東方幻影人   作:藍薔薇

328 / 474
第328話

「…よし、行ける行ける」

 

閉じた瞼をゆっくりと開くと、そこにはいかれた世界が広がっていた。何処か辻褄が合わないような気がする世界。思考と視界のズレが著しい。

わたしは四次元空間といういかれた世界に潜り込むことを簡易化するために、わたしが四次元空間に潜る鍵となる新たな軸を『碑』によって精神に刻み込んだ。刻み込んだ瞬間は気が狂うかと思ったけれど、一度そうなってしまえば意外と楽なものだ。

まずは新たな軸の少し先に球体を一つ創造し、地面に転がす。…うん、相変わらず透けてて触れることも出来やしない。次に新たな軸のさらに少し先に球体を一つ創造し、僅かに透けている球体の上に落とす。結果はお互いに触れ合うことなく重なった。ま、そりゃそうか。

一本の長い棒を創造し、真ん中を手に取る。両端に近付いていくにつれてだんだん透けて見える不思議な棒だけど、両端のそれぞれが新たな軸に向かって伸びているからそう見えるだけだ。

 

「よっ、ほっ」

 

四次元から軸を一本引き抜いて三次元へと思考を切り替えて思うがままに振り回してみるが、何だか変な感じだ。普通に振り回しているつもりなのに、まるで重心が傾いたものを振り回しているような違和感。あと、見た目のよりも少し重い。ただ、持っているところから少し離れれば触れることも出来ないから、本来なら有り得ない体をすり抜けた動かし方が出来て少しだけ面白い。

棒を地面と水平にし、地面に転がっている球体に突き出す。最初はすり抜けていくが、途中でぶつかった感触と共に一つ転がっていき、その僅か後にもう一度ぶつかって転がっていく。…えぇと、大体この辺とこの辺でぶつかったよね。

 

「…んー、このくらいズレてる、から…」

 

尖った先端側が透けて見える錐を二本創造する。それぞれの先端部分が棒でぶつかった場所から推測した分だけズレて創っている。試しに先端を指に突き刺そうとして見るけれど、当然のようにすり抜けていく。

 

「ほい」

 

転がっていた球体に向けて錐を振り下ろすと、ブスリと突き刺さる。そのまま持ち上げて錐ごと回収する。…うん、出来た出来た。毎回創っては霧散させるより、こうして回収出来た方がいいよね。妖力もったいないし。

 

「ほい…っ?」

 

もう一本の錐を球体に振り下ろしたが、先端が掠りながらすり抜けた。すり抜けたのに掠ったというのは何だか変な感じだけど、そうだとしか思えない感触だった。これは少し外れてしまったかな?

失敗した錐を回収し、もう一度創り直して振り下ろす。今度はちゃんと突き刺さったので、すぐに回収した。

 

「さて、次は」

 

右人差し指を左手のひらに当て、妖力弾を発射する。パス、とショボい音を鳴らして被弾した。威力を落としに落とした妖力弾なので傷もないし痛くもない。

続けてもう一発放つ。すると、それは手のひらをすり抜けて向こう側へ飛んでいく。新たな軸にズレた位置から発射された妖力弾なのだから当然なのだけど。…うん、これであとは霊夢さんがどこまでズレているかだ。それが分かれば、もしかしたら攻撃が可能となる。

 

「…なら、把握するしかないよねぇ」

 

そう独り言ちながら、ゆっくりと瞼を閉じる。頭の中に浮かぶ三本軸に新たな軸を突き刺し、目を見開く。再びいかれた世界を味わいながら、地面に手を当てて妖力を薄く広げていく。…違う、こうじゃない。普段通りじゃあ駄目なんだ。もう一本増やした軸を意識しろ。そちらにも妖力を伸ばしていけ。想像出来る。創造出来る。それなら、妖力だって流せるんだ。そうだろ、わたし?

 

「…ぁアアッ!」

 

出来た。けれど、頭が軋む。思わず肺の中から漏れ出た空気が、短い叫声となって出てくる。いい加減慣れたと思っていたただの空間把握なのに、一本軸が増えただけでこんなにも辛い。四次元空間を頭の中に形成するのはそこまで辛くないのに、四次元空間を把握することはこんなにも辛い。

すぐさま妖力を止め、軋む頭を両手で押さえ付ける。こめかみの辺りを強く押し込み、痛覚を用いて気を紛らわらせていく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

両目をギュッと強く瞑って腰を下ろし、立てた両膝の間に頭を入れて押さえ込んでから荒れる呼吸を少しずつ整えていく。けれど、軋む頭が少しだけ楽になると、今度はまた別のことが頭に浮かんでくる。それについてちょっと考えた瞬間、吐き気が込み上げてくる。気分が悪い。気味が悪い。あぁ、世界はあんなにも広がっているのに、世界はこんなにも狭い。三次元存在である自分の身体があまりにも不完全であるように思えてくる。

ああ、そうだ。考えないようにはしていたけれど、何時かそう考えるんじゃないかとは思っていたよ。四次元存在があるなら、三次元存在であるわたしは低次元だって。四次元物質を創れても、わたし自身はそのままだって。たかが一本足りないだけだ。けれど、その一本はあまりにも偉大な一本だ。

湧き上がる絶望感を味わいながら縮こまるわたしの背中に、突然誰かの背中がもたれ掛かってきた。

 

「…おーい、大丈夫?」

「…全然」

「そっかぁ。じゃあ、深呼吸しよう。ほら、吸ってー、吐いてー」

 

背中にもたれ掛かってきたのは、こいしだった。言われるがままにゆっくりと息を吸い、最後まで吐き出すを繰り返していく。呼吸が落ち着きを取り戻したことで軋んでいた頭も少し楽になったが、それでも頭は錘でも中に詰められたように持ち上がる気がしない。

 

「落ち着いた?」

「少し。けど、辛い」

「何があったの?」

「…自分という存在がさ、あまりにも小さくて、薄っぺらくて、ショボいものに思えてね」

「そう?幻香は凄いと思うけどなぁ」

「そんな凄いこともさ、どうもつまらないものに思えるんだよ」

「それなら自分が凄いと思えることをすればいいじゃん」

 

そんなことを、こいしは簡単に言ってくれる。

 

「…どんな?」

「さぁ?わたし、幻香がどんな風に悩んでるか分かんないもん」

 

…そうだよね。多分、馬鹿な悩みだって思われるんだろうなぁ。

 

「三次元存在でしかないわたしが嫌になったんだ。目の前に四次元物質があるのに、それを創るわたし自身が低次元であることが酷く悲しい」

「意味分っかんなーい」

「…ですよね」

 

そう呟くと、こいしはんー、と僅かに唸ってから言った。

 

「そんな難しいこと考えてる暇があったら、わたしは楽しいことしていたいからね。幻香は、それじゃ嫌なの?」

「…嫌じゃないと思いますよ。けど、一度こびり付いたこれが剥がれ落ちることはないんだろうなぁ…」

「じゃあ、そんなことが小さくて、薄っぺらくて、ショボいって思えるもっと凄いことをすればいい。どんなにこびり付いても気にならないくらい、凄くて凄くて、物凄いことをすればいい」

 

…あは。こいしは、簡単に言ってくれるなぁ。

 

「…凄くて凄くて、物凄いこと、ね。例えば、どんなことでしょう?」

「知らないよ、そんなの。…けどねー、うん。そうだねー…、四次元物質がショボくなる五次元物質を創ったら?それでも駄目なら六、七、八、って増やすとか」

「…それ、解決にならないんですけど」

「それを創れるわたし凄い!…ってならないの?」

「…さぁ?創ったことないから分かりませんよ。けど、少しくらい誇れるかもしれませんね」

 

そう答えると背中に寄り添っていた重みがなくなり、その代わりに両肩に手が乗せられた。重い頭をゆっくりと上げてみると、こいしの顔が間近にあった。

 

「なら、それでいいじゃん。ほら、難しいことより楽しいことしよっ?」

「…そうですね。少し、別のことをしましょうか」

「そうそう!息抜きしなきゃすぐ破裂しちゃうからね」

「…あー、前にそんなことも考えてましたねぇ…」

 

出来るまでそれ以外切り捨てることだってありますが、という言葉は言わないでおく。

錘をその場に捨て置き、こいしに引っ張られるままに地霊殿へと戻っていく。これから何をするのだろうか?きっと頭の中に渦巻く色々なことを思い出さないで済むくらい楽しいことだろう。…少しの間でいいから、わたしを楽にしてほしい。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。