東方幻影人   作:藍薔薇

337 / 474
第337話

すっかり冷めてしまった最後の一欠片の饅頭を食べ切り、最早用済みとなった板を回収する。本来はあと半分残っていたと考えると、半分あげたのは正しい判断だったと思う。これ、最初は美味しかったけれど、途中から味がずっと変わらないから飽きてしまう。

 

「…見つからないなぁ」

 

食べ切るのにはそれなりに時間が掛かったと思っていたのだけど、ヤマメさんはまだ見つからない。よく考えてみると、旧都ではなく地上と地底を繋ぐ穴にいるかもしれないが、今はそこには行きたくない。わたしの何かが壊れそうな気がする。…けれど、どうしても見つからなかったら行くしかないよなぁ。

ふと弾幕の音がする上を見上げると、さとりさんのペットの一人が弾幕遊戯に興じていた。途中から見た感じだけど、どうやら劣勢のように見える。相手の弾幕は弾速が非常に早く、正確に被弾するように攻撃しているようだ。打ち消すか躱すかすればいいのだけど、どうやらそんなことを考える余裕はなさそうである。

そこまで考えたところで、わたしは顔を前に戻す。弾幕遊戯の決着を見守るよりも、今はヤマメさんだ。

 

「人の多い場所に行くか」

 

数が多ければ、その分ヤマメさんが見つかる可能性も上がるだろう。数が多いことで見落とす可能性も零ではないが、わたしが何度か見たヤマメさんは常に結構目立つ格好をしていた。それなら見落とす可能性も減るだろう。…それでも零にはならないだろうけど。

少し周りの音を聞き、足音がより多く重なっている場所を探る。…んー、こっちのほうかなぁ?ま、行ってみればいいか。

その場で左に曲がり、近くの細い脇道に入る。すると、向こう側からかなり肥えている妖怪が二人通ろうとしていたので、わたしは壁を背に横向きに進むことにした。細いとはいっても、すれ違うことは決して不可能ではない。自らぶつかってくるような馬鹿なことをしてこないならば普通にすれ違えるはずだ。

 

「ッ!」

 

だと言うのに、わたしがすれ違う瞬間に前を歩いていた妖怪の体が思い切り傾いてきた。とっさに両腕を前に交差して防御しつつ、少し腰を沈めて両脚に力を込める。両腕に傾いた妖怪の体重がかかり、その結果として背中が壁に押し付けられたが大した怪我はない。

 

「ッ痛ェなァ…」

「どうしたんスか、兄貴?」

 

問題は目の前にいる二人の言葉だ。前にいた大きい方の妖怪はわたしが交差した両腕にぶつかった右肩を左手で押さえ、後ろにいた一回り小さい方が何やら心配げに窺っている。痛いのはこっちのほうなんですが…。

彼が足首を挫いたわけでも風に煽られたわけでもなく、自らの意思で傾いてきたのは見れば分かる。…まぁ、どうでもいいや。さっさと抜けてしまおう。

そう思っていたのに、わたしの肩を大きな手が掴んできた。振り向かなくても分かる。この手は大きな方の妖怪の左手だ。その痛がってた右肩を押さえてろよ。

 

「…何でしょう?」

「人の肩にぶつかッといて何もないッてかァ?あァ!?」

「そうスよ!兄貴に謝れ!」

 

首だけ後ろに向け、冷めた眼で彼らを見遣る。わたしを見下ろす彼らの目は、搾取する気しか感じさせなかった。

 

「御託はいいよ。用件は?」

「肩がイカれちまったかもしれねェんだよ。俺ァこれでも一流の技師なんだ、あァ!?金出せ、金ェ!」

「ふぅーん。…まぁ、理由にしてはいまいちだけど、一応訊くよ。いくら欲しいの?」

「三千だなァ、三千。さっさと出せよ」

 

背後からやけに視線を感じる。どうやらわたしと彼の言葉からある気配を感じ取ったらしく、数人の妖怪がそわそわと楽し気に集まり始めた。

それにしても三千ねぇ。賭博して当てれば手に入るだろうけれど、今日はもうしないと決めたんだ。したがって、そんなすぐに用意できる金額じゃない。

 

「出せッて言ッてんだろォがァ!」

 

そう声を張り上げた大きな妖怪が、黙っていたわたしの胸倉を右手で無理矢理掴み上げた。

…はぁ。どうやら期待に応えなければならないらしい。そう考え、わたしは人差し指から薬指までの三本を掴み上げてきた彼の顔の前に見せた。

 

「拒否する。一つ、そんな金は持ってない。二つ、自らの意思で倒れてきた結果。三つ、怪我したはずの右肩を平然と使っている。だから、わたしは三千なんて金は払わない」

 

四つ、そもそも貴方が一流の技師には見えない、は言わないでおいた。

三本の指を揃えてから眉間を突き、怯んだ一瞬の隙を突いて倒れ込むように後方に体を引っ張る。防寒着が引き裂かれていくけれど、知ったことではない。そのまま後転しながら顎を蹴り上げてから着地し、二人の妖怪の手首を両手で掴み取る。

 

「まぁ、どうしても欲しいならわたしに勝ってからにしなァッ!」

 

そう言いながら、わたしは二人の妖怪を掴んだ腕を振り上げて後ろに投げ飛ばす。道が狭くて二人は壁とお互いにぶつかり合いながらであったが、壁が壊れなかったのでどうでもいい。それと、思ったより重量があったが、この程度ならまだ軽いほうだ。

そう宣言した瞬間、数人の妖怪が歓声を上げた。そして、わたしと彼らの声を聞き付けた野次馬がぞろぞろと集まり始める。そう。彼らが感じていた気配は、喧嘩の気配だ。

 

「優しくしてやろォと思ッたが、もォ手加減出来ねェぞォッ!」

「そうスね兄貴!やってやりましょう!」

 

その声を聞き、わたしの頬が僅かに吊り上がっていくのを感じる。あぁ、どうしてくれようか。

勝手に始まる賭け金の応酬を聞き流し、改めて二人を見遣りながら自然体を取る。

 

「おォらァ!」

 

数秒待っていると、大きな妖怪が右肩を前に出した体当たりを繰り出した。その全体重に速度を加えた体当たりを前に出した両腕で受け止めた。ジャリ、と踏ん張った足で雪交じりの地面を削ったが、それだけで彼の勢いは止まる。

 

「右肩、大切にしてよ。一流技師」

 

そう呟きながら、両手で掴んだ右肩に膝を叩き込む。ブヨブヨとした脂肪で衝撃が逃げてしまった感じがしたが、気にせず折り畳んだ脚を伸ばして蹴り付ける。

この攻防の間に真横から似たような体当たりを繰り出してきた小さな妖怪の突撃を、よろめいている大きな妖怪の背中側に跳んで回避し、そのがら空きな背中の背骨に向けて肘を突き刺した。

 

「あ、兄貴っ!」

 

転がっていく大きな妖怪を見て立ち止まった小さな妖怪が彼のことを心配したであろう言葉。けれど、それは致命的な隙だ。一息の間に肉薄し、その何が起きたのかよく分かっていなさそうに呆けた顔面に跳び蹴りをかます。

吹き飛んで地面を滑った小さな妖怪が起き上がる前にその両脚を掴み上げ、そのまま大きな妖怪に向かって跳び上がる。既に立ち上がって上にいるわたしを迎撃する体勢を取った彼に、わたしは手に持っている小さな妖怪を振り下ろした。

 

「ギャバアッ!?」

 

躊躇して喰らってくれれば楽だったけれど、残念ながら大きな妖怪は小さな妖怪を平然と殴ってきた。兄貴とやらの拳を受けて悲痛な声を上げた小さな妖怪を着地してすぐにポイっと捨て、大きな妖怪に向かって駆け出す。

 

「ふゥんッ!」

 

そんなわたしを踏み付けようと振り下ろされた右脚の下を潜り抜け、彼が振り向く前に跳んで後頭部を掴んでそのまま地面に叩き付ける。地面に顔半分が埋まったが、まだ気を失っていないようなので後頭部を掴んだまま持ち上げて小さな妖怪に向けて投げ飛ばした。

 

「うぐッ!」

「グボッ!?…ひ、酷いス、兄貴ぃ…」

「本当、酷い言いがかりだったよねぇ」

 

小さな妖怪を押し潰すように圧し掛かっている大きな妖怪を見下ろし、右手を硬く握り締めながらゆっくりと歩み寄る。

 

「けどまぁ、それ自体は別に構わないんだ。悪意に晒されるのは慣れてるしね」

 

だから、わたしは旧都に合わせて解決することにした。力こそが全て、って感じな旧都に合わせて。その結果なら、受け入れざるを得まい。

 

「金が欲しいなら博打でもしてればいいのに」

 

そう言いながら、わたしは前方三回転の加速と全体重を踵に乗せた踵落としを大きな妖怪の頭に振り下ろした。大きな妖怪はそれで気絶したようで、残るは小さな妖怪のみ。

さっさと片付けようと思い、その引きつった顔面に右手を伸ばして掴み取ろうとした瞬間、何か言おうとしたが気にせず掴み取る。しかし、そのままの状態で彼は口を開いた。

 

「…こっ」

「こ?」

「降参して…、いいスか?」

「いいですよ」

 

わたしは手を放し、空いた右手を軽く握って上に掲げた。湧き上がる歓声。今回もある程度金が動いただろうけれど、わたしにとってはどうでもいいことだ。それよりも重要な用件がある。それも、一つ増えてしまった。

 

「新しい防寒着、温かいのないかなぁ?」

 

防寒着を盛大に破いてしまい、中には服を着ているとはいえ非常に寒い。ひとまず細い針を数本創って破れた生地を留めておくけれど、隙間から冷気が通ってあまり意味を成していない。

小さくため息を吐きながら賭け金を受け取っている妖怪達の人垣を抜け、周りを見渡した。野次馬の中にヤマメさんはいなかったし、自分でやったとはいえ防寒着は破くし、あまりいい結果とは言えないなぁ…。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。