東方幻影人   作:藍薔薇

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第326話

さぁて、どっちを選んだらいいんでしょうかなぁ。上がるも留まるもわたしの選択次第。どちらを選択するにせよ良し悪しは単純じゃない。もしもこいしがいなければ、わたしは迷わず地上に上がっただろう。もしも皆の内誰か一人でも欠けていれば、わたしは迷わず地底に留まっただろう。そんな気がする。

…いや、本気で今すぐ選ぶつもりならそんなどうでもいいことなんか考えず、硬貨を弾くなり棒倒しをするなりして二択を無理矢理選んでしまえばいい。けれど、わたしは選択していない。しようとしていない。確実性とかいう証明不可能なものを言い訳にして、課題という名の先延ばしによって選択しないことを正当化させて、こうして考えているつもりでいながら結論を出さない輪の中をグルグルと回り続けている。…それを自覚しながら、わたしはこうしているのだから質が悪い。

 

「――を引け、地上の」

「…ぁ、うん。引きます」

 

そんなことをボーッと考えていたら、目の前にいる親がジャラリと棒が十八本入った竹筒を突き出しながら急かしてきた。手元には何の印も付いていない棒が十二本並べられている。

今やっている賭博は簡単なものだ。参加料は十。三十本の棒が竹筒の中に入っていて、印の付いていない当たりが二十本、印の付いた外れが十本ある。一本目の棒の価値は一、二本目の棒の価値は二と徐々に上がっていく。当たりを二十本全部引ければ一から二十を足して合計二百十貰うことが出来る。ただし、外れを引けばその瞬間棒を全て没収されて零となる。

正直言って、この賭博は儲けようと思うなら避けた方がいいだろう。五回連続で当たりを引けば儲けが生まれるのだが、その確率は二三七五一分の二五六四。つまり約一割だ。しかも、それ以降で外れを引けば当然零になる。これはかなり割に合わない。全部引き当てようと思うなら三〇〇四五〇一五分の一を当てる必要がある。しかもそれで得られる儲けはたったの二百。別の賭博をやったほうがいいとわたしは思うね。

 

「これで」

「おいおい…。こんなところで運を使っていいのか、ん?」

 

まぁ、先客が終わるのを待っている間に後ろから様子を見て二十本の当たり棒を全部覚えたから気にせず出来るけど。ありがとう、十回挑戦して百失った妖怪さん。

 

「いいんですよ、少しくらい。…これで抜けますね」

「チッ、当たりかよ。オラ、百五受け取りな」

「はい、ありがとうございます」

 

まぁ、これを最後まで続けると面倒臭そうなのでこの辺で終わっておく。三〇〇一五分の八も十分怪しい気がするけれど、あちらが言ってこないなら気にしないでいいや。

手持ちと合わせて百二十五になった金を手の中で弄りながら次の賭博を探す。何か楽しめそうなものないかなぁ。…お、なんか奥の方が賑わってる。あれにしようかな。

 

「お、来たな地上の。やってくのか?」

「ええ。ここはどんな賭博を?」

「これの裏に書いてあるから読んどきな!」

 

賭けを外した落胆の声を聞きながら、親に一枚の板を押し付けられた。表面にはいくつもの四角で区切られた領域があり、上端に丁と半、左右端に大と小、下端に一から六と区切られている。真ん中に左上から右下に下る六段の階段があり、最上段には一一、その下に一二、一三…と続き、次の段には二二、二三、二四…と続き、最下段には六六と書かれ、空いている右上には七とゾロと区切られていた。

 

「…何だこれ」

 

板を裏返し、この賭博がどのようなものなのか確認する。どうやら、親が器に伏せた二つの賽子の出目を当てる賭博のようだ。参加者全員がこの板の上に金を置いたら器を開ける。複数個所に置いても構わないようだが、各領域の線上に置いたまま出目が開示された場合は問答無用で没収。丁と半は出目の合計が偶数か奇数かを当てれば二倍。大は合計八以上、小は合計六以下を当てれば二倍。一から六は賽子の片方、もしくは両方の出目が当たれば四倍。七は合計七を当てれば六倍。ゾロはゾロ目を当てれば六倍。一二、一三などのゾロ目以外は当てれば二十倍、一一、二二などのゾロ目は当てれば五十倍。

倍率と確率がいまいち噛み合っていないけれど、そこまで気にしなくても構わないだろう。わたしがそんなことにいちいち言及しても意味ないだろうし。

…ふむ。この賭博の場合、ゾロ目の五十倍に賭け続けると一番効率がよさそうだ。ま、そうはいかないのが確率のいやらしいところだし、そこまで金が続くとは思えないけれど。一を賭け続ければかなり長く続けることが可能だけれど、そんなに長く居座り続けると迷惑だろう。

今回の賭博はいわゆる勝てる賭博ではなさそうだ。けれど、それが本来の賭博なんだよね。いいでしょう。参加しましょうか。

 

「お邪魔しますよ」

「お、ようやくか」

 

ちょうど賭博が終わったところで空いていた端っこの席に座り、板と百を置く。残りの二十五は仕舞っておいた。隣に座っていた妖怪がわたしのほうをジットリと睨む中、親がハイッと威勢のいい声を上げ、器に賽子を投げ入れてダンと大きな音を立てながら伏せた。器の中で賽子がぶつかり合い転がる音を聞きながら、百を半に置く。これで負ければそれで終了でいいや。

他の客がどんな賭け方をしているのか見てみると、わたしに近い方から半に三十、一と六にそれぞれ二十、大に五十、七に十と賭けていた。さぁて、結果はどうなるかな?

 

「一と四!半、小、五!」

「お、当たった」

 

他の客の喜びと悲しみの入り混じった声を聞きながら、当たったことを素直に喜ぶ。親が板に置かれた金を全て回収し、当たった客には倍率に則って金が渡されていく。わたしには二百投げ渡され、他の客にも投げ渡されていく。んー、最初で終了とはいかなかったか。

それからも思い付いた一ヶ所に百を置き続けていき、勝ったり負けたりを繰り返して金を増やしたり減らしたりし続ける。七や二六などの倍率の高い場所にも置いていったため、負けのほうの数が多い。けれど、それでも時折当たるものだから、気付けば手持ちが五百になっていた。

あぁ―…、あと数回真剣に音を聞いてれば、親が器に入れたときの賽子と音の鳴り方から出目を当てることが出来そうな気がする。そうなると、賭博としてどうかと思うよね。今回はそうやって勝ちに来たじゃない。息抜きで遊びに来たんだ。…まぁ、先延ばしに来たともいう。だから、そろそろ終わらせよう。

 

「ハイッ!」

 

親の掛け声を聞き、右肩を持ち上げつつ顔を右に傾けて右耳を、左手で左耳を押さえ付けながら五百を三三に置く。ま、三十六分の一だし、外れるでしょ。

それから目を瞑り、そのまま選択する気のない選択を決める思考の中に飛び込んでしばらく待つ。何度も繰り返し続けた今の状況で上がった場合と留まった場合の利点と欠点を並べていく作業。その全てを天秤の上に乗せていき、どちらに傾くのか確かめる。…とか言いながら、どちらかに傾きそうになったらそれを補うように利点や欠点を新たに乗せるのだから、結局均衡が保たれるのだ。

遠くのほうから何やらザワザワとした声が聞こえてくる。うるさい。そして、何かがわたしを強く揺らしてくる。今考え中なんだ。揺れ続けた拍子に右肩と左手が耳から外れ、その瞬間悲鳴にも似た叫び声が突き刺さる。思わず両手で再び両耳を塞ぎ、閉じていた瞼をゆっくりと開く。

 

「…はぁ?」

 

絶叫の意味がよく分かった。だって、出目は三と三のゾロ目だったのだから。…いや、何で当たるんだよ。五百の五十倍って、二万五千だよね?堂々最高値記録更新じゃないですか。…え?本当に?冗談でしょう?…うわぁ、どうして当たるの…?外れろよ。そんな大金貰っても使い道ないし、困るしかないんだよ。

ほら、親の表情が今にも死んでしまいそうなくらいヤバくなってるし。周りの妖怪達の視線がいつも以上に痛いし、というか見るからに欲望が溢れて強奪する気満々な妖怪がチラホラいるし!

 

「…は、はは……。ほら…、二万、五千だぞ?」

「あ、ありがとうございます…」

 

無理に掠れた笑い声をあげ、今にも倒れそうにフラフラとしながら力なく手渡された二万五千。…うわぁ、どうしようこれ?

…よし、いつものように受付で返金しよう。というか、迷う必要なんてなかったじゃん。

 

「受付受付ー、っと」

 

二万五千を右手に握り込み、そそくさと出口へ歩き出す。

その途中で眼前に拳が飛んできた。咄嗟に後ろへ体を逸らして回避し、左腕を地面に付けてばね代わりに後方へ跳ぶ。わたしに殴りかかってきた妖怪の欲に濡れた表情を見て、何とも言えない気分になってくる。だってその妖怪はわたしが竹筒の賭博で利用した妖怪だったから。

どうしようか思考を始めようとした矢先、背後から誰かが跳びかかる音が聞こえ、すぐさま右回し蹴りを叩き込む。頬に足が突き刺さり、壁まで吹き飛んでいく。

それが合図にでもなったかのように、数人の妖怪が一斉に跳びかかってきた。真上に跳び上がり、左腕を天井に突きあげて穴を空け、そこに捕まってぶら下がる。真下でぶつかり合う鈍い音が響く。

 

「…ヤバいな、これ」

 

手を放して落下し、真下にいた妖怪の頭を全力で踏みつけながら小さく呟く。誰も動かなければこんなことにならなかったと思う。親が動けば喧嘩になって終わりだったと思う。けれど、動いたのはただの客で、そして目的は強奪ときたものだ。数人が流れに乗りやがった所為で、こんな面倒臭いことに発展してしまった。…と思う。

 

「一体何事だ!あァん!?」

 

もういっそのことここにいる全員気絶させてから金を受付に押し付けて逃げるか、と考えていたら、一人の鬼が賭博場に入ってきた。瞬間、一帯に緊張が走る。…あ、あのいつも挑んでくる鬼じゃないか。

他の誰も動かない中、ただ一人ズンズンと歩く鬼が、わたしの目の前で止まった。目付きがやけに鋭い。

 

「…あんたが元凶か、地上の?」

「ま、そうなりますね」

 

わたしが偶然勝っちゃったのが原因だし。そう思って言った返事。

その結果は、硬く握り込まれた右拳で返されることとなった。思わず右手を開き、その拳を受け止めようとする。握り込んでいた金属板が変形しながらわたしの皮膚を食い破り、肩のほうまで衝撃が流れていく。ハッキリ言おう。滅茶苦茶痛い。痛覚遮断を即座に使っていなかったらこの場で叫んでた。

 

「いや、話をちゃんと聞いてくださいよ。まだ途中だ」

「…なら、さっさと言え」

 

そう言って拳を収めてくれた鬼に詳細を伝える。一つ一つ細かく質問を繰り返し、周りの客からも訊いて回るのでかなり長い時間拘束されることになり、最終的にわたしに跳びかかった数人の妖怪が鬼によって連れ出されていった。

その後どうなったのか、わたしは知らない。

 


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