東方幻影人   作:藍薔薇

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第344話

こいしが全方位に放つ弾幕を小刻みに動いて躱しつつ、指先から妖力弾で山茶花を咲かせる。そして、外側の花びらから順番に指で弾き、散った花びらは針に形を変えてこいしへと真っ直ぐ飛んでいく。

この程度の攻撃は難なく躱されてしまい、それに対してこいしは朗らかに笑いながら少しずつ弾幕密度を濃くしていく。わたしのこの余裕をなくして、また少し本気を出してほしいのかな?

しばらくすると、六十個の打消弾用『幻』では処理が追い付かなくなってきた。けれど、まだ躱せなくなるほどじゃあない。視界に映る弾幕の軌道から推測し、弾幕の僅かな隙間を通って少し空いた空間へ移動する。時には『幻』から放たれる妖力弾を少し制御して弾幕を打ち消して強引に道を切り開く。

…ま、そろそろかな?被っていた帽子に手を添え、ふぅ、と小さく息を吐く。

 

「鏡符『幽体離脱・纏』」

 

その宣言と共に視界に映る弾幕をわたしの周囲に複製する。それらの弾幕はわたしの周囲を延々と回り続け、わたしを守る盾となる。帽子をこいしに向けて投げ付け、正面の弾幕に飲み込まれて消えるのを見ながら百二十個の『幻』を全て打消弾用に変更し、靴の過剰妖力を噴出してこいしに向かって急加速する。

お互いの妖力弾が打ち消し合う音がわたしの周囲から止めどなく響き、その奥にいるこいしの目が一瞬だか見開かれたのが見えた。しかし、それからすぐに全方位に放っていた弾幕をわたしに向けて集中させる。わたしが纏っている妖力弾を全て打ち消すつもりなのだろう。知ったことか。わたしは『幻』と纏った妖力弾を信じ、さらに加速していく。

 

「やぁ、こいし」

「嘘、幻香…」

 

わたしが纏っていた妖力弾は九割以上潰えたが、わたしはこいしに手を伸ばせば掴めるまで接近した。あんぐりと口を開け、弾幕を放つ手を止めたこいしを至近距離から眺める。結果としては一度も被弾しなかったが、少しでも躊躇して速度を抑えていたらどうだったか分からない。けれど、そんなことはどうでもいい。両目を細めて頬を僅かに吊り上げて笑い、眉間に人差し指が触れるかどうかまで近付けて接射した。

ぱしゅ、と軽い音がこいしの眉間から響き、すぐさま距離を取る。靴からの過剰妖力を噴出して大きく跳び上がり、そのまま浮遊を切って重力に従い地面に着地する。用済みとなったわたしの周囲を回る妖力弾を回収し、眉間を擦りながら楽しそうな声を上げて笑い出したこいしを見上げる。

 

「やっぱり幻香は凄いよ!」

「そう言ってくれると、わたしは嬉しいです」

「けど、わたしだって負けてられない!夢符『ご先祖様が見ているぞ』っ!」

 

わたしにご先祖様なんて者が存在するのだろうか、なんてしょうもないことを考えていると、両側の家々を挟んだ一つ隣の道から六つの青白い何かが伸び始めるのが見えた。それはまるで影が伸びたと思わせるほどに薄っぺらく、子供が気紛れで描いたような簡略的な丸と楕円だけの人のように見える。若干白っぽくなった二つの小さな丸からは、見下ろされているように感じた。

とりあえず影に妖力弾を一発ぶつけてみると、簡単に穴が開いて突き抜けていった。だが、すぐに何事もなかったかのようにその穴は塞がってしまった。…これを打ち消すのは影の大半を一度に消さないといけなさそうだなぁ。

 

「それっ!」

 

こいしが両腕を上げてユラユラ揺れる謎の踊りをすると、二つの影がわたしに向かって動き出した。この大きさなのに、思ったよりも速い。左右から挟むように襲いかかる影を前方に大きく飛んで回避し、そのまま駆け出す。振り向いてみると、躱した二つの影が執拗にわたしを追いかけて来ていた。うげっ、面倒な…。

 

「そぅれぇ!」

 

こいしがそう声を上げるのを聞いてすぐに前方から新たに二つの影がわたしに突撃してきた。咄嗟に横に跳び、家と家の僅かに隙間に跳び込む。地面を転がりながら向こう側の道に出て立ち上がり、影が真上から落ちてくるのを感じてすぐに躱す。どうやら休ませてはくれないらしい。

 

「それぇっ!」

 

屋根に跳び乗ってから空に飛び出し、前後左右上下から迫る六つの影を見遣る。すぐに斜めに抜けながらこいしに向けて人差し指をピンと伸ばし、ボソリと螺指と呟いてから一発だけ狙撃する。ある程度の貫通力を得るために妖力弾を旋回させるのだが、その役割を思考から人差し指の回転に譲ることで極僅かだが速く撃ち出した。が、ユラユラ揺れる踊りを少し大きくしただけで躱されてしまった。

地面に着地してすぐに大きく後転し、次々と上から降りてくる影を躱していく。影が六つ降りてきたことを数え、前方から影が一つ伸びるのを確認してから靴の過剰妖力を噴出して急加速。斜め前方に跳んで一気に駆け抜ける。足が地に付くたびに過剰妖力を噴出してどんどん加速し続けていくと、気付けば影の速度よりも少し速くなり、このまま真っ直ぐと走り続ければ追い付かれることはなくなった。こいしの真下を駆け抜け、そのまま大きく距離を取ってしまうことになるが、それはしょうがないと割り切ろう。

 

「…ふぅ。三十秒、っと。…うん、影も消えたね」

 

チラリと後ろを確認して影がスゥ…、と消えていくのを見てから体を反転させ、両脚と右腕で地面を削りながら停止する。…うわ、思っていたより離れたなぁ…。

わたしとこいしの距離を建ち並ぶ家々なら推測し、二酸化ケイ素の棒をわたしに重ねて創造する。すぐに外側に押し出そうとする力を感じ、自らの意思で弾かれる方向がこいしのいる場所になるように体を動かす。弾き出された瞬間に背中に触れていた二酸化ケイ素を回収し、少し口元を押さえながらその場で急減速した。止まった時にはこいしとの距離は腕を伸ばせば触れることが出来てしまうくらい近い。なので、すぐに少し距離を取った。

 

「ただいま」

「おかえりっ」

 

内臓が少し掻き混ぜられたような吐き気が込み上げながら言ったのだが、こいしは特に気にすることなく明るく返してくれた。若干粘つく唾を飲み込んで無理矢理吐き気を抑える。

 

「動きたくない、って言ってたじゃん」

「動きたくないと動かないは違うんですよ。動く必要があれば動きますよ」

「ふぅーん、そっかぁ」

 

そんな他愛もない会話をしながら、頭の中で三本軸を思い浮かべてからそこに新たな軸を突き刺した。

いかれた世界が視界に映り込むが、そんなことはもうとっくに慣れた。若干こいしとの距離感が掴みにくいけれど、躱すのに支障があるほどではない。そして、わたしは切札を宣言する。

 

「虚実『不可能弾幕』」

「え…――えっ?」

 

こいしは二度驚いた。一度目はわたしの周りに爆発的に増殖させて無秩序に浮かべた『幻』の個数に。二度目はこいしに被弾したと思った妖力弾が当たらずにすり抜けたから。

『幻』負荷耐久訓練の末、わたしは『幻』を安定して維持出来る個数と不安定でも維持出来る個数が増加している。今回使ったのは不安定な『幻』。その数は四百。速度、大きさ、方向、威力はどうにか調整出来るが、下手な小細工が仕込めない。

そして、今のわたし自身が四次元を認識している所為か、『幻』自体がぐらつくようになる数でもある。『幻』がわたし達のいる世界から時たまズレ、そして気紛れに戻ってくる。『幻』から放たれる妖力弾は三次元空間で直線を描くように撃っている。

つまり、わたしが放っている弾幕は当たる妖力弾と見えていても当たらない妖力弾がある、ということだ。

 

「!…はっはーん、そういうことねっ!」

 

わたしが四百個の『幻』を使って放っている弾幕を完全に躱し切るのは簡単なことではない。驚いている隙があったとはいえ、こいしが最初の最初で被弾していた可能性があったのだから。しかし、こいしはこの切札のカラクリをすぐに察したようだ。

全てを躱すのが困難ならば、当たらない妖力弾を見極めればいい。それは『幻』のズレの大きさに左右されるが、僅かに向こう側が透けていること。初見で見極めることが出来るかどうかは相手次第だが、こいしは既にズレた世界を僅かだが体験している。

こいしはキョロキョロと周りを見回し、透けている妖力弾が密集している場所を見つけては移動していく。透けているかどうか微妙な妖しい妖力弾がある場所は拒否し、安全な橋を渡っていく。見るからに安全な妖力弾だけではまだ難しい方だと思っていたのだが、それでもこいしは器用に体を動かしてギリギリの隙間を抜けていく。

 

「三十秒。あーあ、当てれると思ったんですがね」

「知らなかったらここで終わってたと思うよ。けど、わたしは幻香のことをいっぱい知ってるから」

「ふふつ、嬉しいこと言ってくれますねぇ」

「あははっ!当たらないけど当たってる。当たってるけど当たらない。まさに虚実!って感じ?」

 

『幻』を回収し、新たな軸を引き抜きながらお互いに笑い合う。弾幕遊戯の最中であることを少しだけ忘れてしまうような時間。

けれど、途中で打ち切るわけにはいかないので、わたしは笑いを止めて両手でバチンと乾いた音を鳴らす。その音が合図となり、こいしは弾幕を張り、わたしは『幻』を展開した。

 


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