東方幻影人   作:藍薔薇

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第327話

グニャリとひん曲がった金属板を引っ張って剥がし、血肉と一緒に後ろへ放り投げる。親だった妖怪の前に僅かに湿った金属音を立てて跳ねた。こんなに変形してしまった金属板が金としての価値があるのかどうかは知らないけれど、少なくともわたしが賭博場を出るまでは誰も盗ろうとはしなかった。

 

「これ、少ないですが。迷惑かけましたね」

 

仕舞っていた二十五を受付の妖怪に投げ渡し、賭博場を後にする。

右手を軽く握るとヌルリとした感触がする。気になって見てみれば、思っていたより深い傷口から血が滲み出てきた。このまま放っておくわけにもいかず、すぐに傷に妖力を流して無理矢理治癒を試みる。わたしの手のひらに食い込んだ千の金属板は銀で出来ているため、吸血鬼に近付く『紅』による治癒はあまり望めないだろう。…よし、一応止血出来たかな。ちょっと凹んでるけど。

 

「…帰ろ」

 

今日はちょっと疲れた。地霊殿に帰ったら、少し休もう。本格的に怪我を治すのはその後でいいや。

僅かに首を上げて細く長い息を吐きながらのんびりと足を伸ばしていく。周囲の喧騒を何となく聞きながら、その後のことを考える。けれど、やっぱり答えが出されることはなかった。

頬に向かって飛んできた拳大の石を掴み取り、そのまま握り込む。最初は軽く握っていたが徐々に力が入っていき、気付けばビシリと石に罅が走ってそのまま砕いてしまう。…あぁ、無理矢理塞いだ傷口が開いちゃった。また止血しないと。

足元を見ながら再び考えに耽る。選択しないことを選択する、という矛盾めいたことをしながら、わたしは繰り返している。こんなはずじゃなかった、ような気がする。切羽詰まっているわけじゃないのだから、時間にはまだ余裕があるんだから、と言い訳している。戻らなきゃいけないのになぁ。どうしてだろうなぁ。

 

「よう」

 

そんな空しいことを考えながら地霊殿に向かって歩き続けていると、誰かに声を掛けられた。首を上げてみると、そこには勇儀さんがいた。

 

「随分と辛気臭い顔してんな、おい」

「…こんにちは。何か用ですか?」

「今出来た。ちょっと顔貸せよ」

「疲れてるからまた今度じゃ駄目ですか?」

「今度がいつになるか分からんだろ?だから今なんだよ」

 

言った本人にそんなつもりはないだろうけれど、少し痛いことを言われた気分になる。今のわたしはまた今度を延々と繰り返しているようなものだから。

さて、どうやってこの場を立ち去ろうか…。わたしはさっさと地霊殿の部屋に戻って横になりたい。

 

「へ?」

 

そんなことを考えて顔を伏せていたら、突然地面が遠ざかった。というか、足が地に付いてない。その代わりに腰の辺りに何かが巻き付いているような感触。

すぐに現状を確認すると、わたしは勇儀さんに片腕で担ぎ上げられていた。相当ガッチリと固められていて、ちょっとやそっとでは逃れられそうもない。

 

「ちょっ、はなっ、離して、くださいよ!」

「あー?あんたはのらりくらりと言い逃れするからな。悪いけど担いで持ってくな」

「…はぁ。そうですね…」

 

そうしようとしていたのだし、実際そうしたこともある。嘘を吐いたわけではないけれど、誤魔化したことあるし。しょうがない、諦めて付き合うか…。

周囲から奇妙なものを見る視線を浴びながら連れられた場所は、何だか高価そうな食事処だった。…あの、わたし今無一文なんですけど。金払え、って言われたら金属板を創るしかなくなるんですけど。

 

「いらっしゃいませ、勇儀さん。それに、その方はあの…」

「奥の部屋、空いてるか?」

「えぇ、一番奥が空いていますよ。案内は」

「いい。酒と何か摘まめるものを持って来てくれれば、後は呼ぶまで来ないでくれ」

「かしこまりました」

 

わたしが何か言う前に勇儀さんが話を終え、よく分からないうちに一番奥の部屋に行くことになった。え、何、わたし何かやらかした?…やらかしましたね。

そのまま一番奥の部屋まで担がれ、襖を閉めたところでようやく下ろしてくれた。流石にここまで来て逃げ出そうとは思わない。敷かれていた座布団の上に正座し、勇儀さんが話し出すのを暫し待つ。

お互い黙っていると、静かに襖が開けられて先程の妖怪とはまた別の妖怪が酒とつまみを持って来てくれた。当然のこととはいえ、わたしの分の酒とつまみも準備されている。呑まないけど。

それでは、と言いながら静かに襖を閉じ、廊下から微かに聞こえる足音が聞こえなくなって少ししたところで勇儀さんは口を開いた。

 

「…さて。また盛大にやらかしてくれたな、おい」

「彼から話を聞いたんですか?」

「さっきな」

 

やっぱり先程の賭博場での出来事の事らしい。跳びかかってきた妖怪が悪いとはいえ、わたしが予期せぬ馬鹿勝ちをしたことが発端だ。あんな時くらい、三十六分の一が外れればよかったのに。

とりあえずつまみの漬物を一つ口にしつつ、勇儀さんの顔色を窺う。…ん?あまり責める気がなさそうな感じがする。どうしてだろう?

 

「ま、いつかああなるとは思ってたけどな」

「そうなんですか?」

「そりゃそうだろ。目の前に数年遊んでられる金があるんだ。奪おうと思わない奴はそうそういないさ」

「はぁ、そんなものですか。貴女もそう思いますか?」

「いや全く」

 

そう言うと酒瓶を開けてあの真っ赤な盃に酒瓶の中身を全て注ぎ、豪快に呑み干した。相変わらず酒豪のようである。わたしの分の酒瓶を渡しつつ、話を繋げてくれそうな言葉を言う。

 

「あんな強奪はよくあるんですか?」

「そりゃああるさ。すれ違い際にコッソリするか、人目の付かねぇ場所でやるか、喧嘩吹っ掛けて勝ち取るかするもんだけど」

 

ニヤリと笑いながらそう言われ、賭博場の親に殴り飛ばされて始まった喧嘩でイカサマ云々の他に勝てば帳消し、みたいなことを言っていたことを思い出した。帳消しと言うのならば、それはすなわちわたしが勝って得たはずの金を強奪するのとほぼ同義だ。今回もその例に乗っているのだろう。

 

「それなら、連れてかれたあの妖怪達はどうなったんです?」

「あんたが気にすることじゃねぇよ」

 

…まぁ、無法地帯とも取れそうな旧都にも規則というものが存在する。勝てば得られる、とでも言えるものがあるけれど、それにも超えてはいけない一線があるのだろう。具体的にはよく分からないけれど、喧嘩と乱闘の境界、とかだろうか?

これ以上は特に訊きたいことがあるわけではなかったため、ポリポリと濃い目の塩味の効いた漬物を食べながら話し始めるのを待つことにした。

 

「…で、だ。これまでは私達が出る幕じゃあなかったが、今回は違ったわけだ。そりゃああんたが全て悪いなんて言うつもりはない。が、何にも悪くないとは言えないよな。分かるか?あんたはちょっとばかりやり過ぎてんだよ」

「自覚はしてますよ。それで、わたしにどうしろと?」

「こんなこと言うのは柄じゃあねぇが、抑えろ。…ま、言っても無駄だろうし、どうせさとりにも言われてるだろうけどな」

「…善処はしますよ」

 

少なくとも今回はそんなことするつもりはなかったのだから。運がよかったけれど、運が悪かった。

話が終わった気配を感じ、つまみを残したまま腰を僅かに上げようとしたところで、勇儀さんは静かに口を開いた。

 

「仏の顔は三度までらしいが、私の顔は何度までだと思う?」

「…さぁ、貴女のことはそこまで知りませんから。けど、そんな仏様なんかよりよっぽど話せると思いますよ」

 

そう返しながら襖を開けて廊下に出た。後ろから攻撃する、なんてつまらないことはしてこないことから鬼の顔は一度ではないらしい、と思いながら廊下を歩いていく。

…あぁ、疲れた。もう地霊殿に帰ったら寝ようかねぇ。

 


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