東方幻影人   作:藍薔薇

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第338話

屋根の上で雪に濡れないようにしゃがみながら道を歩く妖怪達を見下ろし、温かそうな防寒着を着ている妖怪を探し出す。そして、その妖怪が着ていた防寒着を複製し、今わたしが着ている破れたものは回収する。少し大きい気がするが、まぁ気にするほどではないだろう。

そのまま屋根の上を歩きながら道を見下ろしてヤマメさんを探していくが、そう簡単には見つからないらしい。けれど、十日待たせているとお燐さんが言っていたのだから、諦めて別日にしようとは思えない。もし寝てたら、そのときはそのときだ。

しばらく歩いていると、様々なものを投げ付けられ始めた。どうやら、旧都の外側のほうに辿り着いたらしい。ぶつかりそうなものは手で弾いたり掴み取ったりしながら先を進んでいると、さらに奥のほうから微かに弾幕の音が聞こえ始めた。

 

「そらぁっ!」

 

ものを投げてくる妖怪達が少し鬱陶しいので、先程掴み取った棒を投げ返す。真っ直ぐと飛んでいく棒は投げてきた妖怪の爪先ギリギリに深々と突き刺さった。…少しズレちゃった。親指を潰そうと思ってたのに。

効果があったのか気紛れなのかは知らないけれど、投げ付けられるものが半分くらいに減り、その隙に弾幕の音の元へ駆け出した。弾幕遊戯をしているなら、見物している妖怪だっているだろう。

 

「え、何あれ…」

 

旧都の入り口となる橋手前まで走り続け、屋根から跳び下りながら思わず目を見開きながら呟く。何故なら、見物している妖怪の大半が鬼だったから。

 

「それじゃあ二つ目だ。鬼声『壊滅の咆哮』!」

 

そして何よりその弾幕遊戯をしているのが勇儀さんだったからだ。…何やってるんですか、勇儀さん…。自分には合わない、って自分で言ってたじゃないですか…。

 

「ゥウウオオアアアアアッ!」

「ッ!」

 

宣言と共に息を大きく吸い込んだ勇儀さんから旧都全域に響き渡るんじゃないか、と思わせるほどの咆哮が大気を揺るがしわたしの耳を貫く。すぐに耳を塞いだけれど、それでもなおその咆哮はわたしの体を揺らしていく。

こりゃあ相手が可哀そうだなぁ、と頭の片隅で思いながら着地し、勇儀さんの相手をしているのが一体誰なのか探してみる。

 

「相変わらずうっさいわねぇ、勇儀ッ!」

「え」

 

咆哮と共に爆ぜるように放たれた弾幕を躱していたのは、パルスィさんだった。耳を塞いで咆哮に耐えながら飛翔していたが、思ったより弾速が速かったようで左膝に被弾してしまった。

耳を塞ぎながら見物をしている鬼達の中に入っていき、わたしとよく喧嘩をする鬼を見つけてその隣に立つ。見物をしている鬼の中では彼が一番話しやすいからね。

勇儀さんの咆哮が止み、さてどうなるだろうかと弾幕遊戯の様子を見上げていると、隣にわたしがいることに気付いたらしい彼から話しかけられた。

 

「おう、地上の。あんたも姐さんの見物か?」

「弾幕の音が聞こえて来たんですよ。勇儀さんとパルスィさんだったのは予想外でしたね」

「そうか。…あれ、弾幕遊戯だったか?俺はやろうとは思わんが、見る分にはいいと思ってる」

「はは。元より男性に向けた娯楽じゃないんですから、その反応は当然ですよ」

 

被弾した左膝を見詰めるパルスィさんの目がなんだかとても禍々しい目付きで、思わず頬が引きつる。…きっと妬んでいるんだろうなぁ。被弾させた勇儀さんに、弾幕を躱せなかった自分に。

 

「…嫉妬『ジェラシーボンバー』」

 

緑色の瞳を揺らめかせながら呪詛を吐くように宣言した。彼女の周囲から生み出される緑色の妖力弾が怪しく瞬き、しばらくすると激しく爆発し始める。うわぁ、思ったより過激な切札だなぁ…。

 

「あ、そうだ。弾幕遊戯の戦況はどうなんですか?」

「あん?…あぁ、姐さんは一度も当たってないが、向こうは二度当たってたな」

「お互いの切札は何枚ずつ宣言しました?」

「あれで二枚ずつだな。確か三枚だ、三回だ、って姐さんが言ってた」

「それだとパルスィさん、もう後がないじゃないですか…」

「そうなのか?」

 

いや、首を傾げないでほしい。少なくとも弾幕遊戯の規則は男女問わず旧都全体に広めているらしいのだから。

爆ぜる弾幕に対し、勇儀さんは何故か拳を振るう。普通ならばそのまま拳に弾幕が当たって被弾してしまうのだろうが、勇儀さんはどうやら普通ではないらしく、拳の拳圧によって迫り来る弾幕を掻き消していく。いいのか、あれ。いいのか、わたしも似たことやってるし。

 

「ここで大詰めだ。力業『大江山嵐』!」

 

パルスィさんの切札の半ばで勇儀さんは最後であろう切札を宣言した。一度も被弾していないので、通常よりも長く継続することになる。その切札は単純明快で、遥か上から暴風の如く巨大な妖力弾が降り注ぐもの。単純だけど、見た感じ規則性皆無。あれはそう簡単に避け切れるものではないだろう。

弾幕遊戯に慣れてきたのか、先程の嫉妬の力か、はたまたそれ以外か、パルスィさんは嫉妬「ジェラシーボンバー」が終了してからも弾幕を躱し続けていく。しかし、頬に流れた一つの汗をわたしは見逃さなかった。あれは、相当疲れてるな。そりゃそうだ。パルスィさんはやる相手がいなかった、と自分で言っていたのだから、つまり経験が浅い。それに相手はあの勇儀さんだ。彼女を相手にするのは肉体的にもそうだが、精神的にも想像以上に辛い。一度相手にしたから分かる。

集中が途切れてしまったのか、移動が甘く背中に被弾したところで勇儀さんの切札が止まった。どうやら弾幕遊戯は決着が付いたらしい。鬼達の野太い歓声の中で、わたしは二人に拍手を送る。…まぁ、こんな小さい音が聞こえているかどうか分からないけれど。

拍手を止めたところで、隣の彼がわたしの肩をガッシリと掴んできた。思わず彼に顔を向けると、好戦的な目付きでニヤリと笑われる。

 

「なあ、ちょうど終わったし俺と喧嘩しないか?」

「その前に、あの二人に訊きたいことがあるので。その後なら」

「そうか」

 

さっき別の妖怪二人と喧嘩したばかりだけど、まだ疲れているわけでもないし、構わないだろう。…あ、そうだ。

 

「…一応、貴方にも訊いておきますか。ヤマメさんが今どこにいるか知りませんか?」

「いや、知らねぇな」

「そうですか」

 

彼に軽く手を振りながら鬼達から飛び出し、苦笑いを浮かべながら頭を掻いている勇儀さんと、肩で息をしながら恨みがましく睨み付けているパルスィさんの近くで着地する。

 

「終わったばかりのところすみませんが、少しいいですか?」

「ん、幻香か。何だ?」

「ハァ、ハァ。…な、何よ…。負けた私を嗤いにでも来たの…?」

「嗤う?貴女を?何で?」

 

負けた程度でどうして貴女を嗤わないといけない。そんな暇があったら、わたしは貴女の弾幕と切札の対策を考える。…っと、今はそんなことどうでもいいんだ。

 

「二人は、ヤマメさんがどこにいるか知りませんか?ちょっと約束したことがあったんですよ」

「あー、弾幕遊戯のことか?この前酒の席でかなり愚痴られたんだが…」

「ええ、そうです。で、知りませんか?」

「それなら向こう側で仕事をしてるはずだ。あそこらへんで何件か続けてだから、まだいると思うぞ」

「そうですか。ありがとうございます」

 

勇儀さんが指差した方角を確認してから礼を言い、ここを去る前にパルスィさんに目を向ける。

 

「…何よ」

「また後日、今度はわたしとやりましょうか?」

「…ふん」

 

…答えなし、か。けどまぁ、それならそれでもいいか。彼女が弾幕遊戯に興味があることが確定したのだし。

さてと、二人への用事も終わったことだし、彼との喧嘩をしましょうか。

 


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