東方幻影人   作:藍薔薇

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第334話

さとりさんには太い釘を数本刺され、最後にはため息と共に説教の終わりを告げた。確かに、先程やった行為は怨霊に取り憑かれるのと大差がない。違いがあるとすれば、それがわたしの創った精神かそうでないかくらいだ。さとりさんが怒るのも分かる。

 

「…もうやるな、とは言われなかったなぁ」

 

けれど、わたしがその程度で止めることはないことをさとりさんは知っている。記憶を把握してその精神を複製する程度で、他者にこの体の主導権を委ねる程度で、最悪わたしが消滅する程度で、止まらないことを知っている。

…まぁ、他の誰がそんなことに協力してくれるのか、って話だけどね。こいしにだって、七割方断られると思ってた。

やけに上機嫌なこいしはわたしの手を引っ張っていき、そのままこいしの部屋まで連れて行く。わたしが扉を抜けるとほぼ同時に被っていた帽子を放り投げながら片脚で器用に扉を閉めたこいしは、わたしをベッドに座らせてその隣に腰掛ける。

 

「それじゃあ今度は幻香の番だよ!わたしの言う通りにするのだー!」

「はいはい、そういう約束ですからね。好きなのをどうぞ」

 

わたしはこいしに『わたしにこいしを一度ください』と言った。こいしはわたしに『わたしに幻香を一回ちょうだい』と言った。

わたしはこいしに妖力を流して精神を把握し、複製してこの身に宿した。無意識を無意識のまま操り無意識のまま生きる感覚を知った。さとりさんがわたしの心を読むことが出来なかったことを目の当たりにした。そして、彼女と交渉して回収させてもらった。事情を知識として知っていたらしい彼女は、それが普通だといった風に消えた。

さて、こいしはわたしに何をするのだろう?記憶を把握したと言っても、碌に読まずに把握するだけしてさっさと複製したので、何を考えていたのかはそこまで知らない。

 

「それじゃ、この部屋を出るまでね。そこ座ってて!」

 

どうやらこの部屋を出るまでは言いなりらしい。別に構わないけれど。

その場で座ったまま待っていると、こいしは鼻歌を歌いながらわたしの後ろに回った。そして、八重でやったことの続き、つまり髪弄りをし始める。

 

「ふっふーん」

「楽しいですか?」

「うん、すっごく楽しい」

 

手櫛で髪を梳かれると少しくすぐったい。目を瞑ってこいしに任せていると、髪の毛を様々な場所で握られる感触を覚えた。頭の上の方、後頭部の真ん中あたり、首の後ろ、両耳のあたり、首の両側、右耳のあたり、左耳のあたり…。

それから、わたしの髪の毛をどう弄るか決めたらしいこいしがわたしの髪の毛を二つに分けた。

 

「幻香の髪の毛は真っ直ぐだよねぇ」

「らしいですね」

「何それ他人事ー。わたしはこんなウニョウニョなくせっ毛だからなぁ」

「みたいですね」

「けど、さっきの幻香はくせっ毛だったね。わたしと同じで」

「あの時わたしは貴女になったんですから当然ですよ」

「背丈も声も同じだったもんね」

「…どう思いました?」

「ちょっと驚いた」

「それだけ?」

「それだけ」

 

そんなことを話していて、気付けば二本の三つ編みが出来上がっていた。お燐さんの三つ編みよりも緩く結ばれている。この結ぶための紐はいつの間に用意したんだろう…。片方の三つ編みに触れているわたしにはい、と何か手渡されたと思えば、それは手鏡だった。

 

「どお?」

「いいですね」

 

鏡に映る病的なまでに真っ白な肌、絹のように白く透き通る髪の毛、薄紫色の瞳。自分の顔なんて久し振りに見た気がするなぁ、なんてことを思う。この顔を直接見れる生物は、わたしを除くと誰もいないんだろうなぁ…。だから、当たり前に容姿を持つ他の皆が少しだけ羨ましい。

 

「んー、他にも色々試していい?」

「構いませんよ」

 

紐を解かれると髪の毛が広がり、元に戻った髪の毛を今度はまとめて持ち上げられる。

 

「ところでこいし」

「なぁに、幻香?」

「こいしに成ってみて思ったんですが」

「何を?」

「何と言うか、こいしって実はそこまで強くないんですね」

「そうだよ?当たり前じゃん。そもそも、鬼と喧嘩してる幻香と比べてほしくないかなぁ」

「…彼は弱いだけですよ。誰彼問わず喧嘩出来るほど、わたしは強くない」

「あのねぇ、仮に一番弱い鬼だとしても十分に強いの。並みの妖怪じゃあ一撃で吹き飛ばされるくらいにはね」

「わたしだってまともに一撃喰らえばお終いですよ?」

「その一撃を喰らわないのがおかしいんだって」

 

そうかなぁ…?あんな真っ直ぐ打ち出された拳なら横に跳ぶだけで当たらないのに。まともに喰らったときは酷い目に遭ったものだ。…まぁ、あれでも手加減されていたけども。

萃香と勇儀さんのことを考えていたら、わたしの頭の上には髪の毛で大きな団子が出来ていた。何じゃこの髪型。

 

「どお?」

「…正直、微妙…」

「ならこれにしよっと」

「何故に」

 

…ま、いっか。そこまで気にすることじゃないし。

立っていいのかどうか迷っていると、こいしはわたしの隣、ではなく膝の上に腰を下ろした。何故に。見上げるこいしのにひー、とした笑顔が見下ろし、わたしは優しく抱き締める。

 

「幻香は今じゃ色々創れるんだよね?」

「まぁ、頑張れば大抵のものは創れると思いますよ」

 

月で覚えた原子に関しては全て『碑』で刻み込んだし、水などのよく使う分子も刻み込んである。最近では、立方体、球体、糸、手頃な包丁や刀などの武器の形などもいくつか刻んでいる。仮に刻んでいないものだとしても、時間を掛ければ頭に思い浮かべて創れると思う。

 

「それでさ、欲しいものがあるんだ」

「欲しいもの?」

「うん。幻香がここにいた、って証明になる綺麗なものをここに飾りたいの」

「…証明」

 

…あぁ、なんてことを言うの。まるで、わたしが地上に戻る以外選択しないと思っているみたいじゃないか。…いや、どうなんだろう。結局、わたしはどちらにしたいんだろう。分からない。分からない。分からない。

 

「そうですね。どんなものがいいですか?」

「そこまで大きくない、手のひらに乗るくらいでいいの。形は、幻香が決めて」

 

けれど、そんな迷いを見せないように微笑む。笑え、わたし。こいしに勘付かれないように。嗤え、わたし。そうやっていつものように嘘を貼り付けるわたしを。

 

「そうですね…。それでは、好きなように創らせてもらいますか」

 

瞼を閉じてゆっくりと息を吐く。頭の中にこいしを思い描き、彼女から連想されるものを並べていく。無意識、覚妖怪、閉じた第三の眼、薔薇、ハート、緑、希薄…。よし、少し難しそうだけど薔薇にしよう。

薔薇の大まかな形を思い浮かべ、それから少し厚めの花びらを一枚一枚簡単に外れたりしないように丁寧にくっ付けていく。次に首に掛かっているネックレスの飾りの金剛石を摘まんで空間把握。その分子構造を頭に叩き込み、薔薇の形を合わせる。色は空色にしておこう。

 

「…出来た」

「うわぁ…」

 

こいしの前に出した右手の上に出来た小さな重み。平らな場所に置けるように、萼の部分を平らにしている。創造するまで時間が掛かった所為か微妙に角が見えるけれど、注視しなければそこまで気にならないだろう。

 

「金剛石は硬くても衝撃に弱いですから、落とさないようにしてくださいね」

「うんっ、分かった!」

 

薔薇の金剛石を嬉しそうに持ち上げたこいしは、部屋のそれなりに目立つ場所に飾った。その様子を見たわたしは、額に流れた汗を拭ってからベッドに倒れる。

 

「…ふぅ。少し疲れた…」

「あ、もしかして無理しちゃった?」

「少し…。けど、喜んでくれて何よりです」

 

頭を使った、という疲労感もある。けれど、それよりも妖力を大量に消耗した虚脱感のほうが大きい。しっかりと過剰妖力も満たして想像した結果、大体九割持ってかれた。ちょっと、眠い…。

うつらうつらとしていると、こいしがわたしの両脚を持ち上げて押し込み、そのまま全身をベッドに転がされる。

 

「もう、全然少しじゃないじゃん」

「あはは、金剛石二つくらい回収すれば戻りますから…」

「…駄目。しっかり休まなきゃ。わたしと一緒に寝るの。…ね?」

 

そう耳元で囁かれ、わたしはそれに従う。…こいしとの約束だ。わたしはこの部屋を出るまで、こいしの言う通りにするって。けれど、わたしももう少しここにいたかった。

眠気に身を任せていると、意識が少しずつ沈んでいく。その最中、こいしがわたしの後ろから抱き締めた。最後に何か言ったような気がするけれど、わたしはその言葉を聞く前に眠りに就いてしまった。

 


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