東方幻影人   作:藍薔薇

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第330話

規則なんて決めていない乱雑な弾幕を『幻』に任せて放たせながら両腕を組み、わたしの前に浮かぶ妖怪狐がわたしに放つ弾幕を眺める。先程女郎蜘蛛とやっていた時とは違い、弾幕の威力は抑えられていて、その代わりに密度が濃くなっている。相手の弾幕を突き破るほどの威力が必要ないからだろう。

 

「貴女に三つ選択肢をあげる」

 

左目を閉じ、ここ最近の相手では強いほうなんだろうなと思いながら人差し指、中指、薬指を立てる。怪訝そうな顔になっているけれど、気にせず続きを言う。

 

「一つ、理解不能なまま負ける。二つ、実力差を知って負ける。三つ、降参して負ける。好きなのを選ぶといいよ」

「はあーっ!?なーに言ってるんだテメーっ!」

「…じゃあ四つ、わたしがわざと負ける。これも付け加えてあげるから」

 

組んでいた腕を解き、肩を竦めながら選択肢を増やす。怒声をあげているけれど、そうなってくれて嬉しいよ。あからさまな挑発なんだから。

正直に言おう。この妖怪狐、あの頃のこいしより弱い。ついでに言えば、今は怒りで視界が狭くなっているだろう。したがって、負ける要素が全然ない。

 

「ま。選べないなら勝手にするよ。時間が惜しい」

 

自分も選べていないくせに、と責める自分がいる。他の誰かが決めてくれるのなら、もしかしたらわたしはそれを選ぶかもしれないな、と少し考えた。けれど、何を言われてもわたしはそれらしいことを言って有耶無耶にするだろうな、と責め立てる自分を半ば肯定する。

そんなことが頭を過ぎりながら、わたしは彼女に右手の人差し指を向ける。そこに妖力が集まったところで、わたしは宣言した。

 

「児戯『閃光花火』」

「ぐあッ」

 

そして、指先から妖力弾を一発撃ったと同時に視界が一瞬だが真っ白になる。閃光をまともに喰らった妖怪狐は短く悲鳴を上げて両目を両手で押さえ付けた。わたしがやったことは、妖力弾の発射と共にそこら中にある光をわたしの指先一点に複製しただけ。留めることの出来ない光は、そのまま拡散して視界を一瞬白く塗り潰す。要するに、ただの目くらまし。

そのまま目を閉じていたら、わたしが撃った妖力弾が貴女に接近したところで幾千に分裂して盛大に被弾するだけ。

 

「う…っ。…危なっ!」

「お、避けるねぇ。まだ続くけど」

 

わたしは放った妖力弾が分裂する前に薄目を開いた妖怪狐は危険を察知して大きく横へ飛んだ。その後、妖力弾はその場にいれば彼女一人くらい簡単に飲み込める花火となった。

横に飛んでいく彼女に向けて一秒に一発ずつ撃ち続ける。途中から少しずつ間隔を狭めていくが、発射するときに相手がいた場所に撃つことにしているこの切札では移動し続ける彼女には被弾させることが出来なかった。そして、いい加減わたしの目にも閃光が焼き付いたころに切札は終わりを告げた。こんな子供騙しな切札で被弾させれたら楽だったけれど、仮にも六連勝中の彼女には通用しないらしい。

 

「へっへーん!そんな切札掠りもしないね!」

「ん、そうですね」

「余裕な態度がむかつく!狐符『篝火狐鳴』!」

 

ちょっとの間使いにくくなった右目を閉じ、事前に閉じていた左目を開いて視界を確保して二十個程度の火を浮かばせる彼女を見る。触れたら熱そうだなぁ、と思いながら持ち歩いている緋々色金の魔法陣を撫でた。

彼女が両腕を前に突き出すと、浮かんでいた火が真っ直ぐとわたしに向かってゆっくりと飛来してきた。まだわたしに届きそうもないので、その場で待機していると、突然こーんと一つ鳴いた。その声を聞いて反応したのか、火の軌道がそれぞれ少しずつ傾いていく。…一瞬水を創って消火しようかなんて考えたけれど、止めておこう。

 

「やっとかぁ」

 

火を浮かべ、発射し、鳴いて軌道変更を三度ほど繰り返したところで、ようやく火の弾幕がわたしを囲んだ。近くにあって火に手をかざすと、それなりに温かい。これ以上近付けたら熱いと思うんだろうけど。

ザッと火の軌道を見てからこれから開けるであろう空間を予測し、そこへ移動する。彼女が一声鳴いたら再び軌道から予測して移動する。幸い、一度に追加される火の数は二十程度。多少の不規則性はあれど、一つ一つの隙間は大きい。

 

「この程度なら問題ない、っと」

「っ…!」

 

片目だから微妙に遠近感を感じにくいけれど、それでも何ら問題ない。『幻』任せな弾幕じゃあ味気ないだろうと思い、最速の妖力弾を一発彼女の眉間に放つと、それをすんでのところで躱された。

 

「…ん?」

 

そんな時、わたしの右瞼に何かが落ちてきた。それはそのまま頬を伝っていく。上を向くと、チラホラと白い点が見えた。…雪だ。本当に降ってきたよ。まだ傘買ってないのに…。

…彼女には先に謝っておこう。

 

「ごめん、時間だ。疾符『妖爪乱舞』」

 

その宣言と共に両目を開き、両手の全ての指から妖力を噴出させる。伸ばした妖力の長さは手首から肘くらい。

目の前にある火を引き裂いて掻き消しながら彼女との距離を二秒足らずで詰め、目を見開いて硬直している彼女に向けて右腕を振り下ろす。一回目。

両腕を左右に大きく振るい、浮かべていた火をまとめて掻き消したところで大きく距離を取られたが、三秒経たせるために少し遅めに追い付いて横薙ぎに振るう。二回目。

 

「どっ、憧憬『九尾』!」

 

慌てた様子で宣言した切札。彼女の背後から大きく広がる妖力は九本に分かれており、まるで九つの尻尾のようだ。きっと、彼女も一時期は九尾の狐を目指していたのだろう。どうやってその姿となるのかはわたしには分からないけれど、結局彼女はその途中で諦めてしまったのだろう。九尾の狐には、なれなかったのだろう。

 

「けど、わたしは十指だ」

 

多方面から迫る妖力をその場で縦に横に乱回転し、まとめて引き裂く。悪いけれど、貴女がどれだけ憧れていようとどうだっていいんだ。

彼女までの道を切り開いたところですぐさま飛び出し、呆然とした表情を浮かべた彼女の顔をすれ違い際に引き裂いて両手から噴出させた妖力を切った。

 

「それじゃ、わたしは傘を買いたいので」

 

後ろでガックリと力なくうなだれている妖怪狐にそう言ったけれど、返事はなかった。威力調節でヘマをするほど慌てていなかったから怪我はしていないはずだけど、気持ち的にはかなり傷付いてしまったのだろう。何せ、わたしの二つ目の切札宣言から終了まで十秒以下だ。

んー、ちょっと悪いことしたかなぁ…。ま、いっか。

 

 

 

 

 

 

雪が強くなる前に急いで青い暖簾の店まで飛び、目の前に着地する。すぐさま暖簾を潜り、奥で座布団に胡坐をかいている妖怪に会釈をした。うんともすんとも言わず、ただジーッとわたしを見てくるけれど、敵意はなさそうだ。

店の中を見渡してみると、見事に傘しか置かれていない。少しくらい他のものはないのか、と思ったけれど、そんなものは見当たらなかった。傘を売っている店はあるか、と訊いたのはわたしだけど、まさかそれしか売っていないとは。

とりあえず目に付いた黒い傘を一本手に取って開いてみる。…うん、これでいいかな。けれど、値札が付いていない。

 

「…すみません」

 

奥にいる妖怪に声を掛けてみたが、返事がない。もう二、三度言ってみたが、結果は変わらなかった。…しょうがない。気にせず話し続けるか。

 

「この傘、いくらですか?」

「…二十七」

 

ボソボソとした声だったが答えてくれた。…のはいいんだけど、少し高い。閉じて元の位置に戻しておき、ヒヤリとした冷たい風を足元に感じて外を見遣る。…うげ、もうかなり降ってる。この天気で傘もなしに出るのはちょっとなぁ…。

 

「二十五で買える傘ってあります?」

 

そう訊いてみると妖怪は重い腰をあげてのそのそと歩き出し、先程わたしが手に取ったものと似たような見た目の傘を手に取った。遠目だから分かりにくいけれど、少しだけ短めな気がする。そして、二十四と言いながら押し付けられたのですぐに二十四を出して手渡し、その傘を購入した。

 

「ありがとうございます」

 

お礼を言ったけれど、返事はなかった。…んー、堅物って言われた理由がよく分かった気がする。

傘を差して外に出て、ふと思う。こんな風に時間を掛けていたら、いつかわたしの居場所が地上にバレるみたいな困難が迫ってくるかもしれないな、と。今回は簡単に困難を崩せたけれど、そうはいかないことだってある。これまでだって何度もあったんだ。だったらなおさら早く決めなくてはならないはずだ。

 

「…分かってるんだよ」

 

小さく呟くその言葉は、冷えた空気の中に白い息と共に消えた。

 


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