東方幻影人   作:藍薔薇

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第339話

さっきまで勇儀さんとパルスィさんの弾幕遊戯を見物していた鬼含む妖怪達が、今度はわたし達二人を囲む。その中には勇儀さんとパルスィさんも混じっていた。

爪先で地面を突いて彼女達が弾幕をばら撒いたせいで地面が多少歪んでいる足場を軽く確認してみるが、足を取られるような心配はしなくてよさそうだ。

 

「それじゃ、始めるか」

「ええ、始めてくださいな」

 

両腕をダラリと下ろした自然体で彼の出方を窺う。ジリジリと距離を詰めて来るが、気にせずその場で待機しておく。

そろそろかな、と思った距離でもまだ始まらずに、さらに距離を詰めてくる。今回はやけに近いなぁ…。

 

「ぜりゃっ!」

 

予想した距離の半分に到達した頃に、気合の籠った声と共に跳び出した。胴に向けて繰り出された左拳を左脚を軸に横向きになるように動きつつ右手甲で外側に押し出すように往なして躱し、彼の鼻先を潰そうと左掌底を突き出す。が、わたしの掌底は彼の右腕で防御されてしまった。

すぐさま左腕を引きながら一歩踏み出し、右手を振るって彼の右手首を掴み取る。そのまま体ごと回転して力任せに振り回し、彼を無理矢理地面から浮かして背中から地面に叩き付けた。豪快な音を鳴り、雪交じりの土が舞う。

 

「グヴッ!」

 

彼の口から空気は一気に吐き出される音がし、体勢が整えられる前に顔面を踏み潰そうとしたが、素早く横に転がりながら立ち上がってしまった。息は少し乱れているけれど、喧嘩に支障が出るほどではないように見える。…これはわたしが叩き付けたとき、受け身取られたな。

周りの鬼達が根性見せろだの、負けんじゃねぇだの、好き勝手言っているのを聞き流し、彼に向かって駆け出す。勢いに乗ったまま右拳をこめかみへ振り抜くが、ガシリと掴み取られてしまった。少し動かして外そうとするが、骨が軋む嫌な音がするくらい硬く握られてちょっとやそっとじゃ外れそうにない。その隙にお返しとばかりにわたしのこめかみに迫る右拳を屈んで躱す。

 

「離す気は?」

「ねぇな」

「そっか」

 

屈んだわたしの顔に膝が迫るが、その前に右に跳んで右拳を掴んだままの彼を思い切り引っ張る。これで離すならそれでいいし、離さないならそれでもいい。どうやら彼は自分で言った通り離さずに引っ張られていく。その際に不意に力が籠ったのか、わたしの右手が折れた音と嫌な痛みが走ったが、それの処理はこの喧嘩が終わってからだ。

引っ張られていくところを、わたしが急に止まったことで近付いてくる彼に左拳を突き出す。彼も同じようなことを考えていたようで、右拳をわたしに突き出してきた。

 

「ッ…」

「ふっ…」

 

拳同士がぶつかり合い、その衝撃がわたしの肩まで走ってきた。左拳はというと、ちょっと人には見せられないくらい酷い有様になってしまった。その結果を見た周りの鬼達が急激に沸き立った。わたしの両手が壊れて完全に彼の勝利が見えてきたことで、雰囲気が場を支配しているのをわたしは肌で感じる。…んー、やっぱり力のぶつかり合いじゃあまだわたしが圧倒的に不利だなぁ…。

彼も勝利を確信したようで、わたしの右手を離した。少し動かしてみるが、ちょっと動かすたびに嫌な痛みが走る。

 

「今回は俺の勝ちだな、地上のォ!」

 

そう高らかに宣言しながら突撃して右拳を力いっぱい突き出してくる。鬼達の野太い歓声が響く中、わたしは数瞬後に顔に叩き込まれ吹き飛ばされるであろう右拳を眺めた。

次の瞬間、グシャリという肉や骨が潰れる音が響いた。

 

「…あ?」

 

歓声が鳴り止み、彼の呆けた声がよく聞こえる。完全に思考を放棄している隙に、最早使い物にならないほどグシャグシャに潰れた右手を離して彼に肉薄し、酷く醜く歪んだ左拳を彼の鳩尾に叩き込む。

 

「グボォッ!?」

「両手潰した程度で確信するなよ」

 

怯んだ彼の顎を右膝で蹴り上げて浮かし、側頭部を右腕で薙ぎ払う。彼の身体は空中で一回転して地面に落ち、今度こそ顔面を踏み潰す。踏み砕かれた確かな感触を靴を通して感じ、完全に動かなくなったところで息を吐く。

暫しの静寂が場を包み込むが、次第に疎らな歓声を上げ始める。まぁ、仲間の敗北だ。あまりいい気分じゃないのかもしれない。そう思っていたら、突然耳が痛くなるほどの大歓声が響き渡った。咄嗟に耳を塞ごうとし、両手を耳に押し付けた瞬間激痛が走る。すぐに痛覚遮断しつつ耳栓を創って押し込んだ。

倒れた彼を数人の鬼が介抱すると、すぐに意識を取り戻した。相変わらず頑丈だなぁ…。

 

「ばだ、ばげだのが…」

「負けましたね」

「…ぐやじ、ばぁ…」

「また今度、楽しみにしてますね」

 

潰れて酷い有様の右手を軽く振りながらこの場を去る。さて、次の目的地は勇儀さんが言っていた場所。そこにヤマメさんがいるといいんだけど。

見物していた妖怪達をどうにか抜け、歩きながら『紅』発動。グチュグチュと変な感触を覚えながら両手が直されていく。見た感じ元通りになったところで痛覚遮断を解除し、両手を開いたり閉じたりする。…うん、問題なさそう。

 

「大丈夫?」

「大丈夫ですよ」

 

突然聞こえてきた心配の声に返しつつ浮遊する。…ん?誰だ今の?

声のした方に顔を向けると、とぐろを巻いた蛇の黒焼きを食べているこいしがいた。

 

「さっきの喧嘩で無理してなかった?」

「あはは、無理しましたよ。何となく、力で拮抗出来そうな気がしたんですが、案の定無理でしたね。その結果でこの様ですよ」

「まだ早かった感じ?」

「んー…、そうでもなさそうかなぁ?」

 

壊れたとはいえ、拳同士のぶつかり合いで完全に負けはしなかった。潰れたとはいえ、彼の拳を壊れかけの右手で受け止められた。だから、この予感は外れていたわけではなかったと思う。

最後に残った蛇の頭を飲み込んだこいしはわたしの隣に浮かび上がる。

 

「それじゃ、行こっか!」

「…何処に行くのか知ってるんですか?」

「全っ然!」

「はぁ…。ヤマメさんと弾幕遊戯しに行くんですよ」

「そうなの?」

 

そう言いながら首を傾げたこいしの額にピシッと人差し指を弾き、肩を竦めながら浮かび上がろうとしたところで、後ろから肩をガシリと掴まれた。すぐさま掴まれた手を剥がそうとしたが、全く動きそうにない。…外してから振り返りたかったのだけど、しょうがないのでそのまま振り返った。

 

「なあ、あの喧嘩、手を抜いてただろ」

「…どうでしょう?そこまで抜いてなかったと思いますが」

「抜いてるじゃねぇか」

 

わたしの肩を掴んだのは何とも腑に落ちない顔を浮かべた勇儀さんだった。

 

「それに、私とやったときはあんな傷一瞬で治せただろう。その拳を無尽蔵に増やしただろう。その時点で手抜きだね」

「…あれは一時的なものですって。それに、あれはわたしの力じゃない。彼女の遺産だ。それと、あれはわたしの能力の結果で創られたもの。その時点でここの喧嘩じゃあ使えないの。この喧嘩は武器も道具もなしで己の肉体のみ、でしょう?」

 

そう言うと、勇儀さんは口をへの字にしたが納得してくれたようで手を離してくれた。彼女がわたしの喧嘩を見るのは初めてな気がする。そんな彼女はこういう勝負で実力を隠されることを嫌っていたからこそ、こう言ってきたのだろう。

 

「それでは、わたしはヤマメさんとの約束を果たしに行きますので」

「…そうかい。邪魔して悪かったな」

「気にしてませんよ。またいつか」

「じゃあねー、勇儀ー!」

「ああ、またなこいしちゃん」

 

勇儀さんに別れを告げてからヤマメさんがいるらしい方角へ体を向けながら急上昇し、一気に加速して飛んでいく。まだ仕事をしているか、もしくはそこに残っていればいいのだけど…。

 


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