのだ。そんな猛暑を少しでも和らげようと考えて買った棒付き氷菓。桃の仄かな甘みと冷たさを舌で味わいながら、何か面白い事でもないかと周りを見渡した。

次の瞬間、近くからゴシャア!と破砕音が響く。そして、あたいの目の前を舞い散る木屑や砂なんかと共に吹き飛んできたあたいが空中で器用に回転して右手と両脚を地に付けて滑っていく。

 

「…ん、お燐さんじゃないですか。元気ですか?」

「元気も何も、一体何をやらかしたんだい…?」

 

口元から垂れる血を左手で拭いながら立ち上がったのは、何を隠そう幻香であった。壁に大穴を開けた壁に目を遣ると、そこはやっぱり賭博場。

そこから若干殺気を漂わせた、あたいなんかより頭三つ以上も高い筋骨隆々の大男がのっそりと現れた。両腕両脚がまるで丸太のように太く、あんなもので殴られ蹴られたらどうなるかなんて考えたくもない。

 

「何って、賭博ですよ。ちょっと盛り上がっちゃって降りるに降りれず続けてたらお金が増え過ぎちゃってね。難癖付けられて喧嘩に発展してるとこ」

「難癖も何もあんだけ勝ちまくられちゃあイカサマに決まってるだろう?オォン!?」

「うにゃっ!」

「たとえ百億分の一だろうと当たるときは当たるのが確率だ。それが四分の一を十二回繰り返す、一六七七七二一六分の一だろうとね」

 

とんでもなく低い声で威圧され、関係ないにもかかわらず慄いてしまったあたいだけど、威圧を直接受けているはずの幻香はまるで気にしちゃいない。いつもと変わらない微笑みを浮かべてすらいた。

騒ぎを聞きつけて喧嘩の気配を感じ取った近隣の妖怪達が、あたいを含んだ三人を囲み始める。冗談じゃない。あたいは巻き込まれた側だ。慌てて幻香を置いて人垣の中に跳び込んだ。

ようやく落ち着いたところで、妖怪達の中に潜り込んだことでむせ返る熱気を浴び、手に持っていた氷菓を舐めた。ジャリジャリとした砂の感触を味わい、思わず吐き出す。…あぁ、あの時かかったんだ。

 

「あんの馬鹿…!」

 

砂塗れになった氷菓を踏み砕いてこれを幻香の所為にしつつ、前にいる妖怪の間から二人の様子を伺う。腰を深く下ろし両腕を前に出して今にも跳びかかろうとしている筋骨隆々の大男、呆れたようにため息を吐きながら頭をガリガリと掻いている幻香。これから喧嘩が始まるとは思えない雰囲気だ。

 

「よっ、お燐じゃないか。あんたはどっちに賭ける?」

「うわっ!…あー、ま…地上のに三十?」

「はいよーっ!」

 

突然足元に現れた小柄な妖怪に賭け金を言ってから、慌ててお金を用意する。というか、あたいは今幾らって言った?えーと、三十だったような?

手渡したお金は問題なかったようで、小柄な妖怪は笑いながらあたいの隣に止まった。どうやら、賭け金の収集はあたいが最後だったらしい。

 

「いやぁ、最近はあの賭博荒らしに賭けるのが多くなってきたんだよねぇ。案の定お燐もそっちに賭けたし」

「え、あ、うん。まぁ、そうだね」

 

どう考えても、あんな筋骨隆々の男が相手だろうと、あの幻香が負けるなんて思えなかった。そう思ってしまう自分が、少しばかり悔しかった。

いや、それよりも何なんだいその賭博荒らしって。幻香か。

 

「おっ、始まった始まった!」

 

その掛け声でちょっと考えていた思考を断ち、目の前の喧嘩を観戦する。両腕で顔を守りながら全身を使った体当たりを、幻香は何と両腕を真っ直ぐと前に出して受け止める姿勢になった。とんでもない音を鳴らしてぶつかり合い、両足が勢いよく地面を削っていく幻香の両腕はひしゃげることなく、人垣ギリギリで止まった。割れるような歓声。というか、あんな細い腕でどうやったらあんな巨体を受け止められるって言うんだい…?

そのまま大男を持ち上げて地面に投げ付け、素早く前方一回転の踵落としを叩き込む。その後も起き上がる暇も与えずに至る所を踏み付け続け、やがて大男は動かなくなってしまった。あまりに一方的な結果ではあったが、幻香が大男の首根っこを掴んで持ち上げてから一拍、勝敗を決する大歓声が沸き上がった。

 

「そいじゃ、配りに行きますか!おっと、あんたにゃ四十二だな!」

「あ、ありがと」

 

多少増えたお金を受け取り、ボーッと立ち尽くしてしまう。それから十数秒後になってからようやく賭博場の入り口の扉の向こうにいた受付の妖怪に話しかけている幻香の元へ駆け出した。

 

「あー、お騒がせしました。わたしは十も貰えれば十分なので、残りは返金しますね」

「こんの馬鹿ーッ!賭博は控えな、ってさとり様に言われてんでしょうがっ!」

 

胸倉に掴みかかり、ゆっさゆっさと揺らす。ガクガクと揺れ動く顔はのほほんとしていて無性に腹が立った。いつまでも揺らし続けようかと考えていたら、手首を思い切り握り潰すかのように掴み取られ、掴んでいた力が緩んだところをやんわりと引き剥がされた。

 

「数は控えてますよ。ただ、一回に関わるお金の数字が大きくなるだけで」

「それが悪いってことくらい分かってるでしょう!?今回は幾らになったんだい言ってみな!」

「二万四百八十。過去最高値更新ですね」

 

思わず幻香を殴り付けたあたいは許されるはずだ。

 

 

 

 

 

 

「氷菓を買い直す羽目に遭わせたのは悪かったですよ」

「…いや、言うべき台詞はそれじゃないでしょ?」

 

幻香はあたいと自分自身で二人分の氷菓を買って一本手渡しつつ謝罪したけれど、まるで見当違いだ。…いやまぁ、これも欲しかったけども。

そう思いながらジットリと睨んでいると、幻香は小さくため息を吐いた。

 

「賭博の件ですか?だから、降りようとしても降りれず続けた結果だって」

「納得出来るかい、そんな理由で」

「いや本当ですって。八回勝ってもう止めようと思ったのに、親に止められてね。食い潰してやるから逃げるな、って言われちゃって。で、全額賭けを繰り返してたらああなった」

 

そう言われ、あの筋骨隆々の大男にそう言われるのを想像してみる。…あたいだったら竦んで動けなくなりそうだ。

 

「一回勝つごとにもういいでしょう?って確認したのに。あちらも引くに引けなくなっちゃったのかなぁ」

 

自分と同じ顔の存在が目の前で余裕そうにしている。自分よりも良い結果を出す。自分の出来ないことを平然と熟す。本人は気付いていないのかもしれないけれど、存在そのものが挑発しているとあたいは感じている。

隣で氷菓に齧り付いている幻香を、そんな嫉妬交じりの目で見ていた。ふと目が合ったけれど、気にせず氷菓を齧り続けていく。…そういう態度が、いや、これ以上は止めておこう。嫉妬はパルスィにでも任せておけばいいんだ。

 

「お燐さんはこれからどこに行くんですか?」

「…見張ることにするよ。自主的にね」

「わざわざ仕事を増やすことないのに。ほら、弾幕遊戯でもして遊べばいいと思いますよ」

 

そんなことを言いながら上を指差す。見上げてみれば、見覚えのある妖怪二人が弾幕を放ち合っていた。少しの間飛び交う弾幕に魅せられていると、隣にいたはずの幻香がいなくなっていた。一体何処へ、と思いながら周りを見渡せば、遥か先に小さな背中があった。先程自分で言っていたことをこんな簡単に失敗するのは癪なので、すぐにその背中を追いかける。

ようやく追い付いた幻香の横顔を見遣ると、そこには氷菓を食い尽くして棒だけになったものを咥えて難しい顔を浮かべながら両拳をコツコツとぶつけていた。あたいには何をしているのかサッパリ分からなかった。

 


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