東方幻影人   作:藍薔薇

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第340話

「ねぇ、幻香」

「何でしょう、こいし」

 

ヤマメさんが仕事をしている場所を探して旧都を見下ろしながら飛んでいると、わたしの少し後ろを飛んでいるこいしに声を掛けられたので、隣になるまで速度を少し落とした。

 

「幻香はさぁ、どうして能力を極めようとしてるの?」

「出来ることを増やしたいから、かなぁ。まだ出来ないこと多いですからね」

「例えば?」

「全てを貫く矛と全てを防ぐ盾」

「その二つをぶつけたら?」

「だから出来ないって言ってるの」

「そっか」

 

それでお終いか、と思ったが、こいしはすぐに次の質問を発した。

 

「幻香はさぁ、どうして体術を極めようとしてるの?」

「そうしたほうがいい、って言われたから。実際に役立ってるし」

「そうだねぇ。ここの喧嘩で大助かり?」

「それもそうですが、妖力無効化の呪術を喰らったときが一番助かったかなぁ」

「そっか」

 

今度こそお終いか、と思ったが、こいしはすぐに次の質問を発した。

 

「幻香はさぁ、どうして弾幕を極めようとしてるの?」

「弾幕を極めるぅ?どこが?」

「縦横無尽に操ったり、特殊な反応をする妖力弾だったり、無数に分裂したり、色々してるじゃん」

「それはあれでも魅せようと努力した結果ですよ。極めるなんて言えたものじゃない」

「そっか」

 

三度目となるとまだ続くだろうと察し、案の定こいしは次の質問を発した。

 

「幻香はさぁ、どうして『紅』を扱うの?」

「彼女の遺産だから。なかったことにしたら、消えた彼女が本当に消える」

「人は二度死ぬ、ってやつだよね」

「だから、わたしは生きて忘れないと誓った。だから、わたしは消えるときに彼女達のことを想うと誓った」

「そっか」

 

少し待つと、こいしは次の質問を発した。

 

「幻香はさぁ、どうして『碑』を扱うの?」

「貴女のためですよ。まさか、忘れちゃったんですか?」

「忘れてないよ。そうじゃなくて、今も使うわけを訊いてるの」

「忘れないから。全てを」

「そっか」

 

こいしは次の質問を発した。

 

「幻香はさぁ、どうして高次元軸を扱うの?」

「夢想天生対策。飽くまで可能性ですが、どうにかなると思いたいですね。あと、今は貴女が示した目標を模索中です。そろそろ五次元軸を追加出来そう、かなぁ?」

「そっか」

 

そこで暫しの沈黙を挟み、大きく息を吐いてわたしに強い視線を向けたこいしは、最後の質問を発した。

 

「幻香はさぁ、どうしてそこまで力を欲するの?」

「…欲する、ですか」

「執着、って言い換えてもいいよ。万能一歩手前の創造能力、鬼相手に対等以上に渡り合える体術、自由自在の弾幕、吸血鬼に片脚突っ込む『紅』、完全記憶能力を得る『碑』、文字通り異次元への干渉。挙げればきりがないくらい、幻香はもう十分に強いよ。それなのに、幻香はまだこれ以上の強さを求めてる。わたし、ちょっとだけ思ったの。その力、何に使うの?誰に振るうの?何をしたいの?…あのね、これは決して責めてるわけじゃないの。わたしは、理由が知りたい。幻香がそこまでして強くなろうとする理由。人里の人間達相手にはそんなにいらない。霊夢相手にだって十分戦える…、ううん、もう勝てると思う。それなのに、どうして?」

 

そう問われ、わたしは口を閉ざしてしまう。そう言われると、どうしてだろう?手札を増やせば戦術が広がる。腕力脚力などの身体能力は低いより高いほうがいい。出来ないを出来ないのまま放っておきたくない。停滞してる暇があったら一歩先へ進みたい。…そんな理由がたくさん浮かぶけれど、どれもどこか足りていない感じがした。

それでも、答えないという選択はしたくなかった。だから、わたしは曖昧なままで答えてしまう。

 

「上手く言えないけど、まだ十分じゃないのは確か、かな」

「十分じゃないの?これで?」

「…わたしがどれだけ強くてもさ、まだ上がいるんだよ」

 

頭の中に今まで出会ったたくさんの人の顔が浮かぶ。皆、わたしよりも凄い人ばかりだ。

 

「その上の中に勝ちたい相手がいたら、わたしは負ける」

 

嘘だ。負けることが悪いこととは思っていない。

 

「その上の中に殺意を持つ敵がいたら、わたしはお終い」

 

嘘だ。消えることは別に構わない。

 

「だから、かな?…ごめん。自分言ってて、よく分からなくなってきた」

「えっと、幻香は最強になりたいの?」

「全然。強いて言えば、無敵になりたい」

 

向かうところ敵無し、ではない。わたしの敵が存在しない、という意味で。遊び相手なら欲しいけれど、敵はいらない。わたしは平和が欲しい。最強はチルノちゃんにでも任せておけばいい。

再び暫しの沈黙。その沈黙を、一足先にこいしが破った。

 

「そっか。…けど、そればっかりで面白いこと全部蔑ろにしたら駄目だよ?」

「してませんよ。わたし、蔑ろにしてるように見えます?」

「してないよ。してないけど、…いつかしそう」

「…ここで否定出来ないところが痛いですね」

 

必要なこと以外のことを全て排して一つのことにのみ意識を向け続けたことがあるわたしが否定したとしても説得力なんてものは存在しないだろう。

そこまで話したところで、ようやく仕事をしているヤマメさんの姿を見つけた。少し周りを見ると同じ仕事をしている妖怪達と真新しい家々があり、どうやら今は最後の建築をしているようだ。

 

「見つけた。降りますよ」

「はーい!」

 

さっきまでの雰囲気は何だったのか、と言いたくなるほど元気のいい返事を受けながらゆっくりと降下する。建築をしていた妖怪達の一部がわたし達に気付き、ギョッと目を見開いた。どうしてなのか少し考え、もう既に治したとはいえ両手が潰れた所為で血塗れであることを思い出す。潰れた両手で耳を塞いでいたから、そのあたりにも血が付着していそうだ。…ま、放っておこう。水で濡らすと寒いし。

待っていることが暇になったらしいこいしが謎の踊りをし始めるくらい待っていると、最後の建築を終えて一仕事終えたと言わんばかりの息を吐いたヤマメさんがわたし達に気付き顔を向けた。

 

「あ、あんたやっと来たの?」

「随分待たせてしまったみたいですね。すみません、ヤマメさん」

「本当だよ。まさか忘れたんじゃないかと思ったね」

「こっちは覚えてないと思ってましたよ」

 

あれだけ酔っていて、なおかつ僅か数秒で別の話題に切り替わりまともな返事も出来なかった約束を覚えているとは思っていなかった。

正直にそう言うと、ヤマメさんから何やら嫌な雰囲気を感じてほんの少し後退る。多分、思わず病原菌でも漏れ出てしまったのだろう。効くがどうかはともかく、こんなところで無意味に病気をばら撒かれるのは嫌なので、両手を前にして落ち着かせる。

 

「まぁ、遅れたとはいえこうして来ましたし。ほら、わたしと遊びましょう?」

「…そうだね。それじゃ、幾つがいい?あんたが決めてよ」

「被弾も切札も三で。実は、貴女を探すまでに色々あってね。少しだけ疲れてる」

「おや、もう負けたときの言い訳かい?」

 

そう言って楽しそうに微笑まれたので、わたしも微笑み返しておく。今日だけでも賭博して、弾幕遊戯して、喧嘩して、見物して、喧嘩したんだ。少しくらい疲れるよ。

ヤマメさんに上を指差して見せ、一緒に浮かび上がる。流石に建築し終えたばかりの家々を無闇に傷付けるつもりはない。…まぁ、こうして飛んでても屋根に被弾するかもしれないけど。

 

「それじゃ、始めましょっか!」

「ええ、楽しみましょう」

「幻香ー、頑張ってねー」

 

わたしの真後ろから囁くように聞こえた声援に軽く手を振って答えつつ、もう片方の手振りでヤマメさんに先手を譲る。待たせてしまったことに対する、些細な詫びだ。

少し待っていると、ヤマメさんは大きく後退しながら真っ青な弾幕を周囲に広げた。…ふむ、かなり規則的だなぁ。それじゃ、わたしも『幻』を展開するとしましょうか。

 


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