東方幻影人   作:藍薔薇

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第329話

「焼き団子五本ください」

「焼き団子五本ねっ。ちょいとお待ちをー」

 

十を手渡して五をお釣りで受け取ってから団子屋の外に置かれた背もたれのない椅子に腰を下ろし、白い息を吐きながら天井を仰ぐ。ふとした時に気付けば見上げることが多くなった気がする。あの色の変わる空が恋しくない、と言ったら嘘になるだろう。けど、それでも構わないと思っている自分もいる。…つまらないことで悩んでるなぁ、本当に。

天井から視点を動かし、少し前から弾幕遊戯を興じている女郎蜘蛛と妖怪狐を見遣る。蜘蛛の巣でも張るように弾幕を広げて相手の行動を阻害する女郎蜘蛛に対し、妖怪狐はその弾幕を突き破る強力な弾幕を放っていた。…ただ、その妖力弾が油揚げのような形をしているのは正直どうかと思う。

 

「ほらっ、焼き団子五本だよっ」

「ありがとうございます。いただきます」

 

店主さんに呼ばれ、弾幕遊戯を見上げるのを止めて焼き団子を受け取る。軽く焦がした醤油の香ばしい匂いが食欲をそそる、…のだろう。ともかく、美味しそうなのは確かだ。

 

「あんたねぇ、あの賭博場で荒稼ぎしてるんでしょっ?もっとたくさん食べてもいいのよっ?」

「どれだけ荒稼ぎしても今の手持ちにないからねぇ」

「あら残念ねぇ」

 

そう言って残念そうに頬に手を当てているけれど、彼女はわたしが荒稼ぎした多額の金は地霊殿に貯まっていると思っているんだろうなぁ。それとも、返金していることを知ってて言ったのかな。ま、どちらにせよたくさん買ってほしいと思っているのだろう。金はわたしが考えているよりも大きな力を持っているのだし。

 

「そういえばあんたっ。今日はこいしちゃんと一緒じゃないのねっ」

「こいしは何やら気になることがある、って言って数日前から帰ってきてませんよ。何処に出掛けてるのやら」

 

そう言いながら肩を竦めるけれど、こいしは地上に出てるだろうな、とは思う。何に興味を抱いたのかまでは分からないけれど。

実は地上に勝手に行っているこいしに付いていこうと考えたことがある。けれど、それをしてしまったらわたしは二度とここに戻ってこない気がしたから止めた。地上に戻るつもりで降りたくせに、今更何を言ってるんだか。自分で自分を笑いたくなる。

 

「ごちそうさま。美味しかったですよ」

「あらまぁありがとっ!少ししたら降ってきそうだから、気を付けてねっ」

「はぁ、そうですか。ありがとうございます」

 

食べ終えた串を返し、道に足を踏み出す。改めて天井を見上げてみるけれど、地底には雲なんてあるはずもなく、わたしには降るかどうかなんてよく分からない。けど、ここにいて長い妖怪がそう言うんだ。信じるに値するだろう。この辺りに傘を売ってるところってあったかな?二十五で買えればいいんだけど。

女郎蜘蛛が何か言っているのを見たところで顔を前に向け、傘を売っている店を探す。普段使う機会のない金を消費する機会だ。…まぁ、見つかる前に降ってきたらそれっぽいものを創ればいいや。

 

「…見つからん」

 

探すこと数分。ものを売る店はいくつか見つかったけれど、そこに傘が置かれていることはなかった。もしかしたら、この辺りには売っていないのかもしれない。

自力で探すより、訊いたほうが早いか。そう判断し、もう少しですれ違う妖怪を軽く観察する。…ふむ、わたしに気付いても反応は特になし。目立った武器の所持はなし。敵意悪意殺意なし。とりあえず大丈夫そうだ。

 

「すみませーん」

「あら、地上のじゃない。どうかしたの?」

「この辺りで傘を売ってる店ってありますか?」

「傘ねぇ…。それならここから三つ目の細い横道を抜けた先にある青い暖簾のお店がそうよ。ちょっと堅物な店主さんだけど」

「そうですか、ありがとうございます」

「そんなに気にしなくてもいいのよ。オホホホホ…」

 

お上品な笑いと共に立ち去る妖怪に軽く手を振ってから、言われた道を目指して歩き出す。その途中で背後から弾幕が飛び交う音が聞こえてきたので振り返ってみると、先程から続いていたらしい女郎蜘蛛と妖怪狐がこちらへ向かって飛んできていた。

 

「うわ、地上の!?」

「待てコラー!」

 

眼を見開く女郎蜘蛛とそれを追う妖怪狐の様子から察するに、どうやら女郎蜘蛛が一時退避をしようとこちらに飛んできたらしい。蜘蛛の巣のような弾幕でどうにか妨害しながら逃げているようだけど、それを無理矢理突き破る妖怪狐相手では距離を離せずにいるようだ。

ぶつかって邪魔するのも悪いので横に逸れつつ、飛来する弾幕を躱しながら先へ進む。まぁ、この程度の弾幕なら被弾することもないだろう。

 

「チィッ、もう三十秒経った!あと三十秒!」

 

舌打ちと共にそう言った妖怪狐の言葉から察するに、どうやら最後の切札を使用しているところを逃げられたらしい。

弾幕遊戯の規則はさとりさんが頭を捻らせ考えた結果、少し前から少しだけ追加されている。それは、最後の切札は残機――被弾出来る回数のこと。零になったら負け。こいしが名付けた――を一つ消費することで三十秒追加してもよい。この消費で残機が零となっても被弾もしくは時間終了するまで弾幕遊戯を継続することが出来る、というものだ。つまり、被弾三、切札三で一度も被弾せずに最後の切札を使用すれば、最長二分間継続出来ることになる。見方を変えると、被弾すると最後の切札の時間が三十秒減る。

まぁ、この規則には続きがあり、被弾不可能な状態となる切札の場合、追加出来る時間は十秒とする、というものがくっ付いているけれど、地底でそんな切札を使っているのはこいししか見たことがない。

こいしが言っていた制限時間撤廃まではいかなかったけれど、悪くはないと思っている。少なくとも最後の切札を出し渋るようなことはかなり減っただろう。

 

「痛っ!」

「勝ったー!これで六連勝目ー!」

 

ふむ、どうやら妖怪狐が勝利を収めることが出来たらしい。まぁ、わたしにはどれだけ勝利を重ねようと関係のないことだ。

 

「よし、次の相手はーっと。あ、いた!おいそこの地上の!」

「…はい?」

 

前言撤回。関係が出来てしまった。

 

「勝負だ勝負!私の華麗な十連勝の足場になってもらおうか!」

「…だったら別の人とやったほうがいいですよ」

 

尻尾一本しかないし。わたしの知識が正しければ、尻尾は多ければ多いほど、大きければ大きいほどその妖怪の妖力は強いはずだ。妖怪となった猫が猫又となって尻尾が二本になるように、九尾の狐が絶大な力を持つように。…まぁ、そう単純じゃないとも思うけど。

彼女が望む華麗な十連勝を途中で挫くのも悪いし、さっさと傘を買いに行きたいので遠慮しようと思ってそう言ったのだけど、どうやら相手は納得してはくれなさそうだ。むしろ、怒りの感情を纏い始めている。

 

「…はぁ。分かった分かった。時間が惜しいから、被弾切札共に三。これでもいいなら勝負してあげますよ」

「む。…いいだろう、その条件飲んでやる!どうせ私が勝つからな!」

「あー、はいはい。勝てる勝てる」

 

自信満々な妖怪狐の言葉を適当に流し、軽く浮かび上がる。ここでそのまま始めると、ここを歩く妖怪達に迷惑をかけかねない。

後ろを振り向き、妖怪狐が付いて来ていることを確認してから、傘が売っているという青い暖簾の店を見つけておく。少し遠かったけれど傘が外に出されているのも見えたので、少しホッとした。

正直面倒臭いけれど、まぁいいか。やらずに済むならそれがよかったけれど、負けるのは癪だし、勝ちに行きましょう。

 

「井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知ると言うそうですが、海も空もないここで貴女は何を知っていると思いますか?」

「あーっ!?どういう意味だコラーッ!」

「別に意味なんて特にないですよ。娯楽なんだから、楽しくいきましょう?」

 

肩を竦めながら『幻』を展開し、妖怪狐が早速撃ってきた一発の妖力弾を躱す。

さぁて、どうしましょうかねぇ。

 


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