東方幻影人   作:藍薔薇

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第336話

気付いたら積み上がっていた本の山を元の位置に仕舞い、大きく伸びをする。以前読んだものと矛盾する内容が散見したけれど、情報なんてものは時代や伝聞によって変わってしまうものだからしょうがない。

書斎から出たら、ひとまず窓から外を見る。どのくらい経ったか知らないけれど、雪が積もっているし寒いからまだ冬だろう。

 

「何しよっかなぁ…」

 

切りよく本棚一つ分読み切ったから出てきたけれど、今すぐやりたいということがない。何もなければ四次元空間に慣れるために反復するだろうけれど、他にもやることが欲しい。んー、旧都でもぶらつこうかなぁ?

そんなことを考えていたら、後ろから誰かに突っつかれた。

 

「こんなところで何してたんだい?」

「外を見てたんですよ、お燐さん。えっと、まだ冬ですか?」

「まだまだ冬だよ。今が一番寒い時期だね」

 

振り返ってみると、そこには微妙に不機嫌顔なお燐さんがいた。

 

「そんなことはどうでもいいんだよ。それよりも、今は伝えたいことがあるの」

「わたしに?珍しいですねぇ。一体誰がどんなことを?」

「ヤマメが探してたよ、十日くらい前に。弾幕遊戯をする約束したそうじゃないか」

 

…十日前ですか。どうやら、随分と長いこと籠っていたらしい。

 

「あれだけ酔ってて覚えてたんですね…。ま、ちょうど旧都に行こうかと考えていたところですし、ヤマメさんを探しに行くとしましょうか」

「まだ雪は降らないと思うけど、傘くらい持っていったらどうだい?」

「それは降ってから考えます。それでは」

 

まぁ、創るか買うかのどちらかだ。窓を一つ開き、そこからフワリと浮かんで飛んでいく。窓を閉めていないけれど、お燐さんは開けっ放しで放っておくとは思えないから閉めてくれるだろう。

あまり速度を出し過ぎると風が寒いので、ゆっくりと飛んでいく。…まぁ、わたしの最高速度なんてたかが知れているけれども。

 

「着いた、っと」

 

ある程度除雪されている旧都に着地して前を視通すと、向こう側が見通せない程度には妖怪が道を歩いていた。とりあえず、何か温かいものでも買おうかなぁ、と思って手持ちの金を確認する。…うん、大体いつも通りの三十がある。

何かいいものはないかなぁ、と探していると、遠くのほうからバギャァと破砕音が聞こえてきた。えーと、三つ道を挟んだ向こう側からかな。あそこには確か賭博場があったはずだけど、そこからかな?

喧嘩の野次馬の一人になるために屋根に跳び乗り、屋根から屋根へ跳び移っていく。跳んでいる間に予想した場所に目を向けると、案の定喧嘩が始まろうとしていた。えぇと、殴られて頬を拭っているのは怪鳥って見た目の妖怪で、穴から出て来たのはやけに腕が長い妖怪か。

何とか喧嘩が始まる前に野次馬の中に入り込むことが出来、足元を駆け回る小柄な妖怪に腕長妖怪に二十、と言って金を手渡した。手渡してすぐに人垣から外側に出て屋根に飛び乗り、上から観戦することにする。

 

「お、始まった」

 

怪鳥妖怪の腕に折り畳まれていた翼を広げて腕長妖怪に叩き付けたことで喧嘩が始まった。すぐさま手長妖怪が怪鳥妖怪の胴を蹴り返し、吹き飛んだところを非常に長い腕を突き出して追撃する。そこからは怪鳥妖怪が近付くたびに腕を振り回すことで、ほぼ一方的に攻撃を加え続けていく。

んー、思った以上にあの腕の長さは脅威だなぁ…。相手の届かない位置から攻撃出来る、というのは大きな利点となる。腕が長い分戻すのに時間が掛かると思ったら、全然そんなことなかったし。

それからもジワジワト攻撃を受け続けた怪鳥妖怪が遂に膝から崩れ落ちる。そこを追い打ちで腕を真上に真っ直ぐと伸ばしてから遠心力を加えて振り下ろした拳を頭に受け、怪鳥妖怪は動かなくなってしまった。少し残っている雪がじんわりと赤くなっているけれど、まぁ気にすることはないだろう。

 

「ほら、地上のは三十六だ」

「ありがとうございます」

 

小柄な妖怪から賭けに勝ったことで少し増えた金を受け取り、屋根から跳び下りる。今回の賭博はこれで十分だろう。毎回毎回金を四桁、下手すれば五桁まで増やす必要はないだろうし。

今度こそ温かいものを求めて喧嘩のあった場所から離れるように歩き出す。気軽に持ち歩けるものがいいんだけど、何かいいものはないかなぁ…。あ、あの焼き饅頭にしよう。美味しそうだし。

 

「すみません、焼き饅頭一つください」

「十」

「どう――」

 

饅頭にしては高いなぁ、と思いながら十を手渡そうとし、一回大きく跳ね上がる。さっきまでわたしがいた場所を見下ろすと、三人の鼬みたいな妖怪が駆け抜けていくのが見えた。一人目は何も持っておらず、二人目は小さな鎌を持ち、三人目は壺を片腕で抱えていた。…えぇと、確か鎌鼬だったかな?

 

「すみません。どうぞ」

「はいよ」

 

着地したらすぐに十を手渡し、焼き饅頭を一つ受け取った。ただし両手で。…え、何これ大きい…。というか熱い。さっきまで火にかけてました、ってくらい熱いんですけど…。敷紙が一枚挟まれているけれど、そんな薄い壁じゃあ全く熱を阻めていない。

だからって手を放すわけにもいかないので、わたしの両手と焼き饅頭の間に一枚板を創造する。創造された板に僅かに埋まるようにあった焼き場饅頭が弾き出されて少し浮いたけれど、このくらいなら中身に支障はないだろう。

 

「いただきます」

 

歩きながら左手で板を支えて右手で皮を掴み、小さく千切って口にする。中の餡がまだ見えず皮の味しかしないけれど、これだけでも美味しい。

 

「おい、地上の!」

「おーい、止めとこう?」

「そっ、そうだよぅ…」

 

先程千切った部分をさらに深く千切ってようやく餡が見えてきた、と思ったところで先程わたしに仕掛けてきた鎌鼬の一人に呼び掛けられた。無視するのも忍びないのでそちらに向くと、鎌を肩に担いだ鎌鼬がわたしに指先を向けていた。そして、手ぶらの鎌鼬は鎌持ちの鎌鼬を止めようとし、壺持ちの鎌鼬はそれに賛同している。

 

「何でしょう?」

「私達と勝負しろ!あれだ、あれ!喧嘩でも弾幕遊戯でもいい!」

「馬っ鹿、あれ躱されたんだぞ?」

「そっ、そうだよぅ…」

「…二人反対してるみたいですが。まぁ、やるなら弾幕遊戯にしましょう。貴女達三人一緒に来るならそれでも別に構いませんよ」

「よし言ったな!」

 

鎌持ちの鎌鼬がわたしに歩み寄り、残された二人も渋々と言った風に後ろに付いてくる。腰の辺りまでしかない三人を見下ろしながら、わたしは皮を千切って餡を絡めてから口にする。…うん、美味しい。

 

「私達が勝ったらその饅頭を寄こしな!」

「え?この饅頭?」

「おーい、腹いせにも程があるだろ?」

「そっ、そうだよぅ…」

「いいですよ、貴女達が勝ったときに残ってたらですが」

 

地上のスペルカード戦でもお互いの要求を通すために勝負していたことだってあったんだ。地底の弾幕遊戯でも勝敗以外に何かしらの要求をしてくることだってあるよね。それが今回はこの饅頭だっただけの話。…けど、わたしはこの饅頭を食べながら弾幕遊戯をするつもりだから、食べ切ってなくなったらごめん。

 

「貴女達は三人ですし、数字を合わせて被弾も切札も三でいいでしょう。三人合わせて三回か、一人一回ずつか。三人合わせて三枚か、一人一枚ずつか。この二つは貴女達が決めてください」

「私達は三位一体だ。当然、両方三人合わせて三回三枚だ!」

「はい、分かりました。それじゃあ、貴女達が撃ったら始めましょう」

 

そう言い終わった瞬間、鎌持ちの鎌鼬が妖力を薄っすらと纏わせた鎌を真横に振るって弾幕を放ってきた。まぁ、不意討ちされる可能性は想定済みだ。即座に打消弾用の『幻』を展開し、相手の弾幕を全て撃ち落とす。

手ぶらの鎌鼬は足元を這うような弾幕を振るい、壺持ちの鎌鼬は手から水飛沫のように弾幕を撒いていく。それら弾幕に対してあまり早く動くわけにもいかないので、横に歩いて躱していく。饅頭落としたくないし。

わたしの弾幕は『幻』任せにして饅頭を食べながら、相手の切札宣言を待つ。出来ることなら、弾幕密度が濃いものがいい。

 

「初手『這い寄る転倒魔』」

 

そう思いながら宣言され、手ぶらの妖怪の姿が掻き消えた。はて、何処に行ったのだろうか、と考えていると、背後から何かが近付いてくる気配を感じて咄嗟に横に跳んだ。

 

「よ、っと、っと。ふぅ、危なぁ…」

 

急に動いたせいですっぽ抜けないように板を傾けたが、それでも落ちそうになった饅頭をどうにか落とさずに済んだ。気配の正体は、いつの間にか背後に回り込んでいた手ぶらの鎌鼬の弾幕だった。ただし、足元にだけやけに多い。

再び弾幕が近付いてくる気配を感じ、今度は振り向く。その瞬間、視界に入った弾幕が『幻』によって撃ち落されていく。少し残ってしまったけれど、この程度なら跳ばずとも躱せる。それにしても、振り向いたのに手ぶらの鎌鼬の姿を見れなかった。足速いなぁ…。

そのまま三十秒経過。饅頭もようやく六分の一くらい食べることが出来た。思ったより多いな、これ…。

 

「次手『駆け抜ける切裂魔』!」

 

一枚目の切札が終了してすぐに鎌持ちの鎌鼬が宣言した。今までよりも濃密な妖力を鎌に纏い、それを何度も振るうと斬撃が飛んできたような妖力弾が飛来する。一発一発が大きく、大きく動かないと躱すことは困難だろう。

けどまぁ、これでいいか。妥協することになるけれど、さっきの切札と違ってちゃんと見えるし。

 

「鏡符『幽体離脱・集』」

 

まず一枚目の切札を宣言し、鎌持ちの鎌鼬が放っていた斬撃の弾幕をそのまま返す。

 

「ヤベッ!」

「おわっと」

「…ぇ?」

 

二人はわたしから見て右側に跳んで回避したけれど、一歩遅れて取り残された壺持ちの鎌鼬にその全てが被弾する。…うわ、大丈夫かなあれ。やったのわたしだけど。

 

「模倣『マスタースパーク』」

「え?」

「はい?」

 

その空中を跳んでいる二人を妖力の砲撃によって狙撃する。妖力はあまり溜めていなかったけれど、二人を巻き込むには十分過ぎた。

切札は途中で切り上げても構わないのだ。さとりさんが頭を抱えながら書いた規則にもそう明記されている。…まぁ、そもそも鏡符「幽体離脱・集」は三十秒間持つような切札じゃないのだが。

 

「はい、わたしの勝ち」

「ち、っくしょーう!」

「ほーら負けたー!」

「いっ、痛いよぅ…」

 

三人の鎌鼬に前でしゃがみ、勝ちを宣言する。そして、わたしは続きを言った。

 

「せっかく勝ったのですし、わたしからの要求を一つ」

「はぁ!?んなもん聞いてねーって!」

「そりゃ言ってませんでしたし。簡単ですよ。半分食べてください。食べ切れなさそうなんで」

 

三つの間の抜けた言葉を聞きながら、わたしは手で饅頭を半分に分ける。そして、ちょうどよく両手が空いている手ぶらの鎌鼬に押し付けた。少し冷めちゃっているけれど、それでも美味しいですよ。さっき食べたとき美味しかったから。

 

「それでは」

 

さぁて、残った饅頭を食べ切る頃にはヤマメさんを見つけたいんだけどなぁ。何処にいるんだろう?

 


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