東方幻影人   作:藍薔薇

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第331話

最後に残った一枚の四角い銅板を取り出し、人差し指に引っ掛けた親指の爪の上に乗せる。万が一銅板が傘を突き破ったりしないように腕を傘の外に伸ばし、表が出れば地上に、裏が出れば地底に、と思いながら弾いた。クルクルと回りながら光るそれを見上げ、やがて落ちてきたそれはサクリと浅く積もった雪に突き刺さった。

 

「…駄目か」

 

突き刺さっている銅板を拾い上げ、角に付着した湿った土を拭ってから仕舞ったところで、そもそも表も裏もないことに気付き、落胆と安堵が入り混じったため息を吐いた。そして、安堵の意味がこのため息に込められていることを自覚して再びため息を吐いてしまう。

…止めだ止め。今のわたしがいくら考えたところで、地上と地底を選べそうにない。別のことを考えよう。そう思い、三本軸に新たな軸を突き刺す。相変わらずいかれた世界だよ、本当に。

人差し指をピンと伸ばし、妖力弾を一発だけ放つ。その場に留まった妖力弾はすぐに透けていき、やがて見えなくなった。けれど、わたしは感じている。消えた妖力弾は新たな軸を突き進んでいる。遠ざかったから見えなくなっただけなんだ。

妖力弾を一度止め、先程とは真逆の方向へ進ませる。近付いてくるのを感じ、やがて薄っすらと見えてくる妖力弾を見遣り、わたしが触れることが出来る瞬間を狙って掴み取るようにして回収する。

それだけして、わたしは頭の中の四本軸から一本引っこ抜いた。ふぅ、と軽く息を吐き、少し疲れた頭を冷やす。四次元移動する妖力弾。上手く操ることが出来れば、夢想天生使用時の霊夢さんの索敵に使えそうだ。けど、そう簡単に操作出来るような代物じゃないことが分かった。今のままでは軌道を曲げようとは思えないくらいには難しい。

 

「…うぅ…、ちょっと吹雪いてきたかも…」

 

少し重くなった傘を揺すって雪を落としつつ、徐々に強くなる風と雪を感じ取る。足元が冷たい。ここから地霊殿まではちょっと遠いんだけど、さっさと帰ったほうがいいだろうか?それとも、ところどころで温まりながら帰ったほうがいいだろうか?

 

「急ぐ用もないな」

 

雨宿りならぬ、雪宿りでもしながら帰るとしますか。こんな選択はすぐ出来るんだから、あの選択だってすぐ出来ろよ、と思いながら歩き出す。もう少し凍えてきたら、何処かの店にお邪魔させてもらって少し温まらせてもらうとしよう。何も買えないからただの冷やかしになるけれど、これだけ寒ければ嫌でも冷えるからしょうがないよね。

 

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

「らっしゃい!何人だ?」

「一人です。あと、少し休むために来たので注文しませんよ」

「なんだいそりゃ。…って、地上のじゃねぇか!」

 

今更か。傘を畳んで雪を落としてからお邪魔した店内は、調理に火を使っているからかそれなりに温かい。

 

「…ま、いいか。空いてるとこ座ってろ」

 

客の応対をしている妖怪にそう言われ、店内をザッと見渡す。…えぇと、何処か空いてる場所あるかな…?…んー、いくつか空いている席はあったけれど、どれもこれも相席になってしまう。…あ、一つあった。誰も座っていない空いてる机。

奥の隅っこにある席に腰を下ろし、壁に傘を立て掛けて窓から外を眺める。向かい側の建物が白くなって見えにくくなっており、カタカタと揺れる窓が風の強さを教えてくれる。吹雪が収まってくれれば楽なんだけどなぁ…。

さてどうしたものか、と思いながら吹雪が弱まるのを待っていると、わたしの前に温かな湯気を上らせる湯呑が置かれた。何かと思って湯呑を置いた妖怪を見上げると、白湯だと言われた。お礼を言い、ありがたく受け取ることにする。

 

「ふぅ…」

 

ゆっくりと白湯を一口含んで温まりながら、目を瞑って頭の中で四次元空間を広げていると、店の扉が開いた音とらっしゃいと言う声が聞こえてきた。…ま、どうでもいいや。今はこの四次元空間に慣れる方が優先される。相手は気力次第でいつまでも出来るのに対し、わたしは無理矢理行っているのが現状だ。負荷を減らすためには、やはり慣れるしかない。それが普通だ、と思うまでは時間が掛かるだろうけれど、そう簡単に近道があるとは思えない。急がば回れ、遠回りだと思っていた道が最も近い道であった、というものだ。

頭の中で一つの点を思うがままに動かしていく。三次元空間ならどうってことないことでも、四次元空間だとなかなか難しいものだ。実際に動かすのはもっと難しいのだから、せめて頭の中くらいは、と思ったけれど、やはり難しい。

もう少し動かしたら点を一つ増やそうかなぁ、と考えたところで、誰かがわたしの前の席に座る音が聞こえてきた。え、どうしてここに座るの?…いや、それより一体誰がここに座ったか確認しないと。四次元空間を考えることを止め、慌てて軸を一本引き抜いて目を開く。

 

「ようやく目を開けたわね。私なんか見る価値もない、とでも言いたいのかしら?妬ましい」

「…少し考え事してただけですよ、パルスィさん」

 

緑色の嫉妬を孕んだ瞳と目を合わせ、わたしは軽く返す。あからさまな舌打ちを受け取りつつ、再び窓の外を見てみると、先程と大して変わらない景色であった。…んー、弱まらないかなぁ。

パルスィさんがきつねうどんと注文するのを聞き、ふとさっき弾幕遊戯をした妖怪狐のことを思い出す。彼女も油揚げが好きなのだろうか。妖力弾の形が油揚げを模してしまうくらいだし。わざわざ形を模すなんてことする暇があったら、球体でも何でも撃ったほうがいいと思うあたり、わたしには魅せるという感覚が致命的にないことを思い出させてくれる。

 

「そういえば、ここに来る途中で貴女を見かけたのだけど。…どう?その弾幕遊戯とやらで勝利した感想は?」

「感想?…いや、きっと強いんだろうなぁ、とは思いましたよ」

「余裕そうね。消化試合とでも言いたいのかしら」

「消化試合とは違いますよ。娯楽で、遊戯なんですから」

「文字通り遊んであげた、ってところかしら。…嫉ましいわね」

 

それからもなんかブツブツ呟いてて、少し聞いてみようと思って耳を澄ませたら雪を妬むわ、風を妬むわ、冬を妬むわ…。もう好きなように妬んでください…。

少し温くなった白湯を飲み干したところで、注文していたきつねうどんがパルスィさんの前に置かれた。各机に置かれている小瓶から赤い粉末を少量入れてから食べ始めるのを、わたしは黙って見ていることにした。それにしてもこの赤い粉末はなんだろう?指先に少し出して舐めてみる。舌先を針で突いてくるような辛さ。…これ、唐辛子だ。

半分ほど食べたところで一息吐いたパルスィさんに、ふと思い付いたことを訊くことにする。

 

「貴女はやらないですか?弾幕遊戯」

「やる相手がいないわよ。何?悪いの?」

「いえ、全く」

 

けどまぁ、興味なしではないんですねぇ…。橋の上からあまり動かない、と聞いた彼女も多少何とも興味を持つ程度には広まっているんだなぁ、と思う。さとりさんのペット態とこいしが頑張ってくれた結果だ。わたしはやってくれ、と言われたらやる程度だけど。

 

「何よその目。ハッ、まさか私を憐れんでるの?」

「誰か誘ってみればいいじゃないですか。意外にホイホイ釣れるかもしれませんよ?」

 

そう言ってあげたら、パルスィさんは残っているきつねうどんを食べ始めてしまった。答えてから食べてくれてもいいのに、何故だ。

…ま、いいや。ちょうど外の吹雪もちょっとだけど弱くなってきたみたいだし。

 

「ま、どうしても相手がいなさそうならわたしを見つけてくれれば付き合ってあげますよ。さとりさん曰く、わたしも一応弾幕遊戯の広告塔らしいので」

 

それだけ言って傘を手に取り席を立つ。うどんを啜っているパルスィさんがわたしに何かを言おうとして喉を詰まらせたけれど、吹雪が弱まった今を逃すつもりはない。それに、わざわざ嫉妬の籠った言葉を受け取る理由もない。

 

「これ、休ませてくれたお礼です。最低額ですが」

 

店を出る前に、わたしの応対をしてくれた妖怪に最後の四角い銅板を弾く。少し驚いた表情をしてから、またどうぞと言われて送り出される。…ふむ、またどうぞと言われたのだし、今度はちゃんとお金を持ってくるのも悪くないかもしれないな。

外に出てみると、思っていたよりまだまだ強い吹雪だったので、もう少し休んでいたほうがよかったかもしれないなぁ…、とちょっとだけ後悔する。急いだほうがいいとしても、先走るのもよくない。なかなか厳しい世の中だなぁ…。

 


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