東方幻影人   作:藍薔薇

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第345話

弾幕が飛び交う中で、わたしの頭には少しだけ引っ掛かるものがある。それは至極単純なもので、わたしはこいしに勝ってもいいのだろうか、ということだ。

こいしは特に気にしないだろうけれど、他の妖怪達がどう思うかは分からない。これまでにも十分やり過ぎるほどにやり過ぎているのは自覚しているが、それでもわたしは一番上にいないのだ。弾幕遊戯はこいしが、喧嘩では勇儀さんが、賭博に関しては時の運という名の誤魔化しが、それぞれわたしの上に立っている。そんなこと、もう気にせずにいれるならそれが楽でいいのだが、どうなのだろう?わたしは許されるのだろうか?…分からない。

 

「…ま、いいや」

 

ここで勝ったとして、それで面倒事に発展したときはさとりさんに謝るとしよう。許してくれるかどうかは知らないけれど、それなりの代償を支払って折り合いを付けてもらうとしましょうか。

こいしから咲き乱れる薔薇の花園を『幻』で散らしながら躱していき、わたしが躱すのが困難だと思う距離の一歩手前までジリジリと距離を縮めていく。大股で三歩あればこいしとぶつかってしまうような距離まで接近し、そこで止まる。距離が近ければ、それだけ早く届く。当てやすくなる。

百二十個展開していた『幻』の内、打消弾用だった六十個をこいしを狙う追尾弾用に変更する。わたし自身が躱す難度が上がってしまうが、それでもいい。こいしに当たる可能性を少しでも上げるほうが重要だ。どうせわたしの切札はどれも長時間使うのに適していないのだから。

わたしの攻める姿勢に対し、こいしは弾幕密度をさらに濃くしていく。ほんの少し体勢を誤ればそれだけで被弾してしまう。視界を埋め尽くす弾幕から躱し切るために邪魔な妖力弾を選び、人差し指から一発放ち打ち消しながら体を慎重に動かしていく。どうしても難しいと感じたときは数秒呼吸を止め、時の流れを遅延化させて無理矢理乗り切っていく。

 

「…『嫌われ者のフィロソフィ』」

 

そんなギリギリの状態を数分維持し続けていると、遂に焦れたのかこいしは呟くような小さな声で切札を宣言した。その言葉を聞いたその瞬間、わたしの周りに存在した薔薇の花園が一気に掻き消えて儚く散っていく。

その代わりと言わんばかりに、ポツポツと妖力弾がそこら中から浮かび上がっていく。それぞれの妖力弾はそれぞれの方向に真っ直ぐゆっくりと動いていく。その数は加速度的に増加していくが、それでもこの程度ならさっきまでの薔薇の花園のほうがよっぽど避けにくかった。

 

「…ん?」

 

そう思っていると、目の前の妖力弾から一斉に薔薇が咲いた。そこにあったはずの隙間を全て埋め尽くすような大きな薔薇。少し様子を伺っていると、その薔薇が少しずつ動いてきた。次々と妖力弾から薔薇が咲き、そして動いた後の薔薇はただの妖力弾に戻る。そうやって少しずつ動いているように見えた。

一定の距離を保ちながら薔薇の大群に対して後退し、それからわたしは周りを見渡す。最後に薔薇の中身を睨み、そして気付く。こいしがいない、ということに。

 

「…あぁ、これだったのね」

 

耐久切札。こいしが使っていることは知っていたけれど、名前までは知らなかった。わたしは三十秒いっぱい、これを躱し切らねばならないわけだ。

…けれど、さ。いるんだよなぁ、こいし。あの薔薇の中に、こいしがいるんだよ。見えないけれど、確かにそこにいることをわたしの妖力が教えてくれる。

 

「ね、こいし」

 

わたしに近付いてくる薔薇の中にいるはずのこいしに声を掛けてみるけれど、わたしには聞こえてこない。…いや、何か言っているけれどわたしに伝わらない。無意識を操るこいしは、やろうと思えば自分の声すらも分からなくさせてしまうらしい。

 

「『嫌われ者』なんて寂しいこと言わないでくださいな。貴女は嫌われてなんかいないと思いますよ」

 

そう言いながら、わたしは両手を開く。…えぇと、どうするか楽しみだよ、ねぇ。期待に沿えるかどうかは知らないけど、やりましょう。

 

「疾符『妖爪乱舞』」

 

十指から妖力を噴出し、目の前の薔薇の大群を切り開いていく。一つ散らせるたびに新たな妖力弾が近くに生まれ、そしてすぐに薔薇が咲く。けれど、それよりも早く裂いてしまえば進めるはずだ。

薔薇の中に飲み込まれ、その中で縦横無尽に両腕を振り回す。生まれる妖力弾が咲く前に引き裂き、やがて中心付近まで到達した。…ハッキリ言おう。もう動かしたくない、ってくらい両腕が滅茶苦茶疲れた。

 

「アハッ。耐久にはちょっと足りてないんじゃない?…ね、こいし」

 

見えないけれど驚いているこいしに、両腕を交差させて振り下ろす。被弾したことで能力の効果が薄れたのかどうか知らないけれど、こいしの姿がスゥっと浮かび上がるように現れる。目を見開いている表情。…ま、それを見れただけ満足だ。

もう暫く動かしたくないほど疲れ切った両腕をダラリと下ろし、新たに咲いた薔薇に呑まれる。…ちょ、これ思った以上に強力なんですけど。かなり痛い…。痛みに顔を僅かにしかめながら薔薇の中を抜け出し、耐久切札を改めて続けようと思っていたら、薔薇が一斉に散ってしまった。

 

「耐久切札なのに被弾したら駄目だよね。…んー、幻香のあれでも掻き消されないくらい大きくて濃くて強い弾幕を纏っていたつもりなんだけどなぁ」

「…続けてくれて構わないのに」

「むぅー、気にするよぉー…」

 

そう言ってむくれるこいしを眺めながら、さっきの薔薇の大群を思い返す。わたしのあれとは、おそらく模倣「マスタースパーク」の類の事だろう。一つ一つを掻き消すのは簡単だろうけれど、次から次へと新たな薔薇が産み出される。それをマスタースパークで突き抜けるのは簡単ではなかっただろうな、と結論付ける。…まぁ、弾幕遊戯でなく死合なら話は別だけど。

妖爪乱舞で引き裂くにあたり、わたしは普段よりも強く妖力を噴出した。そうしないと無理そうだと判断したから。…こいしに振るった際には普段通りに抑えたけど。

 

「さて、ちょっと傷心気味っぽいし、もうそろそろ終わらせましょうか」

「え、もう?…まだ続けようよぉ」

「両腕が疲れたし、わたしの本気の切札を魅せますからそれで勘弁してください」

 

そう言うと、こいしは見るからに目を輝かせた。さっきまで少し沈んでいるように見えたのが嘘のよう。…けれど、この切札はなぁ…。没にした理由が、切札として使い物にならないからだ。

この切札は、本来大多数との戦闘用に編み出したのだから。

 

「こいし、その距離だと近過ぎる」

 

そう伝えながら、わたしは屋根の上に降り立った。そして、『幻』をわたしの上の方に浮かべる。

急いで遠ざかっていくこいしを見ながら、わたしは最後の切札を宣言した。

 

「独創『カウントレススパーク』」

 

百二十個浮かんでいる全ての『幻』から、妖力の砲撃が開放される。百二十のマスタースパークがこいしを襲う。視界が真っ白に染まり、地底をも白く染め上げていく。

守破離という言葉があり、これがわたしの離だ。魔理沙さんから得たマスタースパークをここまで発展させ、一つの完成を迎えたと思っている。

…あぁ、妖力の消耗が激しい。頭が痛い。体がふらつく。けれど、知ったことか。魅せると言ったんだ。最後までやり通せ。今首にぶら下げている金剛石は何のためにある?こんな時のためにあるんでしょう。使い切ってでも続けるんだ。

結果は、二十八秒後にこいしが二回被弾したところでわたしは限界ギリギリを迎え、弾幕遊戯は終結した。

 


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