東方幻影人   作:藍薔薇

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第342話

「あぁー…、娯楽でも負けると悔しいなぁ」

「ヤマメはそれなりに戦績いいじゃん!気にすることないって」

「あんた等二人は負けなしでしょ?慰めにならないって」

「あの、わたしはこいしに一敗…」

 

建築の仕事を終えた妖怪達がヤマメさんを一緒に食べようと誘い、それにこいしが混ざると歓迎され、地霊殿に帰ろうとしたわたしの手をこいしが掴んで放してくれずに引っ張られた結果がこれだ。ちなみに、以前来たことのある鍋を出してくれたお店だ。

大人数用の机にズラッと座っているのだが、わたしの席は見事にこいしとヤマメさんに挟まれる形となった。知らない妖怪と隣になるよりは幾分マシだろうけれど、今は何か食べたい気分じゃない。あの無駄に大きい饅頭がわたしの腹の中に残っている。けれど、この周りの妖怪全員が注文している中で何も頼まないのはなぁ…。

 

「わたし、地獄火炎鍋!」

「げっ、あれ頼むとか本気?」

「えぇー、何言ってるの?あれ美味しいじゃん。幻香は何食べる?」

「あぁー…、この豆乳鍋を」

「あんたは普通の頼むんだね。私はぼたん鍋で」

「牡丹、ですか。…花でも浮いてるんですか?」

「違う違う。猪肉を牡丹に見立ててるだけだって」

「へぇ、知りませんでした」

「幻香、あれだけ本読んでても知らないことあるんだねぇ」

「知らないことだらけですよ。わたしは知ってることしか知りません」

 

目の前に人差し指を立て、ほんの少しの妖力を小さな牡丹型に放出する。形の維持が出来ずにすぐ解けて消えてしまったが。やろうと思えば維持出来るだろうけれど、やる理由がない。実戦でも、弾幕遊戯でも。

こいしがわたしと同じように人差し指から薔薇型の妖力弾を浮かべてクルクルと回している。…どうしてそんなに期待した目でわたしを見るの。…あー、分かりました。やりますから…。

 

「あんた等は器用だね…」

「たくさん練習したからね!」

「やる理由ないんですけどね…」

「えー、もったいないじゃん」

「百分の一秒早く撃てば被弾出来るときに、そうやって形を考えるだけで機会を逃しますからね…。ま、わたしはそんな風に撃つより相手のを使ったほうが楽だ」

「鏡符『幽体離脱』だっけ?」

「え、あれって私の弾幕を消す切札じゃないの?ほら、滅とか言ってたし」

「派生の一つ、だって。何があったっけ?」

「静、集、散、乱、妨、滅、纏、操。もう使っていないものもありますが、今はこの八つですね。せっかくですし、もっと増やそうかなぁ…」

 

弾幕を複製する回数は一度切り、という制限を外せばいいだけなんだけど。…けどまぁ、一応幽体離脱の名を使っているのに、いくつも抜け出るのはどうかと思うんだよね…。霊体が二つも三つもあってたまるか。

最初に注文していた妖怪の前に鍋が置かれたのを視界の端で捉え、浮かべていた牡丹を人差し指で弾いて花びらを散らして掻き消す。それからしばらく待つと、こいしのあの地獄火炎鍋が隣に置かれる。あぁ…、辛味が目に刺さる…。

すぐにわたしの前にも豆乳鍋を置いてくれた店員さんに礼を言い、箸を手に取る。僅かに黄みがかった白い出汁に人参、葱、葉のもの、豆腐、油揚げ、茸、肉などの具材が浮かんでいる。うん、美味しそうだ。

ヤマメさんには何処にでもありそうな普通の鍋と、先程言っていた通り牡丹に見立てて綺麗に飾った薄切りの猪肉を乗せた皿が置かれた。へぇ…、あの頃はこんな風に肉を切ることなかった気がする。面倒臭かったし。保存利かなくなりそうだし。けど、これも美味しそうだ。

 

「いっただっきまーす!」

「いただきます」

「いただきます」

 

出汁がしっかりと染み込んだ油揚げを少し冷ましてから口に入れ、まろやかな豆乳と醤油で味付けされた出汁と一緒に味わう。…あぁ、美味しいなぁ。…けど、食べ切れるかなぁ、これ?ちょっと不安になってきた。

そのまま黙々と食べ続け、ようやく半分までいったところでこいしに話しかけられた。

 

「ねぇ、幻香」

「むぐ、…何でしょう、こいし」

「これ食べ終わったらさ、久し振りにわたしとやろうよ。弾幕遊戯」

「…嫌だと言ったら?」

「言わせない」

「…はぁ。わがままですね、こいしは。いいですよ。遊びましょう」

 

別に今日じゃなくてもいいと思うんだけどなぁ…。けど、こいしに頼まれたわけですし、遊んであげましょうか。

 

「わたしもたくさん遊んで強くなったんだよ」

「みたいですね」

「だからさ、ちょっとは本気出してね?」

 

そう言われながら微笑まれ、思わず箸で挟んでいた人参を鍋に落としてしまう。本気、かぁ…。最後に本気を出したのって、いつだろう?…多分、風見幽香を相手にしたのが最後かな…。出したくて出したわけじゃあないのだけども。

…あれ?わたしって、今どのくらい出来るんだ?前と比べたら確実に出来ることが増えたと言える自信はある。単純な力も、様々な技術も、多彩な弾幕も、前よりいいものとなったと思っている。けれど、現状出来る限界を最近は全く出し切っていない。

そこまで考え、せっかくこいしがそう言ってくれたのだから、せっかくの機会だし少しくらい本気を出してもいいかな、と思った。暇な時に考えたけれど、あまりにも強力過ぎて没にした切札のアイデアがあるし、それを使ってあげるのもいいかな。

 

「ふふっ。本気、出せるといいんですけどね」

「出すよ。わたしが出させてあげる」

「期待してますよ」

 

そんなわたしとこいしの会話を隣で聞いていたヤマメさんは、少し頬を引きつらせていた。

 

「どうかしましたか?」

「…いや、また仕事なんだろうなぁ、って思っただけ」

「…あぁー…、それは先に謝っておきますね。ごめんなさい」

「ごめんね、ヤマメ」

「いや、いいよ。謝られるよりも仕事を増やさないでほしいかな…」

 

そんな切実な願いを聞きながら鍋に箸を突っ込み、葉のものを摘まんで口に含む。…辛ァッ!

 

「んッ!?んー、んんんーッ!?」

「あっはっは!幻香、どうしたのぉー?」

「こぉーいぃーしぃーっ!」

「…うわ、鍋が赤寄りの桃色になってる…。豆乳鍋なのに」

 

横に座っているこいしの頬を両手で挟み、ギリギリと力を込めていく。怪我はさせないギリギリの力加減のままでこいしの顔を大きく揺らす。

わたしが話している間に地獄火炎鍋の激辛出汁をわたしの豆乳鍋に混ぜたのだろう。豆乳が混ざっていてもこの辛さ。本当に人に食べてもらうものだとは思えない辛さだ。これを考えた人はどうかしてるよ、本当に。

散々揺すったところで両手を離し、ヤマメさんが気を利かせて汲んでくれた水を受け取る。…あぁ、冷えた水が心地いい。少しだけ楽になった気がするよ。

 

「…どう?少しはやる気になった?」

「はぁ、そんなことしなくてもやる気はありますよ…。それよりも、これをどうやって食べ切るかが問題だ…」

「…あんた等で頑張ってね。私はこれで十分お腹いっぱいだから」

 

ヤマメさんには早々に逃げられてしまったけれど、それはあまり期待していなかったからどうでもいい。それよりも、今目の前にある激辛豆乳鍋だ。ただの豆乳鍋でも食べ切れるかちょっと怪しかったのに、それにこいしが挑発交じりの悪戯で地獄火炎鍋の出汁を加えて激辛と化してしまった。

溜め息を一つ吐き、思わず元凶であるこいしを睨んでしまう。

 

「…こいし」

「…うん、悪かったって。わたしも食べるから」

「…ありがとうございます」

 

結局この激辛豆乳鍋は途中から痛覚遮断を使いつつ、こいしと半分ずつにしてどうにか食べ切ることが出来た。その所為でこいしが一人前以上の鍋を腹に収めることになったわけだけど、そこは自業自得ということにしてほしい。

 


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